間倉井医師、神に歯向かう

こうして千堂アリシアがニーナの不安を和らげている一方で、久美と亜美は、間倉井まくらい医師を生かすためにフル稼働している状態だった。


と言っても、見た目には非常に静かなものだ。カテーテル手術用のロボットにリンクし、自身の体の一部として操作しつつ、久美と亜美がそれぞれ薬剤の投与や器具出しをお互い行っている。人間の場合なら、手術を担当する医師が二人、サポートを行う看護師が三人は必要なところだろう。けれど、間倉井まくらい医師の指示の下、久美と亜美の二機だけでオペをこなしている。


もっとも、これは正直、本当に最低限のギリギリの綱渡り状態だったのも事実。この上でさらに何か不測の事態が起これば一気に破綻するようなものでもある。


しかし、ないものをねだってもないのだから、この体制でこなすしかない。


間倉井まくらい医師は、第三次火星大戦でも従軍医師として野戦病院での勤務経験もある。それこそ人手も薬も機材も何もかも足りない状態で、次々と息絶えていく兵士達の最後の呻き声を聞きつつ、何人もの兵士の命も救ってみせたりもしたのだ。それに比べれば、懸かっているのは自分の命だけだ。ニーナの方は、何か起こらない限り、アリシアに任せておけば大丈夫だろう。とは言え、それも自分が指示を出せる状態であればの話。何か異常があればアリシアでは対処できなくなる可能性が高い。


『死にたくない』のもそうだし、今は『死んではいけない』し、『意識を失ってもいけない』のだ。そういう意味では、非常にタフなオペでもある。


『まったく……人生の最終盤でこの老骨をここまでコキつかうかね……神様って奴は本当に意地悪だ。でも、だからこそ、負けてやれないね。あんたの思い通りにはなってやらないよ。神様とやら……!』


「フォルポリアス、十ミリ、静注」


「フォルポリアス、十ミリ、静注、了解」


意識レベルが低下したことを察した間倉井まくらい医師が、覚醒作用を持つ麻薬系薬剤の<フォルポリアス>の投与を指示する。意識を保つためだ。強い薬のため、肉体には負担になるが、これも必要なことである。


しかしその作用により血圧が上昇、脆くなった血管に負担を掛ける。


「メティターゼ、二十ミリ、静注」


「メティターゼ、二十ミリ、静注、了解」


再び血圧を安定させる薬剤も投与。とにかく状態を能動的にコントロールする。これも、無数の修羅場をくぐってきたからこそのものだろう。そんな間倉井まくらい医師の指示を確実に久美と亜美がこなす。


人間とロボットが正しく連携してこそのものであった。


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