千堂京一、自身のネットワークを使う

とは言え、再会を懐かしんでいる場合でもない。千堂は自身のネットワークを辿って心当たりの医師を探した。さりとて、<律進慈りっしんじ医科大>の影響が少なからず及ぶ<JAPAN-2ジャパンセカンド内の医師>となると、すぐには応じてもらえない可能性もある。


医師の手配だけでなく、医療に欠かせない物品の手配についても律進慈りっしんじ医科大の影響力は絶大だった。睨まれると、面倒なことになる場合もあるのだ。だから個人的には協力したいと思っても、自身の周囲にも影響が出るとなるとすぐには決められないだろう。


だとすれば、JAPAN-2ジャパンセカンド外の医師を当たる。火星は現在、建前上は<一つの国>であり、医師免許などについても基本的にはすべての都市共通である。病院の運営などについてはそれぞれの都市の<条例>などが違っていたりもするものの、本来はどこの医師でも構わないのだ。


その医師が属する病院などとの契約に触れなければ。


が、さすがにこんな急に申し出ては先方にも都合がある。それこそ他の患者を診ている場合もあるだろうし、休んでいる場合もあるだろう。すぐに対応できない場所にいる場合だってある。


心当たりの医師すべてにメッセージを発信したが、どれも『申し訳ない。今は対応できない』との返答ばかりだった。就寝中なのか取り込み中なのか、返信そのものがないのもある。


千堂がそうして心当たりを探してくれている間にも、アリシア2234-LMNが体を拭き終えて診察室へと入っていく。


「では、オペ室に移動します」


久美とアリシア2234-LMNが間倉井まくらい医師をストレッチャーに移し、オペ室へと向かう。この時点ではまだ千堂アリシアは術式に関するデータをダウンロード中だったため、アリシア2234-LMNのままだが、この程度のことはできる。


亜美は、辻堂つじどうニーナの検診を終えるところだった。しかしその時、


「うう……!」


ニーナが呻き声をあげ、亜美が、


「破水を確認しました。出産に移行します」


と告げる。ニーナが寝ているベッドからは、液体が滴っていた。羊水だ。思わぬ事態に遭遇したことで、ニーナにも影響が出てしまったのかもしれない。


それが亜美から久美に伝わり、アリシア2234-LMNと千堂アリシアにも情報が共有される。


そして久美から報告を受けた間倉井まくらい医師が、


「分かった。このまま産ませる! 亜美、頼んだよ!」


自身も手術ベッドに横になってカテーテル手術用の局所麻酔を受けながら指示を出す。


「なんてこと……」


千堂アリシアは思わず呟いたが、起こってしまったことはもう変えられない。このまま、<大動脈解離の手術>と<出産>を同時進行で対処するしかなかったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る