千堂アリシア、なんとも言えない気分になる

いずれにせよ、アリシアは人間と同じく不正確な情報を自ら補正しながら、目的の和菓子屋を目指し歩いた。


それは、桜井コデット共に家々の隙間を通り抜けた際に彼女自身がしっかりとマッピングしていたことにより成しえたものでもある。


千堂の手書きの地図に記された<目印>が確認できていたのだ。


<地蔵><駄菓子屋><服飾店>


それらすべてが、手書きの地図には記されていた。これにより、ロボットにとっては大変に困難なミッションを、彼女は確実にこなしていく。


同時に、桜井コデットと共に過ごした時間が蘇り、なんとも言えない気分になる。


おそらく、一緒の時間を過ごすのは、今日だけだろう。<あちらのコデット>と違い、桜井コデットには、間違いなくしっかりと愛してくれている人がいるのだから、自分が保護する必要もない。


無論、会ってはいけないわけでもないので、機会があればこれからも会うことはできなくもないだろう。しかし彼女にはたくさんの役目があり、仕事があり、桜井コデットに会いに来るための時間はそうそう作れないかもしれない。だとすれば、やはり、これっきりになる可能性も高い。


アリシアにはそれが分かってしまうから、寂しかったのだ。


『寂しい……そうだ、これは、<寂しい>だ……』


自分の中に湧き上がってきたものの正体を察して、アリシアは立ち尽くした。


人生において<一度きりの出会い>というものも決して珍しくはない。だからそれにばかり囚われていては、精神の安定を保つこともままならなくなる。


だから人間は、そういうものを割り切ったり忘れたりして、生きていくのだ。


それらの<取捨選択>を、人間は、無意識のうちに数え切れないほど繰り返し、生きている。


対して普通のロボットは、基本的に<忘れる>ということがない。自身が触れた情報はすべて一旦は記憶し、メンテナンスを受けたり初期化されるなどの度に、人間が、不用と判断した情報をトリミングしていく。


それを見るだけでも、人間とロボットが根本的に異なる存在であるということが分かるだろう。


そしてアリシアも、ロボットであるがゆえに、基本的には<忘れる>ということができない。できないものの、同時に彼女の場合は、メインフレーム内に多数偏在する<断片化ファイル>の影響で、


『覚えているのに思い出せない』


ということが起こり得る可能性も指摘されている。


それはまさに、人間における<忘却>と同じものであるのかもしれない。


だが、その時、


「アリシア……? 千堂アリシアか……?」


彼女の聴覚センサーに、そんな声が届いてきたのだった。


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