勇者アリシア、コデットと雇用契約を行う
アリシアがコデットに提供する<メリット>は、親が子供に対してよくやる<ご褒美>とはまるで性格が違うものだった。そのような子供騙しではなく、それこそ、
『生きるために必要な』
ものだった。ゆえに、親がご褒美で子供を釣って操ろうとするような形ではなく、大人同士の対等な、
<雇用契約>
に近いものだっただろう。だからコデットも真剣にならざるを得ない。
その上で、
「おはよう」
翌朝、アリシアは目覚めたコデットに向かい、穏やかに声を掛けた。母親が我が子に向けるそれだった。
「あ…おは……」
思わず『おはよう』と言い掛けて、コデットは慌ててそれを飲み込んだ。
まんまと懐柔されてしまったような気がして認めがたかったのだ。
ただ、夢でうなされて目が覚めてしまった時に、アリシアが、
「大丈夫」
と言ってくれた時にホッとしてしまったのも、認めたくはないが確かに事実ではあった。
だから改めて、
『こいつを利用してやる……!』
と心に決めた。
『利用する』という理由付けをすることで、今の状況を甘受するための動機付けをしているのだろう。
さりとて、物心ついた頃から染みついた習慣はそう簡単には抜けず、
『バカな大人を出し抜いて金を稼ぐ』
という衝動には駆られてしまい、アリシアが情報集めのために出歩くのに付き合わされると、隙あらばスティールで通りがかった者の財布を盗み取ろうとしてしまった。
その度に、
「ダメですよ」
そう釘を刺されて慌ててやめるということを何度も繰り返した。
これも、一度や二度、やめるように注意しただけで収まるようなものでもない。コデット自身にしてみれば、それこそ生活に根差した習慣なのだ。
『生きるために必要』
と考えてきたものを、ある日突然、
『今この時点をもってやめろ』
などと言われてもそう簡単には改まらないのではないだろうか。
だから、時間を掛けて、
『もうそんなことをする必要はない』
と、彼女の認識を更新していくしかないのだ。
実際、金を盗まなくても、
「あれを食べたい」
「これを食べたい」
と言えば、アリシアが、
「そうですね。お茶にしましょう」
そう言って食べさせてくれる。
「私と一緒に出掛けてくれた報酬です」
などと理由を付けて。
そんなものが報酬として成立するのかどうかという疑問はあるものの、アリシア自身がそういうことにしているのだから、余人が口を挟むことでもないだろう。
そして、二週間分の時間が過ぎると、コデットはスティールを用いて財布を盗もうとはしなくなった。
その必要がないのだと、わざわざそんなリスクを冒さなくとも、この<爵位持ちの女>のお供をするだけで美味いものが食えるのだと、コデット自身が認識できるようになったのだろう。
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