勇者アリシア
「
力強い詠唱が空気を叩いた瞬間、ごお、と、直径五メートルはあろうかという炎の塊が生じ、激しい輻射熱が空気も地面も焼き焦がすかのようだった。
その中で、何かがもがき、しかしやがて消え去っていくのが分かる。
それを見た者は、ある者は慄き、またある者は驚嘆し、さらにある者は畏敬の念を抱いた。
なにしろ、成す術なく蹂躙されるしかないと思っていた<脅威>が、たったの一撃で打ち破られたのだから。
ようやく成人したばかりと思しき一人の少女の手によって。
その少女は、革の鎧に身を包み、その体にはやや不釣り合いにも見える大振りの<バスタードソード>を片手で軽々とかざし、もう片方の手を前へと差し出して、凄まじい威力を持った<爆炎の呪文>を放ったのだった。
「……脅威の撃破を確認。状況、終了しました」
チリチリと音を立てながら小さな火が地面に落ちたものの、すでに<魔物>は跡形もない。自身の放った<爆炎の呪文>で完全に焼き尽くされたことを確認し、少女は冷静にそう告げた。
「おお! おお! なんという! なんというお力! あなた様はもしや、勇者様ではございませんか!?」
やや芝居がかった大袈裟な物言いで、短く揃えられた白髪の高齢男性が、涙を流さんばかりに少女を仰いだ。それに続いて、
「ああ! 勇者様! 勇者様が私達を救ってくださった!」
「言い伝えは本当であったのか!」
人々が膝を着いて手を合わせ、少女を崇める。
その様子に、それまでは冷めた表情をしていた少女が、明らかに戸惑った表情になり、
「あ、みなさん、どうぞお気になさらずに…! これは私の役目ですから……!」
と両手を振って恐縮する。
が、人々はそんな少女の様子にはまるでお構いなしに、
「勇者様! お名前を!」
「どうぞお名前をお教えください!」
「我ら<始まりの村>の一同、未来永劫、勇者様のお名前を語り継いでまいります!」
「あなた様の偉業と共に!」
などと、一方的に口にした。
「あはは……こちらの言うことは聞いてくださらないんですね……」
少女は苦笑いを浮かべながら思わずそう口にすると、
「<アハハ様>! 勇者様のお名前は<アハハ様>とおっしゃるのですか!?」
白髪の高齢男性が恭しく確認してくる。
すると少女は、
「あ、いえ、違います! アリシアです…! 私の名前は<アリシア>! アリシアでお願いします……!」
慌てて訂正。白髪の高齢男性が、
「<アリシア様>! 勇者様のお名前は<アリシア様>とおっしゃるのですか!?」
と、さっきとまったく同じ調子でやはり恭しく確認してきた。
その不自然さにやはり少女は苦笑いを浮かべつつも、
「はい、それでお願いします」
と応えたのだった。
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