千堂京一、深慮する その2

『本人が意図せずしてしまった<失敗>と、明らかに悪意の元で意図的に行った<悪行>とは明確に区別しなければいけないと私は思う。


ただ、それをどう評価するべきか難しい事例というのもあるのはまた事実。


先日の、エリナ・バーンズの行為がまさにそれだ。


彼女は紛れもなく、報復を目的として意図的に楓舞フーマ1141-MPSに違法な改造を施した。これは間違いなく咎められなければならない。ゆえに私は彼女に無期限の謹慎処分を下した。


しかし、彼女は本来、そのような行為を働くタイプじゃないことも、私は知っている。


そして、検察も、彼女の行為については起訴猶予相当と判断して不起訴処分としたのだ。つまりは、法律の専門家の目から見ても彼女の行いは情状の余地ありとされるものだったわけだ。


だから私は、彼女がいつか立ち直り、現場に戻ってきてくれることを望んでいる。


彼女は非常に優秀な人材だ。あのようなことで失いたくはない。


その一方で、あの、ジョン・牧紫栗まきしぐりという社員については、我がJAPAN-2ジャパンセカンド社として期待を寄せるべき才覚は何一つ見出せない。


『才能がない』から評価しないのではない。彼自身の不誠実さ、他者への攻撃性が、すべてを台無しにしているのだ。


『自らの役目に対して誠実であること』


それ自体が大変な才能であると私は考えているし、JAPAN-2ジャパンセカンド社としてもそれを重視すると、常々、星谷ひかりたに社長が訓示してきたはずだ。


にも拘らず、他人を妬み貶めようとするのであれば、それを評価の材料としないわけにはいかない。


自らの処遇に不満を持つ者は、よく考えてみるべきだろう。自らを省みるべきだろう。


自分は、誰かを傷付けようとしていないか?


誰かを貶めようとしていないか?


普段のそういう行いは誰かの目に留まり、それが評価の対象となるのだ。このことを忘れてはいけない。


牧紫栗はそれをわきまえず理不尽な逆恨みを他人にぶつけようとしたことで、自らの立場を悪くしたのだ。


彼がそれを理解できていたなら、今のような配置転換は行われなかったのにな……


アリシアには、この私の考えが届いているだろうか? 私は、それを体現できているだろうか?


彼女は私を手本として人間というものを学んでくれている。私はその事実と向かい合わなければならない。


私が、この子の<親>なのだ』


目の前ですばらしいパフォーマンスが繰り広げられている中、千堂京一せんどうけいいちは延々とそのようなことを考えていたのだった。


正直、彼の隣で目を輝かせてショーに見入っていたアリシアの方が、よっぽど人間らしかっただろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る