14日目 アリシア2234-LMN、二人を睨む

アリシアが同行できるようになったのは良かったが、しかし自分のアリシア2234-LMNも一緒というのは、やはり何か違う気がしていた。母親同伴とまでは言わないにしても、どうしても見張られてるような気がして素直に楽しめなかった。


そんな秀青とは対照的に、アリシアはウキウキだった。秀青のアリシア2234-LMNの手前もあって表向きは控えめに振る舞ってはいたが、その顔は緩みっぱなしだ。彼女としては秀青と彼のアリシア2234-LMNが仲直りしてくれたことが何より嬉しかったから。


自分の後ろについてくる二体のアリシア2234-LMNに振り返り、秀青は思う。


『どうしてこんなに違うんだろう…?』


外見こそ全く同じの二体なのに、一体はロボットそのものの振る舞いをし、もう一体は人間としか思えない振る舞いをする。千堂はシステムの不調だと言っていたが、どういう不調を起こせばこのようになるのだろう? これは本当に不調なのか? もしかすると新しいアリシアシリーズ、もしくは全く新しいメイトギアの試作品なのでは? そんな風に思ったりもしたのだった。


秀青の考察は、実は全くの的外れでもなかった。千堂も含め、開発部としては今後の商品開発のヒントを得ることも、彼女をこうして運用することの目的の一つにしているのだから。ただ、彼女と同じものを再現することは、事実上不可能だということは既に結論として得ていた。彼女のデータをコピーしたアリシアシリーズを何体か作ってはみたがやはり彼女の<心のようなもの>を再現することは出来なかったのである。彼女のそれはあくまで偶発的に生じたものであり、少なくとも現時点で同じ状態を意図的に作り出すことは無理だと、確認されてしまっているのだった。


とは言え、彼女の振る舞いを参考に、より人間に近い印象を得られるアルゴリズムの開発は既に始まり、あくまで試作の段階ではあるがアップデート用のパッチまで作られ、試験運用が行われていたりするのも事実だった。その感触として、表情や振る舞いが従来よりも明らかに自然になり、それまでのいかにもロボット然とした印象が和らいだという評価を得ていた。ただし、その分、システムにかかる負担は増え、要求される処理能力もより高度になっている為に、対応出来る機種は限られてくるというのも分かっている。その辺りの振り分けも含め検討すべき課題はまだ多く、実際に発表されるのはまだ先になるだろう。恐らく早くても二年後くらいになると思われた。


また、従来のアリシアシリーズのアップデート版とするのか、それとも完全な別商品として開発するのかも含めて、議論が始まってるという。


現時点では、アリシア2234-HHC以降を対象にしたアップデートを先行して行う案が有力視されている。ただそれは残念ながら、アリシア2305-HHSは対象に含まれないという意味でもある。実はアリシアシリーズは数字の部分が大きい方が新しいという訳ではなく、千の位は機体のサイズ及び機種を表し、百の位は開発チームの番号、下二桁が開発された年式を表している。つまりアリシア2305-HHSは、アリシア2234-HHCより二十九年も前に開発された機体ということである。とは言え、この時代、モデルチェンジのサイクルは十五年前後が目安になっているので、モデルとしては二代前なのだが。


人間の健康寿命が百二十年を超えた為に、商品開発のサイクルもそれに伴って長くなったという背景もある。二十九年だと、今の感覚で言うなら七年から八年くらいにあたるだろうか。それでもガジェット類に当てはめて考えると長く感じるだろうが、ロボットは高価な耐久消費財なので、イメージとしては自動車が近いだろう。また、二十一世紀頃までの大量生産大量消費という社会の在り方自体が反省されて、同じものを長く使うことを良しとする価値観が定着しているというのもあった。百年以上前に作られたロボットでさえ、十分に現役として使われていたりもする。しかも、デザインの流行り廃りもある為に多少の古さを感じさせたりはするものの、機能としてはそんなに劇的に違わなかったりするのだ。


余談が長くなったが、とにかくアリシアが今後の商品開発の鍵を握っているという面があるのは間違いなかった。故に、秀青の『新型メイトギアの試作品かも?』という推測は当たらずとも遠からじといった感じであった。


だが、秀青にとってそれは重要な問題ではなかった。彼にとって残念なのは、彼女と自分のアリシア2234-LMNの違いだったからだ。彼女が自分の傍にいてくれたら。せめて、自分のアリシア2234-LMNが彼女と同じになってくれたら。ついそう思ってしまうのだ。


これが人間だったら仕方ないと諦めもつく。だが、彼女はあくまでロボットであり、しかも自分のそれと全く同じアリシア2234-LMNなのだ。彼女がこんな風になれるのなら、自分のアリシア2234-LMNだってこうなれるんじゃないのか? と秀青が考えてしまうのも無理はなかった。


その一方で、秀青はロボットに詳しい頭のいい少年だった。だからここまで違うということは、彼女は見た目こそ同じだが、アリシア2234-LMNをベースにしているのは間違いないが、その中身は事実上全くの別物と言えるほどに改造されている、またはそういう新しい部品によって組み上げられている特別な機体かも知れないという認識も持てるのだった。


そんなことばかり考えているから、もう、カセイヒイロシジミのことなど殆どどうでもいいくらいに意識の外に追いやられているのが現実である。それでも一応、カセイヒイロシジミを探すという体裁で彼女と一緒にいるのだから、少なくともそのふりをしないと格好がつかないという想いもあった。だからカセイヒイロシジミの居そうな場所を彼女と話し合ったり、意見を求めたり。その様子はまるで、秀青とアリシアがペアで、秀青のアリシア2234-LMNは完全にただの従者と言うか、言い方は悪いが<みそっかす>のようにすら見えてしまっていたりもした。


もちろん、ロボットは人間と違って本来そんなことは気にしない。仲間外れにされようが邪魔者扱いされようが、自らに与えられた役目をただ果たそうとするだけだ。だが、それはあくまで秀青とアリシアが普通の人間であった場合ならばとも言えた。


と言うのも、彼がアリシアに話しかける度に、近くに寄ろうとする度に、目がピクッと反応していたのである。それはまさに、千堂家のアリシア2305-HHSと同じ反応だった。保安基準の適用外になっているから敵対行動こそしないものの、そのメインフレームには少なくないストレスがかかっているという証拠。


それはさしずめ、人間の言うところの<嫉妬>にも似たようなものだろうか。心が無いのだから当然ながら嫉妬する筈もないのだが、極めて単純化された、感情とも言えないレベルではあっても人間のそれと同じベクトルを持ったストレス反応と言えるのかも知れなかった。これはまだ、千堂達でさえ気付いてない反応であった。一応、千堂だけはアリシア2305-HHSが似たような反応をしたことを現認してはいるものの、あくまでアリシアの異常に対してアリシア2305-HHSが過剰反応したものだという認識でしかなかったのだった。


そしてそれに最初に気付いたのは、秀青だった。アリシアと会話を交わしていると何となく気配を感じ、ふと視線を向けると、自分のアリシア2234-LMNがまるでそれを睨むようにして自分達を見ているということが何度もあったのである。最初は単なる偶然かと思った。その次にはアリシア2234-LMNの役目を考えたらこうして見てるのは当然だと考えた。だが何度もそういうことがあって、いつしかそれを、明らかに何らかの意図によりこちらを睨んでいると感じるに至ったのだった。何しろ、これまでそんな風に睨まれたことなど無かったのだから。


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