6日目・午前(ULTRA-MAN(エム・エー・エヌ)到着)

町の中では、多くの人が逃げ場を求めて混乱していた。誰かが、「外に逃げられるぞ!」と叫んだのをきっかけに、雪崩を打って逃げ出した。私はその流れに逆らって、町の奥へと進んでいく。先程、アリシアが飛び越えた壁の辺りを目指して。


しばらく進むと、道路脇にランドギアが一機、横たわってるのが見えた。動く気配はない。私を襲った連中のと同じ、AK-4000系またはAKS-3000系のランドギアと思われた。更に近付くと、その下に血が溜まっているのも見て取れた。それは、機体の脇に設けられた排気口から漏れていて、しかもその排気口は破損していた。恐らくアリシアが、唯一の弱点であるそこに何らかの攻撃を加えたのだろう。自らの腕を突き入れたか、パイプのようなものを突き刺したかは分からないが。


恐らくこいつがトールハンマーでフライングタートルを撃ち落としたのに違いない。しかし、そのトールハンマーが見当たらない。そう思った瞬間、遠くの方に見えていたフライングタートルが急激に高度を下げる様子が私の目に映ったのだった。その私の視線の先、それほど高くない建物の上に、人影のようなものが見えた気が。それは何か長い棒状のものを抱えていて、そして放り出したようにも見えた。


「アリシア!」


私は思わず叫んでいた。間違いない、アリシアだ。私は周囲を見回す。すると一台の自動車が目に留まった。中を覗き込んでみると、あった。鍵がついている! それに乗り込み、スイッチを入れた。電源が入り、アクセルを踏み込んだ瞬間、走り出した。アリシアの姿を求め、自動車を走らせる。


その時私は、胸ポケットに入れた携帯電話が振動していることに気が付いた。誰だ!? このクソ忙しいときに!! と心の中で毒づきながら電話に出る。すると突然、


「さっさと電話に出ろ! この馬鹿野郎!!」


と怒鳴られた。獅子倉の声だった。だから私も思わず、


「五月蠅い! こっちはそれどころじゃないんだ! 何の用だ!?」


と怒鳴り返していた。


「ULTRA-MANエム・エー・エヌが着くぞって教えてやろうとしてるんだろうが! 何だその言い草は!」


なに!?


獅子倉のその言葉に私は咄嗟にブレーキを踏んで自動車を停止させ、窓から顔を出して空を見上げた。するとそこに、こちらに向かって降下してくる何かが。フライングタートルに似たシルエットだが、その色は白、いや、銀色に輝いていた。あれが、ULTRA-MANエム・エー・エヌ


「電話はそのままにしとけ、その方が電波が強いから見付けやすい。今、ULTRA-MANエム・エー・エヌがアリシアとリンクした。女神の盾を射出する」


まだ遠くてよく見えないが、ULTRA-MANエム・エー・エヌと思しき飛行物体から小さな何かがいくつも飛び出したような気がした。


ULTRA-MANエム・エー・エヌはそのまま私の方に向かい、そこから飛び出した小さな何かは、私が見たアリシアらしき人影がいた辺りに向かって降下していくようだ。


「特殊コード、JAPAN-2-GE-ZZ-1891121819267NHG50CSO。実行」


電話口で獅子倉が声を上げるのが聞こえる。


「フレンドリー機指定、アリシア2234-LMN。リンクはアリシア2234-LMを優位としてFIX」


どうやら、女神の盾とかいうものに対する指令のようだった。そこで私にもピンときた。あれは、要人警護用のロボットで最もリーズナブルに使えるようにと我が社が販売を予定していた警護用のドローンだろう。それを転用した何かに違いない。


警護用のドローンは、攻撃用の武器は持たないがアリシアと同じ防弾スキンが貼り付けられていて、文字通り動く盾としての機能のみに特化した商品だった。なるほどそれをアリシアに使わせるから<女神の盾>ということか。


「ちっ! マズいな。レーダー照射を受けてる。ULTRA-MANエム・エー・エヌが攻撃されるぞ。仕方ない。いったん射程外に出てから回り込んで接近させる。もう少し待て」


獅子倉がそう言うと、私に向かって降下していた機体が方向を変え、南の方へと移動した。そして改めて高度を落とし、低空飛行でみるみる近付いてくる。


機体がはっきり見えるようになると、それはやはりフライングタートルによく似たシルエットを持った機体だった。大きさとしては一回りくらい大きいかも知れない。一度に三十人程度の人間を救助できるように設計されたものだからな。


「よし、乗れ!」


獅子倉が言うと同時にハッチが開く。だが、私は乗り込まなかった。


「何してる、さっさと乗れ!」


獅子倉が苛立ちを込めた声で言う。それに私は答えた。


「アリシアがまだだ。彼女を待つ」


それに一瞬声を詰まらせて、獅子倉が言った。


「馬鹿野郎! 何考えてやがる! こっちでもULTRA-MANエム・エー・エヌを通してモニターしてるが、あいつはお前を生かすために戦ってるんだ! データはもう拾えた。あいつのことはそれで再生出来る。だから帰ってこい!」


だがその言葉が、逆に私を頑なにさせる。


「嘘だな……お前は知ってる筈だ。データを移植するだけでは彼女は再生されないと。私ですら分かることが、お前に分からない筈がない」


「……!」


電話口で獅子倉が言葉に詰まっているのが分かる。数秒の沈黙の後、獅子倉が再び口を開いた。


「…そうだ。その通りだ。データをいくら移植しても、あいつはもう再現されない。あいつはもう、唯一無二の存在になった。だがそれがどうした? あいつはロボットだ。人間を守るのがあいつの役目だ。あいつが戻らなければお前は帰らないとか言ったら、あいつは自分を破壊するぞ。逆に、お前が逃げればあいつも逃げるかも知れん。だからいつまでも子供みたいに駄々をこねてないで、さっさと乗れ」


…確かに獅子倉の言う通りかも知れない。自分がいる限り待つと私が言うのなら、自らを破壊することだって十分にあり得るだろう。だが、違うのだ。そういう理屈ではないのだ。彼女に命を救ってもらったこととか、彼女に対する負い目とか、贖罪とか、そういう様々なものが絡み合って、簡単には答えを出せないのだ。


「私は…」


そう言いかけた時、私の視界に何か動くものが捉えられた。ハッと思って見ると、建物の陰からランドギアが現れるところだった。その腕で抱えているものは、機体のサイズから見てもいささか大きすぎるガトリングキャノンだった。恐らく20㎜。30㎜のアヴェンジャーに比べればさすがに見劣りするが、それでも十分に脅威と言える。ULTRA-MANエム・エー・エヌは過酷で危険な状況で運用されることを想定してるからそれなりに頑丈に作られてる筈だが、それでも20㎜は防げないだろう。今撃たれたらすべてが終わる。


私は死を覚悟した。


しかしその瞬間、何かが私の視界に飛び込んできた。そして私の視界を覆いつくし、ランドギアとの間に壁を作る。それと同時に射撃音が耳に届いてきた。が、届いてきたのは音だけだった。しかも、目の前にできた壁の向こうで、射撃音とは別のすさまじい音がしている。


いったい何が起こっているのか、私には理解出来なかった。理解出来ないうちに突然その音が止み、私の前に出来た壁が崩れ落ちる。いや、正確には、一部が崩れ落ちて、残りはバラバラになって空中に留まったのだ。


呆然とする私の耳に、声が届いてくる。


「お怪我はありませんか、千堂様」

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