6日目・午前(安堵)

アリシアのバッテリーの件が一段落ついて、私は何だかほっとしていた。三百M$は無駄になってしまったが、まあいい。事務所の机の上に更に百$紙幣二枚を置いて、一息つく。


そして私は考えた。ロボティクス部門の職員達は皆、無事なんだろうか? さすがに私の様に命までは狙われないだろうが、彼らの今後も気になる。


そこで私は、開発部の職員の中でも最も馴染みのある一人に、電話を掛けてみようと思った。アリシア2234-LMNの外見のデザイン案の選定をし、CSK-305用のチェーンガンのジョイント部にアリシア2234-LMN用のアダプタとしての機能も持たせるという悪ノリを見せた、チームリーダーの獅子倉ししくらという男である。年齢は私より四つ下だが、飛び級で入った大学在学中にJAPAN-2ジャパンセカンドにスカウトされて私の同期として入社した、少々変わり者の才人でもあった。


他にも気になる部下はいたが、電話番号を覚えているのが彼しかいなかったので、取り敢えず掛けてみることにした。つくづく、不時着の時に私の携帯が失われたことが悔やまれる。さすがにアリシアでも、会社の電話番号なら辺境の支社のものまで登録されてるだろうが、個人の電話番号までは登録されてないからな。


何度かのコールの後、電話に出る気配がしたので私は早速、


「獅子倉か? 私だ、千堂だ」


と声を掛けてみた。だが、その言葉に返ってきたのは獅子倉の声でなく、


「千堂さぁん! ご無事だったんですかぁ! よかったぁ、心配してたんですよぉ!!」


という、一体どこから出してるんだといった感じの素っ頓狂な女の声であった。聞き間違えようもないこの声は、獅子倉の右腕とも言われ、獅子倉以上の変わり者と称される才女、姫川千果ひめかわせんかだ。


「姫川か? 獅子倉はどうした? 無事なのか?」


姫川のペースに合わせると無駄に話が長くなるから、用件だけを伝える。


「主任は今、ラボにこもりっぱなしですぅ。自分にはこれしかできないからってぇ」


相変わらずの喋り方だが、ロボットに関してはこれでも超のつく天才なんだよな。そうでなければ決して採用してない。しかし、今はそれは置いといて。


「ラボ? 会社のラボが使えてるのか?」


新良賀あらがが会社を乗っ取ったのなら、ロボティクス部門はてっきり一時的にでも閉鎖されていると思っていた私は、姫川の意外な言葉に思わず聞き返していた。だが、そうではなかった。


「もちろん本社のラボは入れないですからぁ、第七研究所のラボですぅ」


ああ、そうか。第七研究所と言えば、星谷ひかりたに社長が、獅子倉と共同で個人的に設立した、巨大組織であるJAPAN-2ジャパンセカンドならではの制約を受けない状況で開発を行う為の会社である。規模は小さいが、設備だけなら本社のものと遜色ないラボを備えていた。もっとも、そのことが、ロボティクス部門の悪ノリを助長しているという側面もあったのだが。


となればまたおかしなものを作っているということか。もしかすると、JAPAN-2ジャパンセカンドという縛りが無くなったことをむしろ歓んでる可能性があるな。


「そうか。ならいい。それで、他の連中も無事なのか?」


私はふと思いついた考えを敢えて横において訊いてみる。


「はい、皆さん自宅待機を命じられてるだけですぅ。でも解雇通知待ちの状態ですけどぉ。それで私達のチームは第七のラボに集まってぇ、もしかしたら必要になるかも知れないものの最終チェックをしてるところですぅ。ちなみに私はただいまランチタイムですぅ」


最終チェック? その言葉を聞いて、私の頭によぎったものがあった。そう言えば、開発部が次のコンペティションに出す為のロボットを作っていた筈だったな。と、言うことは…?


「それはまさか…?」


私がそう問い掛けると、姫川はさらに嬉しそうに声のトーンを上げ、


「はい、大陸間弾道救難機、ULTRA-MANエム・エー・エヌですぅ」


…やっぱりか……こいつらは私が死ぬ思いをしてる間にもそんなことをしていたのかと思うと、怒りよりも呆れるしかなかった。こいつらの頭の中には常にアニメが流れてるんだと、改めて感じた。


無論、私がこういう状況だからと言って彼らにも同じように苦労して欲しいとは言わない。時差六時間の距離があるのだし、取り敢えず命の危険もないならこれほどの温度差があっても当然だろう。しかし頭では理解しても、感覚的には納得できないのも事実だ。ましてや私の自家用ジェットに乗っていた十四人もの人間が犠牲になってるというのに……


だが、違うな。そうじゃないな。自分と同じ立場にいない人間に、自分と同じように感じろと言う方が無理がある。そもそも私だって、亡くなった十四人のことをそんなに悼んでたか? 自分が生き残ることに必死で、精神的に追い詰められて、頭から消えてたことだってあったじゃないか。だから今はそれは置いておこう。この話は私が生きて帰ってからだ。


「…それはもう実働段階なのか?」


姫川の言う大陸間弾道救難機とは、文字通り、かつて地球のすべての大陸を攻撃範囲内に収めた大陸間弾道ミサイルになぞらえて、攻撃ではなく救難活動に役立てようという発想で開発がすすめられていたものの筈だった。弾道飛行を行い火星の全ての地域に一時間以内で駆け付け、救難活動を行うロボット機。全長十五メートル。そこに弾道飛行用のブースターを増設、目的地上空でブースターを切り離し降下、完全自律行動で二十人から三十人を一度に救助できる救難機を目指しているものだった筈。


もしそれが使えるのなら、その運用テストに私が役に立つんじゃないか? 私はそう考えた。そして姫川も、それに気付いたようだった。


「じゃあ、今から千堂さんの救助に向かわせましょう! 弾道飛行のテストは今回初めてですけどぉ、救助してからは基本的に通常の飛行で移動しますぅ。通常の飛行については完熟飛行も済んでますからぁ、今は装備品のチェックをしてるところですぅ」


何故こんな時でもその喋り方なのか理解に苦しむが、今はいい。


「分かった。それで頼む!」


これからどうすればと途方に暮れたくもなってたが、これで光明が見えた気がする。救難機は専用の信号を発信し、いかなる空域へも事後報告での進入を認められていた。弾道飛行を行うようなものは恐らくこれが初めての筈だが、ロボット救難機そのものは軍や警察や消防も導入している一般的な物だからな。


「もちろん、救難機用の信号の申請も済んでるんだろうな?」


念の為に確認すると、姫川も応える。


「はい、それはもちろんですぅ。今回の機体はぁ、軍に納入されてるものをベースにバージョンアップ機として開発したものですからぁ。それでは主任に伝えますぅ。このままお待ちくださいぃ」


姫川がそう言った途端、今度は男の声が聞こえてきた。


「千堂さんですか? 僕は第三ラボ所属の敷島です。ご無事だったんですね! よかった!」


第三ラボの敷島と言えば、若手のホープの一人とみなされてる奴か。彼には獅子倉の影響を受けさせたくなかったんだが、今はそうも言ってられないか。


「君も無事だったんだな。私も安心したよ」


そう応じた私に彼は続けた。


「星谷社長とハーン常務も無事です。でも、ネルラ部長と大木戸課長とはまだ連絡が取れていません」


そうか、社長は無事なのか。その言葉に私は胸を撫で下ろした。恐らく重役より下の人間はさすがに命までは狙われないだろうから、その二人が無事ならそんなに心配はいらないだろう。するとまた別の女性の声が聞こえてくる。


「千堂さん、第一ラボのエリナ=バーンズです。ご無事で本当に安心しました!」


かと思えばまた別の人間がという風に、何人もの部下達が次々と私に話しかけてきた。どうやら本当に皆、無事のようだな。私は、自分が今置かれてる状況も忘れ、妙に懐かしいような気分を味わっていたのだった。


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