5日目・日没後~深夜(カルクラ近郊)

『生きて帰れたら、綺麗に直してやる。新品同様にな』


その言葉に嘘はなかったが、私は正直言って彼女も無事に連れ帰れるとは思っていなかった。このまま襲撃が無ければ十分に可能性はあるが、今後も襲撃を受けた時、いざとなれば彼女を囮にしてでも生きて帰る覚悟を決めていた。だがその前に。


「ところで、アリシア。カルクラまでの距離は?」


私はふと思い立って、彼女にそう尋ねてみた。


「約二十六㎞です」


答えた彼女に続けて、


「何か電波は拾えるか?」


と訊いてみるが、彼女の返事は、


「残念ながら有意なものは受信できません」


だった。まあ、そうだろうとは思っていたが。アリシア2234-LMNは現在、半径五十キロ以内の一般回線の無線通信だけなら送受信ができる状態だった。だから、カルクラで無線を使っている者がいれば通信出来るかもとは思ったのだが、そう甘くはないか。


なにしろ、低速低品質な回線であれば、完全に無料で携帯電話が使えるこのご時世、わざわざ一般回線の無線などというものを使う酔狂な人間は、軍かそれに準じた組織か、あるいは趣味で無線通信を行っている者に限られていた。どんな辺境の小さな町であっても簡単に携帯電話用の基地局を設置できるのだから、辺境の小さな町であればなおのこと通信の全てを汎用性の高い携帯電話かネット回線に頼っているのである。趣味で無線通信を行っている者など、それこそよほどの都市にしかいないだろう。


軍では今も無線を使うので一応、アリシア2234-LMNにも機能は持たされているのだが、モデルの更新の度に廃止する機能の候補として筆頭に挙げられるような廃れた機能だった。この調子では、オッドーに近付いても期待は出来ないだろう。しかし、とにかく町に辿り着けば携帯電話を入手することも出来る。警察もある。ただしこういうところの警察の多くが、警察のバッジを付けただけのチンピラであることは多く、どのくらい当てになるかは期待薄だが、とにかく何か打つ手はある筈だ。


ここまで武装集団の襲撃も鳴りを潜めてはいるものの、それは私達の位置を把握できていないというだけの可能性もある。移動中に一度襲撃があったのは、たまたま見付けられただけかも知れない。西に向かって移動してることは気付かれているだろうから、町の近くで待ち伏せをされている可能性もある。そこで、ギリギリまでカルクラに近付いて様子を確認した上、その後速度を上げてもらって一気にオッドーを目指すというのが私の作戦だ。


それで奴らを出し抜ける保証はないが、今はそのくらいしか打てる手が無い。カルクラで自動車を手に入れてということも考えたが、万が一待ち伏せされていたらそれをする意味もない。


だがもし、オッドーを目指していることを見抜かれて、そこで待ち伏せをされたら…?


その時こそは、いよいよ覚悟を決めなければいけないだろう。それこそアリシア2234-LMNを単機で突入させてそれを囮にし、その隙に私は町の住人に紛れて会社に連絡を取り、保護を求めるのだ。そこでアリシア2234-LMNを失うことになっても仕方ない。それが私の覚悟だった。


と言うことで、日も暮れたし出発することにしよう。


彼女が引く簡易トレーラーに揺られながら、私は空を見上げた。この数日の間に何度この星空を眺めただろう。それ以外に見る物が無いのだから仕方ないとも言えるのだが、それを差し引いても何度も見ていられるだけの美しさはあると思う。さすがに地球で見る形の星座とは若干違ってしまっているものもあるが、多くは地球で見るものとさほど変わらない。あまりにも距離が離れすぎていて、地球から火星程度の移動では殆ど誤差の範囲内と言えるくらいの違いしか無いのだ。


加えて、彼女の優しい歌声が、より一層雰囲気を盛り立ててくれる。遠くの方で野犬の遠吠えも聞こえる。命を狙われているのでなければ、こういう旅もたまには悪くないとさえ思えた。


その調子で六時間ほど移動し、カルクラまで五㎞ほどの位置に来た時、今日はここでキャンプを張ることにした。しかも、もし奴らがカルクラで待ち伏せていても気付かれないようにする為に、地面に穴を掘ってシェルターを築き、そこで町の様子を窺うことにしたのだった。


彼女は私の指示に従い、私が隠れる為の穴を掘ってそこにシートを張り、薄く砂をかぶせてシェルターとし、簡易トレーラーを隠す為の窪みも掘る。


だがその時、


「千堂様。町の方から接近する車両があります」


と彼女が言った。


「何? 奴らか!?」


もしかして発見されたのかと私は身構えたが、彼女は穏やかに言葉を続けた。


「いえ、特に武装は見られません。恐らく一般車両と思われます。護身用の武器を携帯している可能性はありますが、敵対行動を思わせる要素はありません。成人男性一人の乗車を確認。バイタルサインは正常。体温、脈拍共に正常範囲内。リラックスしています。斥候や偵察に見られる動きも観測できません。脅威は高くないものと推測されます」


なるほど。少なくとも私達の存在を知って近付いてきているわけではないということか。なら…


「よし、接触してみよう。何か情報を得られるかも知れない」


私はそう言って、アリシアを自動車の進行方向に立たせてみた。こんな時間にこんな場所で女が一人で立っているというのも相当に異様だが、男が立っているよりは警戒もしないかも知れないからな。


闇の中、ヘッドライトと思しき光が一つ、近付いてくる。どうやら片方のヘッドライトは壊れているようだ。こういうところで使われている自動車では珍しくもないか。


やがて向こうもアリシアに気付いたらしく、急に減速した。さすがに思ってもみないところに思ってもみないものを見付けて、肝を冷やしてるという感じだろう。しかし様子を窺うようにゆっくりとこちらに向かってくる。だがアリシアが大きく手を振ると、少しスピードを上げて、そして彼女の前で完全に止まった。私は岩陰に隠れて様子を窺う。


「どうしたお嬢ちゃん、こんなところで。車でも故障したのか?」


暗くて私のところからは顔はよく見えないが、声の感じからすると私より若いかも知れない男だった。若干、軽薄そうな印象もある。


「はい、あるじの乗り物が故障しまして、私がこうして通りがかった方に救援を求めておりました」


そう言って頭を下げる彼女を見て男は、


「あんた、ロボットか。そうか、そりゃ困ったな。俺はこれから仕事に行くところだったんだが、金ぇ出してくれるってんなら力になるぜ」


実に即物的で野卑で分かりやすい。なるほどヘルパーロボットを従えてる人間なんて彼らからすれば相当な金持ちだろう。確かに謝礼金を払うくらいの余裕ならある筈だ。だが、それなら話は早い。


「分かりました。では主と相談してまいります」


と頭を下げる彼女を見て私は、


「その必要はない。金なら払おう。力を貸してほしい」


と話しかけながら岩陰から姿を現し、自動車に向かって近付いた。すると男は車のルームランプを付け、私の方をじっと見る。明かりで私の顔をよく見ようとしてるようだった。その瞬間、男は突然、右手に持った何かを私に向けた。


銃か!?


私が咄嗟にそう思った時には既に、男はアリシアに取り押さえられていた。さすがは要人警護仕様。反応が早い。


「畜生! せっかくの賞金首だってのに、ついてねえ!」


男が忌々しげに毒づく。だが私はその言葉に、思わず訊き返していた。


「賞金首…? まさか私に賞金が懸けられているのか?」


すると男は私をねめあげながら言う。


「ああ、あんた。とんでもねえ額の賞金が懸けられてるぜ。五百万M$(火星ドル)。並みのゲリラのボスクラス以上だ」


五百万M$…? 私の役員報酬に比べれば十分の一以下だが、それでもかなりの大金だ。なるほど彼らにしてみれば一生かかっても稼げる額じゃあるまい。しかし今度は、武装集団で待ち伏せるのではなく、賞金を懸けて町の人間に私の命を狙わせることにした訳か。ゲリラ以外の一般人まで巻き込むとか、何のつもりだ……?


やはりかなり面倒なことになってるのだと、私は思い知らされていたのだった。


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