2日目・正午前(殲滅)

いい加減に懲りてもらえればと願った私の期待は、僅か数時間で儚く打ち破られたのだった。


「人数は約三十名。武装車両十台に分乗し、接近中。照合…照合終了。7時間前に撤退した武装集団の構成者と45%一致しました」


緊張感のないアリシア2234-LMNだったが私は、


「くそっ! しつこい奴らだ」


と、苛立ちが抑えきれなかった。


「警告。集団が二手に分かれました。挟み撃ちを狙っているものと思われます」


何!? 奴らめ、こっちの攻撃手段がアリシア2234-LMNだということで、一方に注意を引き付けてその隙にということか!?


「くそっ!」


思わず悪態を吐く私に向かって、アリシア2234-LMNが冷静に語り掛けた。


「それでは、彼らが準備を整える前に迎撃することをお勧めいたします。許可をいただけますでしょうか?」


そう言われて、私はまだ迎撃の命令を与えていないことを思い出した。


「あ、ああ、そうか、任せる。迎撃しろ」


私が命じると、アリシア2234-LMNが「承知いたしました」と深々と頭を下げたその直後、私の視界から消えていたのであった。視線を移すと、足場の悪い荒地を間違いなく自動車より早く駆け抜け、私からはまだ豆粒程度にしか見えない左側の集団に向かっていくアリシア2234-LMNの背中が見えた。すると走りながらチェーンガンを斉射したらしく、爆炎と砂煙が上がり、戦闘は呆気なく終了したようだった。


何しろアリシア2234-LMNは、そのまま踵を返して私のところに戻ってきたのだから。


「車両五台を撃破しましたが、もう一方の集団はこちらに発砲することなく引き返していきました。恐らく、私が攻撃した集団を先行させ注意を引き、その隙に他方の集団が攻撃を仕掛けるつもりだったと思われます」


砂にはまみれているが、ロボットだから当然、汗一つかくことなく息も乱さず、アリシア2234-LMNは文字通り涼しい顔でそう報告したのだった。だが私はそれには構わず、


「奴らの行動、どう分析する?」


私が今感じていることをどう分析しているのか、問うてみる。


「はい。彼らの行動には合理性が見られません。指揮系統も曖昧で、論理的な一貫性も見て取れません。一方で、目的遂行に対する強い執着が見られます。また、戦闘中の兵士のバイタルサインから、薬物使用の兆候も見られます。以上の点から、実際に攻撃に参加している兵士の多くが使い捨ての道具であり、目的完遂こそが至上命題の狂信的行動と思われます。その為、戦力を失ったことで撤退する行動も、あくまで目的完遂が困難になったという判断に基づいたものであり、命を惜しんだり、恐怖を感じた故の行動ではないと思われます」


「その目的とは?」


「千堂様の殺害と推測されます」


「そうだな。私もそう思う。ありがとう」


やはりロボットの目にもそう見えるか。そうなると、捜索隊が来るまでいかにしのぎ切るかが問題だな。


私がそう結論付けていたその時、アリシア2234-LMNが再び声を発した。


「警告。接近する集団があります。方角は北北東。先ほどの集団の別動隊と思われます」


何だと!? そうか、さっきの奴らはどちらも陽動で、すぐに撤退したのは、アリシア2234-LMNを引き付けるのが目的だったのかも知れない。しかし、アリシア2234-LMNの第一目的は私を守ることであって、敵の殲滅ではない。当面の脅威を退けられれば私のところに戻ってくるのだ。


「先ほど撤退した集団も、再度接近中」


やはり、か。アリシア2234-LMNを引き付けられなかったことで、やり方を変えてきたか。


「どちらの方が近い!?」


私が問うと、


「北北西の集団です。携帯型ミサイルを確認。こちらの対処を優先すべきと判断します」


と応えるアリシア2234-LMNに、


「迎撃!」


と一言命令した。


すると今度は、「承知しました」とかも言わず、私の視界から消えていた。それだけ状況が切迫しているのだと思った。すると突然、空中で二回、爆発があった。アリシア2234-LMNがミサイルを迎撃したのかも知れない。その直後、前方でも爆発があった。それから続けて、銃声と爆発音が。


だが私は、正直言って気が気ではなかった。こうしてる間にももう一つの集団はこちらに向かっている。私もアリシア2234-LMNが回収してきたサブマシンガンを手にし、その操作方法を頭で繰り返すが、余暇に射撃場で何度か射撃をしたことがある程度の私では、およそ自分の身を守ることすら心許なかった。


後は、なるべく見付からないように身を隠し、時間を稼ぐしかない。


と、その時、私は思いもよらぬ方向から爆発音が聞こえたことで、思わずその方向を見た。すると、私目掛けて迫って来ていた集団の辺りで、爆炎が上がっていたのだ。そこにまた何かが飛び込み、爆発する。まさかと思って視線を移すと、アリシア2234-LMNが迎撃していた筈の集団の方から、火花が地面を水平に奔り、もう一方の集団のところで更に爆発したのだった。


そうか、ミサイルか!?


アリシア2234-LMNが奴らの携帯型ミサイルを奪い、それでもう一つの集団を攻撃しているのだと思った。そして終わってみると、今回もまた、一方的な戦闘になったのである。ここまでくると、さすがにアリシア2234-LMNの能力だけではないと感じる。何しろ、CSK-305の戦闘データも引き継いでいるあれは今、もうすでに、単なるアリシアシリーズの特別仕様というだけでなく、戦闘のスペシャリストでもある筈なのだ。


しかし、我が社の製品とは言え、恐ろしいまでのポテンシャルだと思った。それでもランドギアとは比べものにはならないだろうが、人間相手に油断を誘い、かつその運動性で翻弄しながら戦えば、これほどのことが出来るのかと思った。もちろん、たまたま敵集団の編成が、相性の良いものだったからというのが一番の理由だとは思うが。CSK-305が作動していた内に奴らのランドギアを破壊できたのは大きいと思う。しかも、その後奴らにはランドギアが補充されていないことも。


そういう幸運にも助けられ、私はまだこうして生き延びているのだ。捜索隊が来るまで何としても生き抜いてやろうと思う。


そんなことを考えていた私の下に、アリシア2234-LMNがやはりちょっとした外出から帰ってくるかのような気安さで戻ってきた。しかもその脇には、携帯型のロケット砲を三つ抱えて。それがまるで野菜でも抱えているかのように見えて、軽く頭が混乱する。


「千堂様。今回は、敵集団の車両の全てと、主要な装備品の撃破が出来ました。敵兵士についても、全員撃破出来たと思われます」


そうか……


「それはつまり…」


「はい、殲滅に成功しました」


そんな恐ろしい言葉すら、あの笑顔で穏やかに述べる。ロボットなのだから何もおかしくないと思っていても、やはり背筋を冷たいものが走る。とは言え、武装集団が全滅したということなら、それは朗報というべきだと思う。さすがにこれでもう攻撃も止むだろう。あったとしても知れているはずだ。


機体の残骸の陰に置いたマットレスの辛うじて日陰になっているところに腰を下ろし、私は、横倒しにしたウォーターサーバーのタンクの栓を緩めて水をグラスに移して飲み干した。肩の力が抜け、深い溜息が出る。砂まみれの頭が痒くなり、ぼりぼりと掻くと砂か何か分からないものがボロボロと落ちる。ここに至ってもまだ風呂に入れないのは辛いが、これでようやく少しは安心できそうだ。この時の私はそう思っていたのだった。


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