1日目・夕刻

アリシア2234-LMNに奴らの装備や資材で使えそうなものがあれば回収してもらっている間に、私は自分に出来ることをしようとしていた。まずは、破壊されたCSK-305から、チェーンガンを取り外しにかかる。


幸い、チェーンガンが装備されている左腕はメンテナンスモードで動かせるから、装甲を開放し、武装を固定しているロックを解除して、すぐに外せるようにしておいた。チェーンガンは、弾倉を兼ねたバックパックの一部と給弾用のチューブで繋がっているから、バックパックを下さないと外せないのだ。しかもバックパックは、それだけで百㎏近くある。弾倉がある部分は本来は補給の際にすぐ交換できるように取り外しが可能なのだが、CSK-305本体が機能していない状態では、まずバックパックを本体から切り離さないと外せなくなってしまっている。


乱暴にバックパックのロックを解除して落としてしまっては、給弾チューブで繋がってるチェーンガンまで引っ張られ、最悪壊れてしまうかも知れない。残弾数は恐らく三千発程度だと思うが、この攻撃力は無駄にするには惜しい。


CSK-305の固定武装として搭載されているチェーンガンは、単体でも使用可能なのだ。さすがに生身の人間では到底扱えないが、アリシア2234-LMNなら運用は可能だ。弾倉や薬莢自体は徹底的に軽量化されてるとは言え合わせて五十㎏近い重量になる筈だから運動性は多少下がるにしても、アリシア2234-LMNの攻撃力の低さをかなりカバーしてくれるだろう。しかも奴らの携行武器を奪って使うより、単純に威力が高いだけでなく、武器としての精度も高いし信頼性もある。


そうして待っていると、アリシア2234-LMNが、何か荷車のようなものを引き、こちらに戻ってくるのが見えた。いや、荷車じゃないな。剥き出しのフレームに簡単な荷台を付けた、車両に繋げて資材や武器を運搬する為に使う、小型の簡易なトレーラーだ。リゾート地などではジェットスキーなどの運搬にも使われるあれと同様のものである。


しかし、いくら使えそうなものを回収してきてくれと言ったからって、さすがにそれはどうかとこの時は正直言って思った。まあ結果として、それが後々役に立つのだが。


「ありがとう。じゃあ、それは取り敢えず置いて、こちらを手伝ってほしい」


ありがとうとは言ったものの、休む暇さえ与えず命じる私に、アリシア2234-LMNは嫌な顔一つ見せることなく「はい」と従う。ロボットなのだから当たり前なのだが。何かが引っ掛かる気がしてしまう。だが、いつまた襲撃を受けるかもしれない私には、それに構っている余裕はなかった。


アリシア2234-LMNに支えてもらってCSK-305のバックパックをゆっくりと地面に降ろす。その上で弾倉部分を切り離し、同時にチェーンガンも外して、今度はそれをアリシア2234-LMNの左腕に装着した。開発部が遊び心で用意した、CSK-305に搭載する際のジョイントがそのままアリシアタイプ用のアタッチメントにもなるという機能を実際に使うことになるとは思ってもみなかった。以前、CSK-305の機能の説明を受けている際に気付いた時にはそのあまりの悪乗りに苛立ちも覚えたが、今はこうして役に立つのだから皮肉な話だ。さっき言った、武器としての精度が高く信頼性が高いというのは、こういうところも含めてのものである。このお陰で、精密射撃が可能になる筈なのだ。


後は私も手伝って、弾倉をアリシア2234-LMNの背中に装着する。チェーンガンを装備させようなどと考えていた開発部の事だから、それもアリシア2234-LMNのオプション用のジョイントとしっかり合致するのだった。これは査定に影響するな。どっちに影響するかは、これからの結果次第だが。とは言えそれも、私自身が生きて帰ってこそのものか。


「アリシア、装備品の動作確認。照準の補正」


簡潔にそれだけを命じると、アリシア2234-LMNは、「承知いたしました」とだけ応え、数十メートル離れた岩を目掛けてまず一発撃った。続けてもう一発。すると全く同じところに二発目が命中し、精度の高さを改めて実感させるのだった。


「オプションの動作は良好です。問題はありません」


のようだな。それでは続いて、


「回収した物品の読み上げを頼む」


と命じる。


「承知いたしました。それでは読み上げます。OPED535ハンドガン、二丁。AKAR-477サブマシンガン、二丁。M889手榴弾、七個。形式及び名称不明のナイフ、二本。テント生地シート、四枚。固形燃料コンロ、一台。固形燃料、八個。そしてトレーラー、一台です」


ゆっくりと、そして淡々と読み上げられるものを私も確認する。正直言って心許ないが、仕方ないだろう。さらに続けて、私は命令を出した。


「今度は機体の残骸の中に食料が無いか確認してくれ」


当然これに対してもアリシア2234-LMNはその笑顔を曇らせることなく「承知いたしました」と応じ、胴体部だけが辛うじて残った自家用ジェットの中にも躊躇わず入っていき、ものの数分で食料を保管しているコンテナと、ウォーターサーバー用のボトルと、鍋にもなるフライパンを運び出してきたのだった。


「これは助かるな」


コンテナをチェックすると、今回搭乗した十五人分の食料四日分のうち、三日分ほどがそのまま残されていた。高温多湿でも長期保存が可能なパックが施されたものが中心だから、一人では持て余すほどの量だ。非常用のエネルギーバーも一人でなら一ヶ月はもちそうな量がある。何日粘ることになるか分からないが、これは非常に幸先がいい。


先ほどまではそれどころではなくて気付かなかったが、食料を目にした途端、強い空腹感が襲ってきた。パックの刺身やハムやレタスを、封を開けただけでそのまま食う。しっかり醤油もワサビもコンテナには入っていたから、今はこれで十分だ。パックの白飯も開けて手掴みで食った。さすがにこんな食い方をしたのは恐らく乳幼児の頃以来だろうが、今は誰一人として眉をしかめる者もいない。ただ、アリシア2234-LMNがあの笑顔を浮かべて私を見守っているだけだ。


一度に二食分ほど食ってしまったが、まあいいだろう。食べられる時に食べておくとするか。水も、二十リットルタンクが二つある。私一人が数日生き延びるには十分すぎる。


食事の後、アリシア2234-LMNがそれらを簡易トレーラーに積んで、シートを掛けて保管しておく。


「もしよろしければ、コンロもありますので、次のお食事からは、簡単ではありますが調理も可能です。いかがいたしましょうか?」


そうアリシア2234-LMNが尋ねてきたが、私はとにかくその顔を見たくなかったこともあって、「いや、いい」と断ったのであった。それにどうせ、長居するつもりはない。今だけのことだ。こんなところで優雅にランチやディナーを楽しもうとも思わない。


機体の残骸の影で日光を避けていたが、ようやく陽が暮れ始めた。夜も奴らの襲撃はあるかも知れないし、休める時に休んでおこうと私は考えた。


機体から放り出されたベッド用のマットレスを長く伸びた影の中に敷き、そこに体を横たえる。


「私はこれからしばらく寝る。もし誰かが近付いてきた時には起こしてくれ。それが敵で、緊急を要する場合は私を起こす必要はない。自分の判断で迎撃してくれ」


視線を向けることさえせずにそう命じる私に対し、アリシア2234-LMNはやはり穏やかな気配を発したまま、


「承知いたしました。おやすみなさいませ」


と深々と頭を下げる様子が、視界の端に見えたのであった。


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