第21話 王子は勝利の余韻を噛み締める
敵も味方も。
静まり返った跳ね橋の上で、俺はつぶやく。
「復讐はむなしい、なんて月並みなことを言うつもりはなかったんだけどな……」
実際、むなしいものはむなしい。
悲願を果たした嬉しさよりも、心がからっぽになったようなむなしさがあった。
それだけ、エスメラルダを討つことが、俺の心の広い部分を占めていたということなのだろう。
だが、このむなしさが悪いとは思わない。
エスメラルダを討つことができなければ、むなしさを感じることすらできなかった。
復讐はむなしい⋯⋯なんてのは、復讐に取り憑かれたことのない者と復讐を果たし終えた者だけが言えることだ。
だから、俺はあえて言おう。
復讐はむなしいと。
俺は、そう言える立場を掴み取った自分を祝福したい。
「ユリウス! 浸ってるところ悪いけど、今はそういう場合じゃないよ!」
俺のポケットから頭を出して、グレゴール兄さんが言ってくる。
ポケットにグレゴール兄さんをしのばせてきたのは、エスメラルダへの切り札にするためだ。
「未来視の魔眼」がゲーム通りの性能であることは長い時間をかけて確かめていた。
だが、最後のひと押しを確実にするために、事前にグレゴール兄さんを回収してきたのだ。
機械学習の予想を裏切るために、兄さんが魔法を使うタイミングはあえて兄さんの判断に任せていた。
俺にも予想のつかないタイミングで兄さんが魔法を使えば、確実に魔眼の予測を裏切れるからな。
結果的にはグレゴール兄さんという奥の手は使わずじまいになってしまったが、それならそれで問題はない。
跳ね橋に立っているのは、もはや俺だけだ。
跳ね橋の尖塔側にはアリシア、ノエルとトラキリアの騎士たちが。
跳ね橋の対岸にはエルフの兵たちが。
目を見開き、口を愕然と開いて、エスメラルダを
俺は役目を終えたソードウィップを放り捨て、戦いの前に橋に突き刺していた黒い魔剣を回収する。
グレード3のレア武器であるデモンズブレイドは、切れ味を飛躍的に高める魔法が込められた業物だ。
両親の胸を貫き、大理石の床にまで突き刺さっていたのもそのためだ。
俺は黒い魔剣で、仰向けのまま絶命したエスメラルダの首を切断した。
左手で頭を覆う兜を取り、長い金髪を納めた黒い袋を剥ぎ取った。
恐怖の表情で固まったまま左目をえぐられたエスメラルダの首を、俺は敵兵どもに向かって高らかに掲げた。
「ーー聞け! エルフの兵どもよ! 貴様らの指揮官エスメラルダ・オーキスは、この俺、ユリウス・ヴィスト・トラキリアが討ち取った! 貴様らが
朗々たる声で告げた俺に、エルフの兵たちが動揺する。
だが、さすがにすぐに武器を捨てようとはしなかった。
指揮官が討たれたとはいえ、彼らは精鋭で、こちらの騎士よりは強いのだ。
人間に戦わずして屈するのはエルフとしてのプライドが許さないという事情もあるだろう。
しかし、そんなくだらない心情に配慮してやる必要はない。
「貴様らの卑劣な陰謀は露見した! 本来ならば、皆殺しにした上で、その長い耳を塩漬けにして貴様らの里に送り返してやるところだ! 俺に慈悲が残っているうちに投降しろ!」
「ぐっ⋯⋯、わ、わかった⋯⋯」
跳ね橋の先で、周りより階級が高いらしい敵兵が、地面に剣を置いて両手を上げる。
「ね、ネロフ!? 貴様、人間などに屈するつもりか!? 貴様にエルフとしての誇りはないのか!?」
他の兵が、剣を捨てた兵に食ってかかる。
「馬鹿を言うな。エルフであることを隠して卑劣な陰謀を企てておいて、今さら誇りなどあるものか。本当に誇りがあるのなら、ガイジェフのように、エスメラルダ様にこの作戦への参加を命じられた時に反抗して斬られればよかったのだ」
「くっ⋯⋯そ、それは⋯⋯」
「早くしろ! 命令に従わぬなら、この俺が斬って捨てるまでだ!」
俺の最後通牒に、エルフ兵たちが顔を見合わせ、一人、また一人と手にした武器を置いていく。
俺は顔だけで後ろを振り返り、
「ーーノエル」
「ひ、ひゃいっ!?」
いきなり声をかけられたノエルが変な声を漏らした。
「敵兵の武装解除を」
「か、かしこまりました!」
わたしに直接命令できるのはアリシア様だけだ! などとゴネられるかと思ったが、ノエルは素直に敬礼を返し、騎士たちに指示を出していく。
俺はそのあいだ敵兵に睨みをきかせている。
ノエルを先頭に騎士たちが跳ね橋を渡り始めたところで、俺は入れ替わるように星見の尖塔側へと下がった。
「お、お兄様っ!」
「⋯⋯アリシア。って、うおっ!?」
アリシアが、いきなり俺に抱きついてきた。
俺の手からエスメラルダの首がこぼれ落ちる。
その拍子にか、エスメラルダの右の眼窩から魔眼が外れ、地面に転がる。
「お、お怪我はありませんか!?」
「ああ、かすり傷ひとつない。ちょっとできすぎだな」
攻略法に基づいて準備してきたとはいえ、ここまできれいに「ハマる」とは思わなかった。
アリシアは俺の胸にしがみついたまま、不安そうに俺を見上げてくる。
「ほ、本当にユリウスお兄様なのですよね? 鬼神のごとき戦いぶりでしたが⋯⋯」
「驚くのも無理はないが、正真正銘本物だよ」
俺は苦笑してそう言った。
アリシアからすれば、昨日までは「善良だが平凡」と囁かれていた兄が、いきなり強くなったように見えるんだからな。
俺のポケットから、グレゴール兄さんが顔を出す。
「アリシア、無事でよかったよ」
「そのお姿⋯⋯グレゴールお兄様、ですか?」
「ああ、『変身』が暴走してるみたいでね。僕もユリウスも変わり果てて見えるから困るだろうけど、どちらもちゃんと本物さ」
「⋯⋯俺、そんなに変わってるのか?」
ちょっと心配になってアリシアに聞く。
「いえ、お話しすればいつものユリウスお兄様だとわかります。ただ、たたずまいのようなものが何かちがうと言いますか⋯⋯『運命の鼓動』もお兄様を見た瞬間驚いたように跳ねましたし」
「『運命の鼓動』か」
アリシアの固有スキル「運命の鼓動」は、その名の通り、大きな運命のうねりを「聴く」ことができるという能力だ。
たしか、この奇襲が起こる直前に、アリシアは強い拍動を感じ、気持ちを落ち着けるために星見の尖塔にやってきたという話だった。
「その話もちゃんと聞かないといけないな。だが、その前にセーブさせてくれ」
「せ、せーぶ⋯⋯?」
俺は戸惑うアリシアからそっと離れる。
地面に転がっていたエスメラルダの魔眼を拾ってポケットに入れると、星見の尖塔前のセーブポイントに近づき手をかざす。
【セーブ】
スロット20:
ユリウス・ヴィスト・トラキリア
トラキリア城・星見の尖塔前
942年双子座の月4日 05:21
「エスメラルダ戦終了後」
俺はセーブデータを見て満足感を噛み締める。
だが、満足感を噛み締める時間は無駄である。
⋯⋯いや、そうでもないか。
エスメラルダを討ったことで、今回の一件は終わったはずだ。
今くらいは満足感に浸ってもいいだろう。
だが、念には念を入れておくべきだ。
地球には「勝って兜の緒を締めよ」ということわざもある。
「アリシア、こっちに来てくれるか? あ、ノエル、おまえも一瞬でいいから顔を貸してくれ」
「えっ、そこに何かあるのですか?」
「は? あの、敵兵の武装解除は⋯⋯」
「一瞬で済むから」
俺はアリシアとノエル、それからポケットの中のグレゴール兄さんを連れて、呼び出したテントの中に入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます