第20話 王子は試練を乗り越え悲願を果たす

準備はすべて整った。


俺はファストトラベルで星見の尖塔へと転移する。


以前05:03に訪れたときには、星見の尖塔前ではトラキリアの騎士たちが戦いの準備をしているところだった。


今回は、寄り道をしてきたので着時間は05:09。


朝靄にかすむ跳ね橋に目をやると、まさに今、敵兵が橋を渡ろうとしていた。


「――アリシア、ノエル!」


「お兄様!?」


「ユリウス王子!?」


驚く二人の脇を抜け、俺は跳ね橋へと飛び出した。


途端に飛んでくる敵兵の矢を「射撃見切り」ですべてかわす。


俺はソードウィップを腰にさしたまま、さっき謁見の間で回収した黒い魔剣で敵兵たちを斬り伏せる。


「ぐあああっ!?」


「な、なんだこいつ!? 強えぞ!?」


「手配書にある第三王子じゃないか!?」


「馬鹿な、第三王子に戦う力はないはずでは……!」


「逃げろ、下がれ! 弓と魔法を斉射しろ!」


「そ、それでは味方に……」


「かまうか、やれ!」


「――ウインドスクリーン」


結局バラバラになって飛んできた弓を、俺は風の魔法で受け流す。


弓は空中で渦を巻くように舞い、朝靄に霞んだ池の中に落ちていく。


「――出てこい! エスメラルダ・・・・・・! 俺を止められるのはおまえだけだぞ!」


敵将の名を言い当てた俺に、敵兵がざわめいた。


その敵兵の群れを割って。


エスメラルダが現れた。


もう見飽きるほどに見た顔でもあり、何年も合わなかった恋人のような顔でもある。


憎しみは、度が過ぎると、むしろ愛に近づいてくる。


「貴様は、ユリウス第三王子……か? 聞いていたのとずいぶん違うな」


警戒の色もあらわに、エスメラルダが言ってくる。


「今回のことがエルフの謀略だと言うことはわかってる。このことを明かされたくなければ、口封じに俺を殺してみろ」


「ずいぶんと大きく出たものだな……。どうやって知ったかは知らんが、そこまで知られては生かしておくわけにはいかないか」


「お、お兄様! いったい何を――!」


後ろからアリシアの声が聞こえた。


俺は、顔だけ半分振り返ってアリシアに言う。


「大丈夫だ。任せろ。俺は必ずこいつを倒す」


「お、お兄様の『大丈夫』はあてになりません!」


「俺の力は今見せた通りだよ。ノエル、アリシアを守っていてくれ」


「ま、待て! わたしも戦うぞ! 王族に戦わせて、わたしに指を咥えて見ていろというのか!?」


「ノエルの戦いぶりは前にたっぷり見せてもらったよ」


「な、何を言っている!? 正気なのか、王子!?」


「さあ、どうだろうな。なんだか感情が磨り減ったような気もするが、今となっては些細なことだ。とにかく、命令だ。この戦いには手を出すな。計算がいろいろ狂うんでね」


俺は、手にした黒い魔剣を跳ね橋に突き刺すと、腰からソードウィップを抜き放つ。


「貴様っ!? その剣は……!」


「非常に不本意だが、おまえのとおそろいだな」


「馬鹿な、簡単に手に入るような武器ではない!」


「おまえの抱き込んでいるドワーフの闇商人しか生産してない武器だからな。

 だが、グレードは2。グレードだけならこの魔剣より低いくらいだ。

 ま、エルフは魔剣を嫌うからな。だから、魔族に罪をなすりつけるために、惜しげもなく使ったんだろう」


「な、何を言っている? 貴様は何者だ? さっきからわけのわからないことばかりを言う」


ソードウィップは、テントの製作設備で作ったものだ。


正確には、作ったのではなく、「打ち直した」。


謁見の間で両親に突き刺さっていた黒い剣は、魔族の持つ魔剣だった。


Carnageの武器には1から4までのグレードが設定されている(数が大きいほどグレードが上だ)。


黒い魔剣はグレード3、エスメラルダの持つソードウィップはグレード2。

店売り武器のグレードの最大値が2なので、エスメラルダがソードウィップをドワーフの闇商人から買ったのなら、そのグレードは最高でも2だ。

一方、魔族の持つ魔剣はワンオフのもので、店で売られることはない。


Carnageでは、よりグレードの高い武器を専用の設備で「打ち直す」ことで、グレードがひとつ低い任意の武器に変えることができる。


グレードが下がるとはいえ、ソードウィップは斬打射三属性を持たせられる珍しい武器だ。


そのことを抜きにしても、剣でもあり鞭でもあるというだけで、単純に武器の間合いや性質が図りづらい。


グレード2ではあるものの、ソードウィップはグレード以上の性能を持つってことだ。


エスメラルダの立場ならグレードの高い武器はいくらでも手に入るはずだから、あえてソードウィップを選んでいるのだろう。


ソードウィップがかなり複雑な内部機構を備えた武器なのに対し、黒い魔剣は切れ味のいいただの剣にすぎないものだ。


魔剣をどう「打ち直し」たらこんな複雑な武器に変わるのか納得いかないものはあるが、実際にできてしまうのだからしかたがない。


「ふん、舐めるなよ? 同じ武器を使えば互角だとでも思ったか?」


エスメラルダが自分のソードウィップを抜き放ちながらそう言った。


「……いや? 互角だなんて思ってないさ。俺のほうが明らかに上だ」


薄笑いとともに言ってのけた俺に、エスメラルダが舌打ちする。


「よくもまあ、ここまでわたしを怒らせたものだな、第三王子。簡単には死ねぬと思え」


「拷問か? そんなのは……もう何年も前に対策済みだ。懐かしすぎて笑えてくるな」


「……気味の悪い男だ」


「さあ、始めよう。言っとくが、他のエルフどもは手を出すなよ? 出してもいいが、死ぬだけだ」


「いいだろう。いずれにせよ、わたしの戦いについてこれるものなどおらん。兵どもを倒していい気になっているようだが、わたしと他の兵とのあいだには超えられない実力の壁がある。そのことを思い知るがいい」


「駄弁はもう聞き飽きた。行くぞ」


俺は右手でソードウィップを鞭状態に変化させつつ、左手の指先で、握り込んでいた石を弾く。


「――な!?」


驚き顔をかしげたエスメラルダに、俺はソードウィップを剣に戻しながら・・・・・・・接近する。


ソードウィップで斬りかかる――と見せ、ソードウィップを鞭に。


下段に回して、地を這うような軌道でエスメラルダの足を狙う。


「な、なに!?」


エスメラルダは剣状態のソードウィップで俺の鞭を受けた。


俺は鞭を引き、剣状態に戻す。


今度は上段から斬りかかる――と見せ、


「フレイムピラー」


「ぬおわっ!?」


エスメラルダは、足下から噴き上がった火柱から、危ういところで身をかわす。


「な、なぜ……!?」


エスメラルダが目を白黒させている。


左目の翠の目と、右の魔眼。


戸惑っているのは右の魔眼のほうだろう。


――「未来視の魔眼」。


ゲーム中でエスメラルダは自らの魔眼のことをそう呼んだ。


じゃあ、他の人間は、その魔眼のことをなんと呼んだか?



『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2'11"49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも○○○○○○○が超有効!?【エーデルワイス編】』



動画のタイトルで、「ショコラ」さんはそう高々と宣言している。


そう、未来視の魔眼はインチキなのだ。


「『未来視の魔眼』は、たんにこちらの微細な動きから将来の動きを予想しているにすぎない。こちらが不規則な動きをすれば、魔眼の予測は外れることになる」


「な……っ! き、貴様、なぜそれを……!?」


よほど衝撃を受けたのか、エスメラルダはまるで自白するようにそう言った。


「『ショコラ』さんによれば、『未来視の魔眼』の正体は、プレイヤーの行動をデータ化してそこから法則を導く機械学習アルゴリズムにすぎない。未来が視えるわけじゃないのさ」


「未来視の魔眼」は、当初、プレイヤーから「プレイヤーの入力を盗み見ているのではないか?」という疑問を持たれたらしい。


プレイヤーの行動ではなく、その前の入力を見て反応すれば、まるで未来を視たかのような「超反応」が可能になる。


だが、この「超反応」という言葉は、ゲーマーのあいだでは悪い意味でしか使われない。


画面への出力を見てから反応するプレイヤーに対し、コンピューターが内部の入力を直接読んで反応するのでは、フェアな勝負とは言えないからだ。


「未来視の魔眼」にも、最初はこの疑惑がかけられた。


だが、「未来視の魔眼」はまれに外れることもあるため、入力を直接盗んでいるわけではないらしいということまではすぐにわかった。


最終的に「未来視の魔眼」の正体を突き止めたのは、他でもない「ショコラ」さんだ。


魔眼は、プレイヤーの行動データを蓄積し、それを解析することで、プレイヤーの次の行動を、プレイヤーが行動する前に先読みする。


その精度が高かったために、結果的にエスメラルダは、超反応のような高精度の予測避けをするようになったのだ。


その事実を踏まえて「ショコラ」さんが編み出した戦法は、なかなか皮肉の効いたものだった。


「魔眼で予測しにくい不規則な攻撃のできる武器は何か? そう、答えはすぐそばにあったんだ。エスメラルダ、おまえが持ってるソードウィップだよ」


「な、に……!?」


「剣と鞭の切り替え。斬打射の三属性に渡る変則的な攻撃。剣のスキルも鞭のスキルも扱える自在さ。魔眼の機械学習アルゴリズムは、そこまでの複雑さを想定していなかった。剣だけ、鞭だけ、あるいは、剣と魔法の組み合わせ。そのくらいまではカバー範囲だが、それ以上に選択肢が複雑になると処理が追いつかなくなる。その結果、予測が網膜に映るタイミングが遅くなる。遅延ラグが出るんだよ。場合によっては、俺の攻撃の後に・・・予測が映る、なんてことにもなる」


だから、「ショコラ」さんの動画のタイトルは、タネを明かすとこうなるのだ。



『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2'11"49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも○○○○○○○が超有効!?【エーデルワイス編】』



『トラウマ粉砕! ドSメラルダを2'11"49でボコボコにします! 「未来視の魔眼(笑笑笑)」には意外にも「ソードウィップ」が超有効!?【エーデルワイス編】』



「な、るほど、な……。貴様の言うことは半分もわからんが、魔眼が通じないことはわかった。だが、それで勝った気になるのは早いのではないか?」


「そうでもないさ」


俺はソードウィップを鞭に変える。


普通なら、鞭で攻撃する前の予備動作だ。


魔眼はきっと、鞭での攻撃を予想する。


その予想は、俺の身体のわずかな動きをとらえてなされる的確なものだ。


俺は、鞭で攻撃をしかけるように見せながら――タイミングをギリギリまで引っ張って、ソードウィップを剣に戻す。


そして、そのまま斬りかかる。


「くっ!?」


剣は、エスメラルダの鼻先を斜めに薙いだ。


吹き出す血に視界を奪われたエスメラルダは、剣を避けるように上体をそらした。


そのみぞおちに、俺の打ち下ろしたソードウィップの柄尻が突き刺さる。


「ぐはっ!?」


たまらず地面に転がるエスメラルダ。


追撃で入れようとした俺の蹴りは空振った。


……これだけは安直だったな。


この蹴りは、魔眼に予測されたということだ。


「ど、どういうことだ……!?」


跳ね橋に鎧をぶつけて転がったエスメラルダが、右目を押さえながら身を起こす。


「わかんないならそのままだ。説明してやる義理もない」


俺がやってることは、要するに、魔眼に間違った予測を出させ、しかもそれをなるべく遅延させる、というだけのことだ。


さっきの流れなら、鞭での攻撃を予測させた上で、直前で剣に切り替えた。


魔眼で鞭の攻撃が「視えた」エスメラルダは、剣の攻撃への反応が遅れた。


魔眼ではない左目にはちゃんと見えてるはずだが、魔眼での戦闘経験の長いエスメラルダは、回避判断を魔眼に依存しているのだ。


その左目の視界を、一瞬だが出血で奪い、俺は右目の魔眼に剣を振りかぶる動きを見せた。


真上から斬り下ろすと見せかけての横薙ぎ――という微細な筋肉の動きを、あえて演じた・・・


エスメラルダは右目のもたらす情報に頼って来ることのない横薙ぎをかわそうとし、みぞおちに一撃を食らったわけだ。


こうしてみると、「ショコラ」さんがエスメラルダ撃破タイムアタックにソードウィップを持ち出した理由がわかる。


剣と鞭の二択を見せるだけで、魔眼が間違った予測をエスメラルダの網膜に投影する。


さっきの攻防でエスメラルダは俺が魔眼の予測を外させることを頭ではわかっていたはずだが、目に直接投影された「像」を無視するのは難しい。


鍛えていれば鍛えているほど、身体が反射的に視覚に従ってしまうのだ。


Carnage内ではことはもっと単純だ。


剣と鞭を切り替えるフェイントを仕掛けるだけで、攻守ともに隙がないと言われるエスメラルダが、いともあっさりと崩されていた。


……とはいえ、このフェイントも、魔眼の機械学習が走るコンマ秒単位で仕掛ける必要がある。


「ショコラ」さんはわかれば簡単と言っていたが、それは一握りのトッププレイヤーにとってはのことだ。


ちなみに、「ショコラ」さんが最弱と言われる主人公「エーデルワイス」を使っていたのは、剣と鞭の両方に適性があるからだろう。


俺はトッププレイヤーではないし、剣はともかく、鞭なんて触ったこともなかった。


だから、一から鍛える必要があり、気の遠くなるような時間がかかってしまった。


黒い魔剣からソードウィップが作れることは、「ショコラ」さんがサブイベントで滅亡後のトラキリア城跡を訪れた時に、謁見の間だった場所で魔剣を手に入れた記憶があったことから閃いた。


……しかし、この魔剣がトラキリアの滅亡後もあの場所に放置されていたのだとしたら、今の進行とは噛み合わない部分が出てきてしまう。


だがまあ、そのことは後で考えよう。


「さあ、死ね、エスメラルダ。おまえから話を聞く必要もあるが、それは今度・・でも構わない。殺してしまっても、あとからいくらでもやり直しがきくんだからな。今はただ、俺はおまえを殺したくて殺したくてしかたがない……!」


「ひぃっ!?」


引きつった声を漏らすエスメラルダに、俺はソードウィップをぶら下げ無造作に近づく。


「さあ、剣か、鞭か……どっちだと思う?」


目まぐるしくソードウィップの形態を切り替えながらエスメラルダに歩み寄り、


「サンダーボルトだ、残念!」


「ぐああああっ!」


金属鎧に雷の束が直撃し、エスメラルダが悶絶する。


次は、剣と見せかけて鞭を打つ。


面白いように直撃し、エスメラルダの肩から血が吹いた。


魔法と見せかけ、剣と見せかけてから、再びの鞭。


鞭がエスメラルダの左目を直撃する。


「っがあああああっ!? わたしの、目があああああっ!?」


「さあ、これで頼りは魔眼だけだなぁ、エスメラルダ! 『視える』ものと現実が違う恐怖に震えろ!」


俺は、魔眼にフェイントを入れつつ、エスメラルダのももに剣を突き刺す。


「ぐぎゃあああっ!」


「よく鳴くじゃないか、エスメラルダ。人を拷問するのは好きでも、される側になると弱いのか!?」


剣と鞭を見せた上で、弱い魔法を連打し、エスメラルダに跳ね橋の上を転がらせる。


仰向けに倒れ、動かなくなったエスメラルダの肩を踏む。


剣を逆手に握り直し、右目の上に付きつける。


「も、もう、許し、て……」


悪さのバレた幼子のような声で、エスメラルダが言った。


「おまえは、そう言って許しを乞うた相手を、一度でも許したことがあったのか? だが、ドSメラルダの最期の言葉としては気が利いてるな。これで最後にしてやるよ」


俺は、剣を真下に突き下ろす。


最後だけは、魔眼は正しい予測を出したはずだ。


だが、エスメラルダにはもう、この剣を避けるすべは残されていなかった。

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