第17話 王子は敵将を挑発して情報を引き出す
「地下から逃げたと聞いていたが、どうしてこんなところにいる、第三王子?」
縄で縛られた俺の前には、兜で顔を隠したままのエスメラルダがいた。
「さっきも言ったろ。俺には秘密にしてた固有スキルがある」
「『瞬間移動』と言ったか。事実なら伝説に出てくるようなスキルだが⋯⋯」
「そんなに便利なものじゃないのさ。一ヶ月に一回しか使えないし、飛べる距離も限られてる。その上、移動先を選ぶこともできないんだ」
「地下で進退極まった貴様は、『瞬間移動』に最後の望みをかけた。だが、貴様の固有スキルは土壇場で貴様を裏切った。よりにもよって城内、それも、これからわが兵が押し寄せようとしていた星見の尖塔前に転移してしまった⋯⋯ふん、つじつまは合っているようだな」
エスメラルダはそう言うと、興味を失ったように俺から目を外す。
「『瞬間移動』では移動先は選べないが、移動できる範囲はおおよそ決まってる。少しでも城の中心から離れれば、その分外に転移できる可能性が高くなる⋯⋯はずだったんだけどな」
「ご愁傷さまだったな。しかし、なぜ貴様はこれまでその固有スキルのことを秘密にしていた?」
「名前だけなら伝説級なんだが、それだけに他国に警戒されるだろ。そのくせ実際にはあまり使えないときたもんだ。それなら、誰にも言わないほうが得策だ」
「秘密にしておいたほうが、今回のような非常時に役に立つ可能性もあった、か? ククッ、残念だったなァ、あてが外れて?」
「⋯⋯まあ、そういうことだ」
俺は憮然とした顔でうなずいた。
ーーたぶん、察しのいい人にはもうわかってるだろう。
俺が今述べ立てたことは、一から十まで作り話だ。
なんでわざわざ捕まって敵にそんな話をしてるのかというと、
「ーー将軍。約束は守ってください。お兄様を殺さないという条件でわたしは投降したのですから」
俺の隣で同じように縛られたアリシアが、エスメラルダにそう言った。
そう。アリシアは敵兵に投降することを選んだのだ。
いずれにせよ勝ち目がないのなら、素直に投降したほうが、こちらの犠牲は少なくて済む。
そう言って騎士たちを説き伏せた。
騎士たちは当然反発したが、最後にはノエルが黙らせた。
いちばん徹底抗戦を説きそうなノエルが投降に賛成したこともあって、騎士たちも投降を受け入れた。
というより、王女であるアリシアがそう命じ、指揮官であるノエルがうなずいた以上、騎士たちはもう従うしかない。
騎士たちが俺のことを刺すような目で睨んできたのは⋯⋯いきなり現れた俺がアリシアを説き伏せたと思ったからだろうな。彼らの視線には、「このヘタレの第三王子が!」という、本気の殺意がこもっていた。
「わたしの部下たちにも手を出さないでください。それが約束です」
「ふん、わかっている。こちらは既に作戦の目的をおおよそ達成した。権勢もなければ固有スキルもクズな第三王子など、生きようが死のうがかまわない」
「作戦の目的、というのは?」
「⋯⋯素直に話すと思うか?」
「姿を隠してこんなことをしたのです。正体を知られるわけにはいかない。そういうことですよね?」
軽く探りを入れ始めたアリシアに、エスメラルダが苛立ちまじりの舌打ちをする。
「小生意気な娘だな。安心しろ、貴様については可能なら捕獲せよと命じられている。『運命の鼓動』とかいう固有スキルに感謝することだ。あるいは、呪うべきかもしれんな。簡単には死ねぬと思うがいい」
アリシアを脅すつもりか、エスメラルダがそんなことを口走る。
俺とアリシアは、気づかれないように目配せをかわした。
エスメラルダは、前周ではアリシアを殺している。
だが、そのエスメラルダが、アリシアのことは捕獲するよう命じられていたと言ったのだ。
いや、正確には、「可能なら」捕獲せよ、だな。
人というのは、上位者の命令を、自分に都合よく解釈するものだ。
エスメラルダに「可能なら」捕獲せよと命じたのは、「状況が許すならついでに捕まえてこい」という意味だろう。
前周でのエスメラルダは、すでにアリシアを捕まえていた以上、そのまま本国に連れ帰る義務があったはずだ。
しかしエスメラルダはアリシアを殺した。
おそらくエスメラルダは、命令はあくまでも「可能なら」という努力義務であって、絶対にそうせよと命じられたわけではない、とでも言って、アリシアを殺したことを正当化するつもりだったのだろう。
「貴様の部下や第三王子も、貴様に言うことを聞かせる人質にはもってこいだ。逆らわなければ殺しはしない」
「あなたの目的は王族の皆殺しではなかったのですか?」
「王は既に殺したのだ。他の王族はついでにすぎん。だが、調子に乗るなよ? わたしの機嫌を損なえばすぐに首が飛ぶと思え」
その後も、アリシアはエスメラルダにそれとなく探りを入れたが、エスメラルダがそれ以上の情報を漏らすことはなかった。
さて、ここからは俺の出番だな。
俺は不敵な笑みを浮かべて言ってやる。
「で、だ。
「なっ⋯⋯!?」
エスメラルダが絶句した。
これまで、エスメラルダは俺たちに名乗ることはおろか、兜の面頬すら上げていない。
その状態で、自分の名前と、エルフであること、そして今回の作戦の目的までをも言い当てられたのだ。
「貴様っ!? なぜそんなことを知っている!?」
「さてな。エルフも一枚岩ってわけじゃないってことだろ?」
「馬鹿な!? 間者がいるとでも言うつもりか!?」
「俺はいるともいないとも言ってない」
「貴様⋯⋯何者だ?」
エスメラルダが、警戒もあらわに聞いてくる。
「俺の固有スキルは『瞬間移動』だ。でも、さっきの説明は正確じゃない。たしかに、使用回数に制限はあるが、月に1回の使用権は翌月までならストックすることができるんだ。だから、俺は真っ先にマクシミリアン兄さんのところに飛んだ。今頃兄さんは軍をまとめて大急ぎでこっちに戻ってくるところさ」
「なにっ!? だが、貴様の転移可能な距離は⋯⋯いや、それも嘘だったのか!?」
「まあな。近くまで戻ってグレゴール兄さんと落ち合おうとしたけど、距離を見誤ってこのザマさ。でも、王子として最低限の役割は果たした。おまえたちの陰謀は露見したんだよ、エルフ」
「なんだと⋯⋯! くそっ、そんなことでわたしの任務が⋯⋯!」
エスメラルダの声に焦りがにじむ。
「さあ、すぐに兄さんがやってくるぞ。言っとくが、マクシミリアン兄さんは強いぞ? なにせ、おまえたちお得意の魔法が効かないんだからな」
俺は自信たっぷりにエスメラルダに言う。
「それがわかったら、さっさと逃げ出すんだな。とてもじゃないが、アリシアを連れてく余裕なんてないと思うぞ」
「⋯⋯プッ。ククッ⋯⋯なんだ、そんなことか」
エスメラルダが兜を上げた。
エルフらしい碧の左目と、それとは対照的な右の魔眼。
さらには、そのあいだの額を走る大きな刀傷。
長い金髪がうしろでまとめられて黒い布をかけられてるのは、髪の色を隠すためだろう。
エスメラルダが、魔眼を怪しく光らせて俺を睨む。
「ひっ⋯⋯!」
俺は半分演技で、半分本気で息を呑んだ。
これは⋯⋯魔眼の効果ではなく、固有スキル「猛禽の眼」の効果だな。
腹の底から恐怖がこみ上げ、俺の歯が震えてかちかちと音を立てる。
「マクシミリアン第一王子⋯⋯固有スキルは『
「そ、そうだ。兄さんにかかればおまえごとき⋯⋯ひぃっ!」
ばぢっ!と炸裂するような音がした。
エスメラルダがソードウィップを抜き放ち、俺の頭のすぐ横に鞭の一撃を入れたのだ。
直撃しなかったにもかかわらず、その衝撃で俺の左耳が聞こえなくなった。
左耳から何かが垂れるような感じがする。
たぶん、耳がやられて血が出ているのだろう。
俺は怯え半分、虚勢半分といった演技で、エスメラルダを睨み返す。
「お、脅しても無駄だ! そんなこけおどしが兄さんに通じるものか! 言ってやろうか、おまえの固有は『猛禽の眼』! 睨んだ相手に恐怖を植え付ける固有スキルだ! 俺はおまえが怖いんじゃない! ただ固有スキルの効果で恐怖を感じてるだけだ! 固有頼みの
「貴様ぁっ!」
顎に衝撃ーー視界が跳ね上がり、後頭部が床にぶつかった。
「ぐがっ⋯⋯!」
「言ってくれるではないか、第三王子! だが、わたしがこの地位までのし上がったのは純粋な実力だ!」
「はっ⋯⋯そんなの、偉くなったやつはみんなそう言うに決まってるだろ」
床に転がったまま、俺は血を吐いてそう言った。
「それとも、なんだ? 武芸だけでもマクシミリアン兄さんにおくれを取らないとでも言うつもりか? その鞭だけで兄さんの剣と撃ち合えるとでも? とてもじゃないが信じられないね!」
「貴様に信じてもらう必要がどこにある?」
「あんたの中にはあるんじゃないか? あんたは俺の言葉を無視できない。俺に舐められたままで俺を殺してしまえば、俺の中であんたは卑怯で醜いエルフの女ってことで本決まりだ。天使どもの説く『天国』なんてものがあるんだとしたら、俺はそこで言いふらしてやるよ。固有頼みの卑怯なエルフの女に殺されたってな」
「このっ⋯⋯減らず口を!」
「ぐげぁっ!」
「お、お兄様! やめてください、将軍! 約束と違います!」
「殺さないとは約束したが、痛めつけないとは、言ってない!」
「ぐはっ、ぁがっ!」
俺の身体に蹴りを入れ続けるエスメラルダ。
周囲にいるエルフ兵も、それを止めに入ることはない。
人間を助ける義理はないってのもあるだろうが、それ以上に暴力が自分に及ぶのが怖いのだ。
さっきはああ言って挑発したが、エスメラルダがここにいるどの敵兵より強いってことはわかってる。
「猛禽の眼」で与える恐怖もまた、エルフたちを統率する上では役に立つのだろう。
でなければ、忌み嫌う金属鎧でエルフの誇りである美貌を隠すような任務に大人しく付き従うとは思えない。
エルフは基本的にプライドが高いが、実力があるやつほどそのプライドがさらに高くなるからな。
エスメラルダほどに強ければ、そのプライドは天をも衝くほどに高いだろう。
⋯⋯逆に言えば、そこを刺激すれば乗せやすいってことでもある。
「ならば⋯⋯貴様で試してやろうか、第三王子! 貴様がわたしに勝てたなら貴様ら全員を解放してやろう」
「はっ、知ってるだろ。俺はマクシミリアン兄さんとは違って、武芸の才には恵まれてない。俺なんか倒したところで、なんの証明にもならないさ。むしろ弱者をいたぶる卑怯者だってことがはっきりするだけだ」
「ふん、その開き直りは気にくわんが、貴様では相手にならんのはその通りだな。ならば⋯⋯そこの女騎士ならばどうだ? 貴様らの中では使えるほうに見えるぞ」
エスメラルダがソードウィップで示したのは、同じく縄で拘束されたノエルである。
「やめてください! ノエルに何をしようと言うのですか!」
アリシアがすかさず声を上げた。
「ただの余興だ。第三王子の言うことが事実だとしても、形勢が見えるまでには時間があるからな」
エスメラルダがソードウィップを振るった。
ノエルを縛っていた縄が断ち切られた。
ノエルには傷をつけず、縄だけを、刃のついた鞭という扱いにくい武器で断ち切ったのだ。
プレイヤーの中でも、ここまでソードウィップを使いこなせるものはほとんどいない。
「立て、女。わたしが稽古をつけてやろう」
「ふざけるな、どうしてそんなことを!」
ノエルは形ばかり抵抗してみせる。
⋯⋯が、その実、俺が散々強いと言ったエスメラルダと戦えることを喜んでるようにも見えた。
しかし、エスメラルダはノエルの内心には気づかない。
エスメラルダは、ノエルを連れて、星見の尖塔から外に出る。
俺とアリシアは、エルフ兵に引っ立てられてそのあとに続く。
「その女の持っていた斧を返してやれ」
エスメラルダが部下に言い、ノエルは愛用の戦斧を取り戻す。
尖塔前の開けた場所(セーブポイントのあるあたり)で、エスメラルダとノエルが向かい合う。
「わたしが勝てば皆を解放するというのは本当か、エルフ?」
ノエルがエスメラルダに確かめる。
「ああ。精霊様に誓って言ってやる」
精霊様に誓って、というのは、エルフにとっては神聖な誓いだ。
他にエルフもいる前でこれを言って、あとで取り消すということは絶対にできない。
「え、エスメラルダ様!?」
敵兵が動揺の声を上げる。
「なんだ、わたしが負けるとでも思うのか? ならば貴様が先にわたしと
「い、いえ、とんでもありません!」
エスメラルダに睨まれ、敵兵がすくみあがる。
「審判などいらん。好きな時に、殺すつもりでかかってこい」
エスメラルダがノエルにそう言った。
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