第4話 覚悟と高鳴りの正体

「こ…… このクソ野郎共がぁ!!! 」

とある屋敷に1人の青年の叫び声が響いた。青年の前には不敵な笑みを浮かべる銀髪の少女とにやけ顔の金髪の青年、そして周囲には申し訳なさそうな表情を浮かべる黒服の男たちがいた。

「うるさいわね 」

銀髪の少女は耳に髪をかけ呆れ顔を浮かべる。

「いいじゃねえかよマヒロ、 別にそんなかたくなにならなくっても、 矢車嬢のサークルに入ったって死にゃしねぇよ 」

金髪の青年が両耳を塞ぎながら宥める。

「おいケイゴ、 その矢車嬢ってのやめろ 」

マヒロは不貞腐れた表情でそっぽを向いた。その様子を見た銀髪の少女はため息をつきながら黒服の男たちに部屋から出ていくように指示した。

「なんのつもりだよ 」

マヒロは気に食わないと言わんばかりに千歳の顔を睨む。

「私、 プロポーションには自信あるのよね 」

千歳はそう言いながら少しずつ服をはだけさせながら真広に近付いた。

「んな!? 」

「おお! 」

男2人は顔を赤らめる。

「あなたの好きな女優さん、 私とちょっと似てると思わない? 」

千歳は真広の耳に顔を近づけながら囁く。

「ねぇ、 今夜好きにもいいって言ったら…… どうする? 」

「あー、確かにお前が好きっていってたAV女優と色々似てるとこあるよな 」

圭吾も冷やかすかの様に続けた。

「騙されるかぁ! 」

真広は顔を赤くしながら素早く引き下がった。

「色仕掛けで俺を落とそうなんて100年早いんだよ! 」

「100年? お前熟女好きなのか? 」

圭吾がとぼけたように言った。

「熟女好き!? そんな情報なかったわね…… 」

千歳は真広の情報が書かれた紙に熟女好きと書き足した。

「書き足してんじゃねえ! 違うわ! 」

真広は千歳から紙を取り上げようとするが難なくかわされた。

「色仕掛けもダメなんて強情ね…… 胸の1つでも触ろうもんならイチャモン付けて取り込めたのに 」

千歳は不服そうに自分の胸を強調する。それを聞き真広は流されなくて良かったと胸を撫で下ろした。

「てか矢車嬢、 色仕掛けしてまでマヒロを誘う理由ってなんなんすか? 」

圭吾は不思議そうに訊ねた。

「理由がありそうだからよ 」

質問を受けた千歳は真面目な表情で答えた。

「妖精の存在を否定する人間なんて五万といるわ 」

千歳は傍にあった椅子に腰かけ話し出した。

「根拠もなく存在否定する人もいれば非科学的だと言う人もいる、 漫画の読みすぎって言われたこともあるわね、 でもあなたはそのどれにも属さない 」

千歳はそう言い、凛々しい眼差しをマヒロに向ける。

「はぁ? わっけわかんね 」

真広は思い当たる節があるのかそっぽを向いた。

「私には分かるわ、 あなたには別の理由があるはずよ 」

そっぽを向き続け何も言わない真広に千歳はやれやれと言わんばかりに続ける。

「じゃあいいわ取引しましょう? 」

「取引? 」

顔を逸らしていた真広だった内容に興味を持ったのか横目で反応した。

「勝負をするの 」

「勝負? 」

「私が大学にいる3年間で妖精を見つけられなかったらあなたの勝ちよ! 」

千歳は自信に満ちた表情を浮かべる。

「その話なら初めて会った時断っただろ、 しかも期間伸びてるし、 この話はやめ―― 」

「もちろん見つけたら私の勝ち、 参加条件はサークルに入ること! 」

「無視かよ…… 当然俺が勝負に乗りたくなるような報酬はあるんだよな? 」

そんなことを言いながらも真広は期待していた。昔の記憶とよく似たこの状況で彼女の口から発せられる一言を。

「勿論よ、 負けた人には―― 」

『そうねぇ、負けた人は―― 』


『勝った人の言うことに―― 』

「絶対に服従する…… ってのはどうかしら? 」


そうこれだ。この呆れるほどチープな条件。自分が子供の頃に仕掛けられた勝負の延長戦。勝ち負けのルールやそのきっかけに懐かしさを覚える。

『絶対に服従ぅ? 』

『そう! まひろんが勝ったらこの最強無敵の南乃花ちゃんを一生メイドさんにできるの! 』

『くっだらね! でもいいぜ! やってやる! 』

「この国有数の資本家である矢車家の一人娘、矢車千歳を一生あなたの自由にできるのよ? 素晴らしい報酬だと思わない? 」

寸分とも自分が負けると思っていないような自信に満ち溢れた表情に真広は幼馴染の少女の面影を見た。だが答えは直ぐに出すことは出来なかった。

「持ち帰らせてくれ…… 」

「それはいいけど夜も遅いし泊まっていったら? 」

部屋から出ていこうとする真広を呼び止め後で服を用意させるわと言って部屋から出ていった。


「金持ちの家はちげえなあ! 」

バスローブに身を包んだ圭吾は上機嫌そうに言った。

「風呂場がもはや銭湯だったぞ! 」

「うるせえなあ、 そいえばあのオカマと風呂でかち合うと思ったけど会わなかったな 」

同じくバスローブ姿の真広もやや上機嫌そうである。

「オカマじゃなくて山城先輩な、 俺らの先輩になるんだからしっかり呼べよな 」

「俺はまだ入るって決めてねえよ 」

「何がつっかえてるか知んないけど本当は入りたいんだろ? 」

圭吾はまるで真広の考えが分かっているかのように笑った。

「なんでそう思うんだよ 」

「6年一緒の大親友だぜ? おれら 」

ケイゴはそう言うと握りこぶしを真広の方に突き出した。

「そういうの世間じゃ寒いとか臭いって言うらしいぞ? 」

真広はそう言いながら圭吾と拳を合わせた。

「お前の方はなんでだよ? 」

「あ? 」

「サークルだよサークル、 どうせさっき言ってた理由だけじゃないだろ? 」

「わかる? 」

圭吾は照れた表情で頭をかく。

「まあお前に興味があるっていう矢車嬢のことが気になったし、お前が本気で断るんなら俺がなんかできるんじゃないかと思ってなそれと 」

「それと? 」

「面白そうじゃん単純に 」

圭吾はそう言い満面の笑みを浮かべた。


「ねぇ千歳? 」

山城は千歳の自室で千歳の髪をドライヤーで乾かしながら訊ねた。

「んー? 」

「真広ちゃんを誘う言い分は分かるけど圭吾ちゃんを誘ったのはどうして? 」

「なーに? いや? 」

千歳は両腕を挙げ思い切り伸びをした。

「嫌じゃないわよ? バッチリ私のタイプだし、でも気になるのは気になるのよ 」

千歳は指を振りながら答えた。

「彼はねー、 私たちの活動が面白そうって思ってると思うの 」

「面白そう? 」

「面白そうって感情、 とっても素敵じゃない? 」

「あなたって人は無垢なのか腹黒いのかわかんないわね千歳 」

山城はやれやれといった表情で千歳の髪を乾かす。


「も、申し訳ございません司教様! 」

白い学生服のようなものに身を包んだ男女が一人の黒いローブの男に土下座をしていた。

「困りますねえ田辺さん? 高山さん? 」

ローブの男はゆっくり椅子に腰かけ言った。

「今回の失態の責任はあなたがたおふたりにあると言う認識で間違いないですね? 」

「はい…… 」

「それでは田辺さん、高山さん、あなた達には懲罰房に入ってもらいますよ 」

ローブの男の言葉を聞いた2人は引きつった表情を見せる。

「そして高山さん? 大学の信者達にはもう大学に行かぬよう通達しておいて下さい 」

「えっ…… 」

「その男たちには顔が割れているのでしょう? ならば大学内にいては尻尾が掴まれるでしょう? 拠点も移さなければ…… 」

ローブの男はそういい深いため息をついた。


後日、真広は大学の一室にて大学教授の神野原と話をしていた。

「しかしあの高山さんがですか 」

神野原はコーヒーを口に運ぶ。

「しかしその田辺という人物は知りませんねぇ…… 」

「うちの学生じゃないんですか? 」

「在籍リストにもないですね 」

そう言いつつ手元の紙を眺める。

「ところで、 なんて言いましたかね? その宗教 」

「マレディクシオン教会だったと思います、 でも幾ら検索してもそれらしいものが見当たらないんですよね 」

神野原は腕を組みうーんと唸った。

「私も色々な国を渡りましたがそんな名前の宗教聞いたことないですね 」

「そうですか…… 」

真広はそれを聞き気を落とした様子を見せた。

「まあ私も国内外の知人に声を掛けてみるよ 」

だからそう気を落とさないでくださいと神野原が真広に声を掛ける。

「それとやはり今回のことはご内密にお願いします 」

「というのは? 」

「どうやら学校側はこのことを公にしたくないらしい 」

恥ずかしい話だなと神野原は呆れ顔を浮かべる。

「ただ注意喚起として宗教団体が紛れ込んでいたという情報は流すよう抗議はしておいた 」

「ありがとうございます 」

「警察にも話は通しておくからそこは安心して欲しいんだ、 今回はあまり力に慣れなかったねすまない 」

「い、 いやそんなことないですよ!」

頭を下げる神野原につられ真広も頭を下げる。

「そ、それでは失礼しました 」

真広はおどおどしながら部屋を後にした。

「ふぅ、 期待されてしまっては私も協力して上げなければな 」

そう呟きながら神野原はスマホを手に取った。

「やあトム久しぶりだね、 私だよ誠三だ、 実は聞きたいことがあってね 」


「どうだったマヒロ? 」

部屋から出てきた真広を待っていたのは圭吾だった。

「大学側は誘拐の事は隠したいらしい、 ただ教授は教授で動いてくれるって言ってた 」

「なるほどなー、 まあ大学も品位とかそういうの落としたくないんだろうな 」

圭吾は欠伸をしながら呟いた。

「あら2人ともこんな所で奇遇じゃない 」

2人が話しながら歩いていると山城と遭遇した。

「あ、 山城先輩ちっす! 」

圭吾は敬礼をしながら言った。

「やだ圭吾ちゃん先輩なんて堅苦しくなくてもいいのよ 」

「ちゃん……? 」

真広は山城のちゃん付けを聞いた途端寒気がした。

「ところで真広ちゃん? 千歳が呼んでるわよ新棟5階の空き教室 」

「うげ…… 」

「おいおいマヒロ、 まだ返事してないのか? 」

「着いてらっしゃい、 案内するわ 」

山城はそう言いながら廊下を進んでいく。

「バックレてぇ 」

真広は面倒くさそうな顔をしながら山城の後をついて行った。

「着いたわよ 」

山城はそう言って扉を開けた。

「いらっしゃい我が探検サークルへ! 歓迎するわ下司圭吾! 」

扉を開けると椅子に足を組んで座る千歳の姿があった。

「よろしくっす矢車先輩! 」

「千歳でいいわよ 」

「じゃあ千歳嬢で! 」

千歳はなにそれと笑った。そして目線を真広の方にやる。

「君はどうするの? 」

「……俺は…… 」

『今日も妖精探すよ! 』

『今日も見つからねえって 』

『そんなのやってみないと分からないよ! ほらいこ? 』

「やって見なきゃわかんないよな…… 」

真広は小声でそう呟き、覚悟を決めた。

「入るよあんたのサークル、 そんで結末を見届けてやる 」

真広の答えを聞き千歳はニッと笑った。

「それじゃあ今日からよろしくね田宮真広! 」

「フルネームはやめてくれ…… 」

「んー、 じゃあまひろん! 」

千歳は真広にビシッと指差す。

「もっとやめてくれ! 」

「マヒロはまひろんて呼ばれるとキレるんすよ 」

「あらかわいいじゃない 」

教室は笑い声で満たされる。窓の隙間から入り込む春風は真広たちを暖かく迎え入れるかのように4人を包み込む。入学式初日の胸の高鳴りはきっとこの女のせいなのだろう。そう確信する真広の瞳には春風になびく長い銀髪のとても美しい少女が写っていた。

「よろしくね! 真広! 」

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