第2話 サークル見学と予感

「面白い子に出会ったわね!」

銀の髪をなびかせながら走る少女、矢車千歳は言った。その瞳は夕日に照らされ、輝いているようにも見える。

「だからってさすがにあれはまずいんじゃない千歳、捕まるわよ? 」

その後ろを走る大男、山城は不安げに言った。

「あら大丈夫よ、その時は山城さんが助けてくれるでしょ? 」

千歳は急に立ち止まるとくるりと山城の方を振り向き笑顔を見せた。

「国家権力は無理よ 」

山城は微笑みながら言った。


「どんな手を使ってもか…… 」

夕日が窓の隙間から差し込む玄関ホールにただ1人座り込む青年、田宮真広は得体の知れない胸の高鳴りを未だ抑えられずにいた。

「お、いたいた! マヒロー! 」

後ろから真広を呼ぶ声がした。振り返るとそこにはゆっくりこちらに歩いてくる金髪の青年、圭吾の姿があった。

「ケイゴ、さっきはそのすまん 」

真広は小っ恥ずかしそうに言った。

「ほんとだぜ! どうしたんだよ一体 」

圭吾は笑いながら真広の隣に座った。

「いやその……実はな――」

「おおー! 新入生かな君たちー! 」

真広が話を切り出そうとした瞬間、後ろから元気のいい女性の声がした。

「ん? そうですけどどうかしました? 」

圭吾は後ろを振り向き答えた。

「いやー! もし良かったらうちのサークルに入らない? うちのサークルはなんて言うのかなー? キャンプしたりスキーしたり? まあとにかく色々やるなんでもサークルみたいな感じでね? それでそれで 」

女性は2人が新入生と分かると饒舌で自身のサークルの話を始めた。2人は引き気味であったがお構い無しであった。

「ね! 体験でもいいから1度来ない? ね! 」

女性は身を乗り出す。2人はそれに合わせて体を仰け反る。

「こらこら、新入生が困っているじゃないか 」

少し向こうから声がした。3人が声の方を向くとスーツを来た白髪の男性がゆっくりこちらに歩いてくるのが見えた。

「あ! 神野原教授! 」

女性はばっと立ち上がり軽く会釈をした。

「高山さん、勧誘もいいですが程々にしてくださいね 」

白髪の男性はゆったりとした口調で優しく話す。

「あははー……ついつい…… 」

高山は気まずそうに頭を掻き玄関ホールを後にした。

「大丈夫ですか? お二人さん 」

白髪の男性は2人を見て優しく微笑みかける。

「ありがとうございます、助かりました 」

圭吾は立ち上がり答えた。

「彼女は高山と言ってね、まあ悪い子ではないんだ、君たちが良かったら見学だけでもしてみるといいかもしれませんよ 」

白髪の男性はそう言うと廊下に向かって歩いていった。

「なんか変わったじいさんだったな 」

圭吾は白髪の男性の後ろ姿を眺めながら言った。

「やっぱかっこいいな、あの人は 」

真広は目を輝かせながら言った。

「え? 知り合い? 」

圭吾は驚きの声を上げる。

「俺の実家の近くに住んでたみたいでいろいろ教えてくれてたんだよ、まあ憧れの人みたいな感じだな 」

「へーなんか意外だわ 」

真広が教授について語る姿に圭吾は新鮮さを覚えた。

「そうか? 」

真広は不思議な顔をしながら立ち上がる。

「いやー、ほら高校では荒れてたじゃん? 先生に噛み付きまくってさ 」

圭吾はからかうように笑った。

「あん時はあん時だろうが! それにあの人は別だよ 」

真広はそそくさと外に向かった。

「お? なに? 恥ずかしがってんの? 」

圭吾はからかいながら真広の後を追った。

「なあケイゴ 」

「ん? どうしたマヒロ 」

「いや……さっきのサークル、見学してみね? 」

「いいね、俺も行きたいと思ってたとこだよ 」

真広は春の風に吹かれながら、胸の高鳴りの正体に気付いた。きっとこれは期待なのだろう。新たな環境に足を踏み入れたことで自分がどう変わるのか、または変えさせてくれる何かに会えるのではないかそんな期待。真広はそんな漠然とした期待に笑みを浮かべた。


「授業が退屈なのは大学も一緒なんだな、辞めたくなってきた 」

圭吾はそういいながら背伸びをした。

圭吾は真広と共に桜に木々に包まれた公園のベンチに座っていた。時刻は15時を回っており、土曜日だからか公園には小学生くらいの男女が駆け回っている。

「まだ1週間だぞ…… 」

真広は呆れ顔で言った。

「てか待ち合わせ場所ここであってるんだよな? 」

「高山さんが間違ってなければ…… 」

2人は周囲を見渡すが自分たちと同年代の人は見当たらない。

「間違ってたら一緒に土下座しにいこうな 」

圭吾がそういいながら笑うと1台の車が公園の入口付近に止まった。

「おーい! 真広くーん! 圭吾くーん! 」

車窓から高山が手を振り2人を呼んでいる。

「良かったなケイゴ、土下座はなしだ 」

2人は高山の車に乗り込んだ。


「いやー君たち来てくれて助かったよ 」

高山は笑いながら言った。

「圧すごかったっすもんね 」

2人は苦笑いしつつ答えた。

「今年入ってきたのは君たち2人だけだったからね 」

「まじですか 」

そんな話をしているうちに車は山道に入って行った。暫くすると木々の隙間からコンクリートハウスのような建物が見えてきた。

「着いたよ 」

高山はコンクリートハウスの前に車を停めた。コンクリートの無機質な壁には幾何学模様が描かれていた。真広は高山がその幾何学模様と同じ模様のネックレスをしていることに気付いた。

「じゃあ2人とも入ろっか 」

高山はコンクリートハウスのドアを開け2人を中に誘導した。

「よく来たね 」

2人を出迎えたのは白い学生服のようなものを来た男だった。バインダーを持ち、首には高山と同様、幾何学模様のネックレスをしていた。

「こちらはうちのサークル長的な人で田辺っていうの 」

「よろしくね 」

田辺は2人に微笑みかけた。

「ネックレス…おそろいなんすね 」

真広は2人を指さしながら言った。

「お! ほんとだ! もしかして付き合ってるんすかぁ? 」

圭吾も冷やかすように続けた。

「あ、いやぁこれはサークルのみんなで買ったんだよ 」

田辺は笑顔で表情で答えた。

「さて、2人は体験って形とはいえうちのサークルに入るからうちで責任を持つことになる 」

田辺はそう言いながら手に持っていたバインダーを差し出した。

「なんせ木に囲まれた山の中だ、もしものときの為に連絡先とかこの紙に書いてもらってもいいかな? 」

バインダーに挟まれた紙には名前や電話番号、住所を書く欄が設けられていた。

「住所まで書く必要あるんすか? 」

真広は書きながら訊ねた。

「念の為さ、念の為 」

田辺は2人からバインダーを回収するとコンクリートハウスの中へ案内した。

「とりあえず荷物とかはこの部屋に置いといてね、鍵は掛けとくけど心配なら貴重品は持っててもいいよ 」

田辺は部屋の前で待ってるよと言い残し部屋から出ていった。

「マヒロ、ここ圏外みたいだわ 」

そう言い圭吾はスマホをカバンの中に入れた。

「俺は一応持っとくけどな 」

真広はスマホをポケットに入れながらほら早くしろと圭吾を急かした。

「それじゃあ2人に活動の概要を話すから奥の大広間に行こうか 」

田辺は鍵を閉めながら言った。

「よろしくお願いします 」

2人はこっちだよと言う田辺の後に着いて行った。廊下を歩いた先に大きな二枚扉があった。

「それじゃあ2人とも、ようこそ! 」

田辺はドアを開き、2人を中へ誘導した。中に入ると拍手の音と共に十数人の男女が出迎えた。大広間には大きいモニターと2つの椅子が用意されていた。

「なあケイゴ、変じゃね? 」

真広は圭吾に耳打ちした。大広間にいた十数人全てが田辺同様の格好だったからだ。確かにと圭吾が応えたその時背後からガチャンと音がした。真広が後ろを振り向くとドアの前に笑顔の田辺と高山が立っていた。

「鍵まで閉める必要あるっすか? 」

真広は田辺を睨みつけた。

「ようこそマレディクシオン教会へ 」

田辺はこちらを睨む真広を気にせず話した。

「大学で宗教活動するのも大変なのよね 」

笑顔で高山も続けた。

「大学ってそういう布教とかってダメじゃないんすか? 」

圭吾もムッとした表情を浮かべる。

「だから表向きはオールラウンドサークルとしてやってるのよ 」

「まあ悪いようにしないさ、君たちも今日の説明を受けたらきっと入信したくなるさ 」

田辺が言い終わると高山が2人を椅子に座るよう促した。

「なあケイゴ…… 」

真広は真剣な表情で圭吾に話しかける。

「今日限り…… 」

圭吾は真広の言うことを察し、答えた。

「一応聞きますけど帰ろうとしたらどうなります? 」

真広は田辺に問いかけた。

「その時は仕方ないけど…… 帰す気はないよ? 」

田辺は変わらず笑顔で答える。

「さぁ座りましょ 」

高山は真広の手を取った。

「…… 」

真広は無言で高山の手を振り払いそのままの勢いで高山を突き飛ばした。

「おいおい女子だぜマヒロ 」

圭吾は先ほどとは打って変わりニヤケヅラを浮かべた。

「知るかボケ 」

真広はムッとした表情のまま肩を回す。

「何するの! 」

高山の顔から笑顔は消え、2人に対し敵意を向けた。

「すみません高校の頃はやんちゃしてたおのぼりさんなんすわ俺ら 」

圭吾は頭を掻く。

「道、開けてください 」

真広は田辺を睨みつけた。田辺の笑顔は依然変わりない。

「女性に暴力を振るうとはとんだやんちゃ者だ 」

「いつまでニコニコだこの野郎、シバくぞ 」

睨み合いを続ける2人を他所に圭吾は他の信者がゆっくりこちらに歩みよる信者たちを警戒していた。

「女性を突き飛ばすのは良くないよ 」

「我々の手で不良少年を正さなくては 」

「マヒロ、コイツらやる気だぜ 」

圭吾はそう言いながら伸びをした。

「構いません、彼らを拘束しなさい 」

田辺がそう言い放つとゆっくりこちらに向かってきていた信者達が走り出した。

「上等じゃねえかコラ、 返り討ちにしてやらあ! 」

真広の怒号と共に2人は向かってくる信者を殴り飛ばした。


「おらボケェ…… 」

肩で息をしながら倒れている信者達に向かって中指を突き立てた。

「マヒロぉ、 仕方ないとはいえ女子殴っちゃったんだけど 」

圭吾は真広の肩を持ちながら言った。

「知るか、 ママにごめんなさいしてろ 」

「とりあえずどうする? このまま帰る? 」

圭吾は伸びをしながら言った。

「この田辺って野郎が俺らの個人情報握ってるからそれ回収してからだ 」

真広は倒れている田辺の胸ぐらを掴み、懐からいくつかの鍵が束ねられたキーホルダーを取り出した。

「確か俺らの荷物のある部屋の向かいの部屋に置いてただろ 」

「にしてもこの人たち強かったね 」

「同じようなこと何回かしてんだろ 」

「あーね 」

2人はそんな話をしながら大広間を後にし、荷物の置いてある部屋の向かいの部屋に着いた。

「この部屋の鍵どれだ? 」

「マヒロ早くしてくれよ 」

「お、 この鍵だな 」

真広はドアを開け、自分達の個人情報が書かれた紙をバインダーから取り出した。

「よし、逃げるぞ 」

真広がそう言った途端に後ろから鈍い音がした。後ろを振り向くと床には頭から血を流している圭吾が倒れており、後ろにはバットを持った信者らしき男が立っていた。

「まだピンピンしてやがるのがいたか 」

信者らしき男は身構えずゆっくり向かってくる真広をバットで殴り倒した。


とある屋敷の大きな部屋で1人の少女がパソコンの前に座っていた。手にはスマホも持っておりどこかに電話をしているようであった。電話の向こうからは男性の声が聞こえてくる。

「行くわよ山城 」

『正気なの千歳!? 』

「恩は売り得よ売り得 」

『わかったわよ…… 』

電話を切った千歳は椅子から立ち上がり、出かける支度を始めた。

「ワクワクするわね! 」

千歳の緑色の目はいつもより輝いているように見えた。

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