妖精とよく似た彼女の話
群青アイス
第1話 出会いと胸の高鳴り
青年は夢を見た。遠い昔の子供の頃の夢。
蒸し返す夏の熱気、雲ひとつない澄み切った青空の下、森へ続くあぜ道で2人の子供が言い合いをしていた。
「妖精はいるもん! 絶対いるもん! 」
少女は腰に手を当て口をふくらませる。
「それよりカブトムシ探そうぜ」
少年はその様子を見て呆れ顔で言った。
「じゃあ勝負よ! もし妖精がいたら私の勝ちだから! 」
「あぁいいよ。それじゃあ負けたやつはどうする? 」
「そうねぇ、負けた人は――」
青年はすっと目を覚ます。
カーテンの隙間から暖かい陽の光が差し込む。外からは幼い子供たちの笑い声が聞こえてくる。
この青年、田宮真広は今日大学の入学式である。
簡単に朝食を摂り手短に身支度を済ませ、ふと机に伏せられた写真を手に取る。そこには夢にいた少年と少女が仲良くを繋いでいる姿が映っていた。
真広は少しの間それを見つめ、再び机に伏せ、家を後にした。
外は春らしい陽気に包まれ、大学へと続く道は桜の花が舞い、そこへ向かう人達でごった返していた。
「マーヒロー! 」
少し後ろから真広を呼ぶ声がした。真広が振り向くとそこには金髪の青年がこちらに手を振りながら走ってきていた。
「おうケイゴ、流石に初日から遅刻はしないか」
真広は冗談交じりに言った。
「流石に初日はなー」
圭吾は笑いながら頭を搔く。
入学式が終わり3階の教室で説明を受けた後、2人は広場に向かうため廊下を歩いていた。
「必修科目とかよくわかんないな 」
真広は資料を睨みながら言った。
「さーっぱりだわ。それより見てみろよ。もう外は人でいっぱいだぜ」
圭吾は窓の外を覗き指をさす。
真広は圭吾が指をさす先を見てみるとそこには様々なサークルが新入生を勧誘するために集まっていた。広場は活気に溢れまるで祭りのようだ。
「まじかよ…… 」
その様子を見た真広は心做しか気だるそうである。
「すげえよなあ。マヒロはサークルとか入んの? 」
圭吾は窓を開け周りを見渡した。
「そうだなぁ、どれもしっくりこねぇな」
真広が何となく当たりを見渡していると突然空から大量の紙が舞い落ちてきた。
「なんだなんだ!? 」
圭吾は手を伸ばし紙を取ろうとしたが届かなかった。
「天気予報見てくるべきだったな、まさか晴れのち紙とは……」
真広がそう呟きながら上を見てみると向かいの屋上に人がいることに気付いた。
「おい圭吾、上見てみろ」
真広が屋上を指差すと紙を取ろうとしていた屋上に目を向ける。
「ん? 誰かいるな 」
圭吾は目を凝らして見てみる。
「……メガホンだな」
少女はすぅっと息を吸い込みメガホンを構える。
「新入生の皆様! 入学おめでとう! さて新入生諸君! 我々は! 諸君らのサークル参加を心から歓迎しよう! 興味のあるものは新棟5階の空き教室に来たまえ! 繰り返す――」
「矢車ァ! 」
屋上から勧誘を行う女性の話を広場の中心にいたメガホンを持った男性が遮った。
「貴様常識外れな勧誘はするなとあれほど警告しあだろうが! 」
「自治会に見つかったわ! 逃げるわよ! 」
そう言い放つと少女達はその場から立ち去った。
「おい! 逃げるな! 学生自治会の名の元に今日こそしばき倒してやる! 道をあけんか! 」
男性は女性のいる校舎に向かおうとするが人混みに阻まれている。
「……なんだあれは」
真広は呆れ顔で呟いた。
「さっきの男の人はあのーあれだ、在学生代表挨拶してた人、名前は確か小鳥遊一。小鳥遊財閥のぼんぼんだね」
「そっちはわかるんだが……」
「屋上の人……さっき会長先輩が『矢車』って言ってたんだよな。矢車と言えば俺には矢車財閥のお嬢様しか思い浮かばないけど」
圭吾はスマートフォンで矢車と検索する。
「この学校何人金持ちが通ってんだよ」
真広は圭吾のスマートフォンが見えるよう移動した。
「4つだな。小鳥遊財閥、矢車財閥、あとは烏間財閥と神谷財閥……っとほらやっぱりさっきの子は矢車財閥のお嬢様の矢車千歳だよ」
圭吾はスマートフォンを真広に寄せる。そこには銀色の長い髪、綺麗な緑色の人をした女性が写っていた。
「あー確かにこんな感じだった気がするな、てかあのインパクトで2年なのかよ」
真広は年齢を見て目を丸くした。
「驚きだよな、てか結局なんのサークルだったんだろうな」
「さあな、どちらにせよあんな感じじゃ他の部員は苦労しそうだな」
2人は再び広場に向かって歩き出した。すると突然後ろから声がした。
「わかるぅ? 」
「「ん? ……ん!? 」」
2人が振り向くとそこには身長2mになろうかという大男が立っていた。
「もー千歳が大暴れするからホント大変よー」
大男は腕を組み不機嫌そうに言った。
(おかまだ……)
(おかまだな……)
「あら? もう2人とも! いま『何だこの美女は……』って思ったでしょ」
大男は自信ありげな笑みを浮かべた。
「思ってねえよ自意識過剰ぎみかよ! 」
真広は思わず声を荒らげた。
「落ち着けマヒロ! こういう時はラマーズ法だ! ほらひっひっふぅ」
圭吾はニヤケながら言った。
「ひっひっふぅ」
大男は苦しそうな顔をしながら腹を抑えている。
「ラマーズ法はちげえだろ! 深呼吸させろ! お前に関してはなにを産もうとしてんだよ! 」
真広がそう言い終えた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら山城さん? その2人はサークル参加希望の人かしら? 」
「やだ千歳じゃなぁい」
大男、山城から発せられた千歳という名前を聞いた時、2人は顔を見合わせゆっくり後ろを向いた。そこにいたのは紛れもなく先程の写真に写っていた女性、矢車千歳の姿があった。
「ふふ、よろしく」
千歳は優しく微笑みながら2人に紙を手渡した。それは先程、屋上からばらまいたであろうサークルの勧誘紙であった。
「探検サークル? 割と普通だな」
圭吾はそのままサークル内容に目を通す。
「確かに私たちはどこにでもありそうなサークルよ、でも活動内容が他と違うのよ」
千歳は人差し指を立てながら言った。
そこには
『妖精はいるのか、いないのか、一緒に見つけに行こう! 』
と力強い字で書かれていた。そして右下には妖精をモチーフとしたイラストが添えられていた。
「妖精っすか? 」
圭吾は頭を搔きながら訊ねた。
「そう! 妖精よ! 君たちはいると思う? 私はいると信じてるわ! 」
千歳は純粋な瞳で2人に問掛ける。
「そうっすねぇ……俺はいると思――」
「いねえよ」
真広は圭吾の言葉を遮り言った。
「ちょっ! マヒロ! 」
真広は勧誘紙を細かくちぎりばらまいた。
「妖精はいない、絶対にな」
真広は千歳の純粋な瞳を見つめ返す。
「ふーん、どうして? 」
千歳は腰に手を当て訊ねる。その様子は何かを楽しみにしているようにも見える。
真広は今日見た夢を、自身の過去の記憶を思い出した。
『妖精はいるもん! 絶対いるもん! 』
「……いねえもんはいねえ、それだけだ」
真広は千歳と合わせていた目をそらす。
「いいえ嘘! あなたは明確な理由を持っていってるわ! 目でわかるもの! 」
千歳は真広に近づき再び見つめる。
「そんなもんねえ」
真広は顔をそらす。
「そう……じゃあ勝負しましょ! もし妖精がいたら私の勝ち!あなたの負けよ、どうかしら?」
千歳は自信満々に言った。
「…… 」
『じゃあ勝負よ! もし妖精がいたら私の勝ちだから!』
「勝負なんかしねえ、時間の無駄だ」
真広は千歳に少女の影を見た気がした。
「期間は今年1年でどうかしら? それなら問題ないんじゃない? 」
千歳は真広との距離をどんどん詰める。
「…… 」
真広は何も言わず千歳を睨む。 固く握った手は震えている。
「私はあなたが何を思ってるのか知りたいだけ、だから――」
言いよる千歳を真広は突き飛ばした。
「千歳先輩! 」
「千歳! 」
圭吾と山城は突き飛ばされた千歳に駆け寄る。
「千歳大丈夫? 怪我はない? 」
山城は千歳に手を差し伸べる。千歳はありがとうと手を掴んだ。
「おいマヒロ! どうしたんだよ! 」
圭吾は真広の肩を掴み問いただす。
「…… 」
真広は答えなかった。
「マヒロ…… 俺たち高校卒業の時誓っただろ! 暴力は無しだ! 」
圭吾は肩をつかんだ手を揺らす。
「…… 」
真広は圭吾の手を肩から下ろし、千歳と山城に近づく。
「すみませんでした」
真広は頭を下げた。そしてそのまま下へと降りる階段に向かって歩いて行った。
「マヒロ…… 」
3人が立ち尽くしていると後ろから声がした。
「見つけたぞ矢車ァ! 」
3人が後ろを振り向くと廊下の奥から小鳥遊一がこちらに走ってきているのが見えた。
「あらやだ逃げるわよ千歳! 走れる? 」
「ええ! 急ぐわよ!」
2人は階段に向かって走り去った。
「クソっ……ハァハァ……」
小鳥遊は圭吾の近くで失速し肩で息をする。
「大丈夫ですか? これ今日配られたんですけど未開封ですし良かったら飲みます? 」
圭吾は未開封のお茶を手渡す。
「あぁ……済まない、ところで君はあのサークルに入るのか? 」
小鳥遊は息を整え圭吾に問かける。
「いや、勧誘されただけです」
圭吾は頭を掻きながら答えた。
「そうか、いやなに、あいつらは非常識な奴らだからな、悪い奴らではないんだが…… 」
小鳥遊は2人が降りていった階段を見つめていた。
「あ! さっきの君! 」
走って逃げる千歳は階段を降りた先でゆっくり歩く真広に追いついた。
「千歳……先輩」
真広は気まずそうに千歳の顔を見る。すると千歳は真広の両肩を掴んだ。
「私決めたわ! どんな手を使ってもあなたには私のサークルに入ってもらうわ! 絶対に! それだけ! 」
千歳はそう言い残すとその場から去っていった。
「勝手にしろ! 」
真広は千歳にそう言い放った。走る千歳は一瞬真広の方に顔を向け微笑んだ。真広はめんどくさいやつに目をつけられたと思う反面、得体の知れない胸の高鳴りを感じていた。それはこれから先の大学生活への期待か、それとも別のなにかなのか真広には分からなかった。
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