第2話

世の中には自分の想像を超えていて理解できないものなんて沢山ある。

俺もたった今経験したところだ。自分が異世界に来るなんて妄想ぐらいはした事あるが、実際に現実になるなんて想像した事もない。

そして理解できないものは一つだけとは限らない。


「ちょっと待て、何て言った?」


「聞こえませんでした? 勇者として世界を救ってください、と言ったのです」


「聞こえたよ! 聞こえた上で言っている意味が分からなかったから聞き直しているんだよ!」


異世界と勇者という組み合わせは珍しくない。というより、ありふれている。

だからって何で俺が勇者なんてしないといけないんだよ。そんな選択肢は有り得ない。


「勇者に選ばれたというのに何が不満なのですか?」


「選ばれたから不満なんだよ! 勇者って事は魔王とかと戦わないと駄目なんだろ!?」


「当然です。そのための勇者なのですから」


だったら絶対に嫌だ。勇者なんてやりたくない。

ラノベならチートな能力でハーレムを築いたりするが、これは残念ながら現実だ。

仮にチート能力があったとして敵に勝てるとは限らないし、最悪の場合死ぬかもしれない。

そんな危険な仕事はしたくない。


「いいですか、勇者に選ばれるというのは素晴らしい事なのです。己を力を世界のために役立てる事が出来るのですから。これほど喜ばしい事は他にありません」


絶対に分かって言っているだろ……。

我慢しているようだが、面倒くさい感情が隠しきれていない。

言っている事は宗教家だが、やっている事は詐欺師だ。それっぽい言葉で適当に言いくるめて勇者をやらせる腹積りなのだろう。


「大体、どういう基準で俺を選んだ? 能力的にも性格的にも勇者なんて向いているとは思えないぞ」


「ええ、確かに貴方は初対面の女性に叩かれて大きくする変態です。性格には大分問題があるでしょう」


ぶん殴ってやろうか、この女。


「ですが能力的には貴方がベストなのです」


「何でそんな事が分かるんだよ。俺よりも優秀な人間なんていくらでもいるぞ」


というより俺は別に優秀な人間でも何でもない。

そこら辺にいる一般人。勉強も運動も平均よりは少し上かな、って程度。

その上やる気もない。

勇者なんてのは主人公になれるような特別な人間が選ばれるべき。断じて俺ではない。


「その答えはこの本にあります」


どこから取り出したのかレイアの手には一冊のノートがあった。

さっきまでは確実に手ぶらだったし、この服に隠すような場所があるはずがない。

まぁ、気にするだけ無駄か。異世界の存在に比べたら、この程度は不思議でも何でもない。


「名前は七瀬伊吹。年齢16、身長173、体重64。好きな食べ物は蕎麦。学校でのテスト順位は20位前後。学校って何かしら?」


どうもあのノートには俺の個人情報が載っているみたいだ。

それにしても詳し過ぎじゃないか? どうやって調べたんだよ。ストーカーか。


「好きな属性は獣耳幼女、童貞」


「ちょっと待て!」


「どうかしたのかしら? このノートに何か間違いでも?」


「間違ってないよ。だから待てって言ったんだよ」


そんな情報まで載ってるのかよ。

これぐらいまでなら大丈夫だが、本格的に恥ずかしい情報を出る前に止める。中学の時のアレとか人にバレたら自殺モノだ。

とりあえず話を逸らすしかない。


「そんな事より重要なのは俺が勇者に選ばれた理由だ。そこだけ言え」


「…………」


この先も言いたかったのか不満そうな表情をしている。

何が書いているのかは分からないが、それで俺をからかうつもりだったのだろう。口調だけは丁寧だが、性格はかなり悪いらしい。

少し考えた末、諦めたのか話を進める。


「……マナとの親和値です」


「マナ? 何だ、それは?」


「簡単に言うと魔法を使うためのエネルギーです。細かい内容はまた今度するとして今は簡単にだけ説明しますね」


「魔法……」


ここに来て初めてワクワクしてきた。

こんな女にいいように使われて勇者なんてするつもりはないが、魔法は唆られる。年頃の男なら誰だって一度は使ってみたいと思うだろう。


「この世界は貴方達の世界と違って空気中にマナと呼ばれる力の源が溢れています。これを己の体に取り入れ魔力に変換、更に魔力を別の属性に変化させる。それが魔法です」


「なるほど」


属性というのは火とか水とかだろうか。確かに想像していた内容とそんなに違いはなさそうだ。

だが実際に見てみないと何とも言えない。


「他にも聞きたい事は山ほどあるが、その前に一回魔法とやらを見せてくれないか? 使えるんだろ?」


「さっきまでと違って凄い食い付きですね。勇者、やりたくなってきました?」


「いや、全く」


それとこれは全然違う話だ。魔法させ教えてもらえればこんな女に用はない。


「だったら教えるのは見せるのは無理ですね」


「何故?」


「不思議そうに首を傾げられましても……。勇者をやらない人に魔法を見せる必要はないと思いますが」


「む……」


それは確かに言う通りだ。

相手の要求を飲まないのに、こっちだけ一方的に要求をするのは筋が通らない。

勝手に異世界に俺を連れて来た奴が言うな、という話ではあるが。面の皮の厚い女だ。


「どうします、勇者として魔王を倒すと約束してくれれば魔法を教えますが。それだけで足りないというなら他の事も教えますよ」


「他の事?」


「貴方、童貞なんですよね……?」


胸を見せ付けるように前屈みになりつつ、挑発的な笑みを浮かべている。

これは勇者を了承すればヤラせてくれるのか。異世界に来て早々の童貞卒業チャンス。

それにレイアは性格はともかく見た目は人間離れした美貌をしている。スタイルも良いし男なら誰でもヤりたいと思うだろう。


「もし勇者を約束してくれるなら……」


ハッキリとは言わず、続きを俺の想像に任せてきた。

くっ……どうする。魔法と童貞卒業、確かにそれは命ぐらい賭けられるだけの価値があるが。

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