花衣ー皇国の皇姫ー
AQUA☆STAR
序編
第0話 胎動
ちょっと昔の話、私が子供の頃の話をしましょう。そうね、皇国という国が創られる前からお話しましょうか。
◇
葦原村と呼ばれる村の、村長の家に生まれた。
私は生まれてからずっと、人と関わることを避けていた。
理由は簡単。
自分の中に眠る強大な力が暴走して、他人を傷つけさせないため。
自分の身体の中に眠る得体の知れない力。
お母様やお祖母様は、私の中に眠る力について何も教えてくれなかった。
そう、何も。
お姉様達に聞いても、誰も教えてくれない。村人に聞いても、絶対に教えてくれなかった。
元々、知っていて教えてくれないのか、単に知らないだけなのか分からない。何回聞いても同じ返答ばかり返ってくるから、それ以来聞かないことにした。
もちろん、こんな私が誰かと仲良くなるなんてことはなかった。
ある日、ただ一人、私はいつものように屋敷を抜け出し、村の近くを流れる川のほとりへとやって来た。
濁りのない澄み切った川は、中を泳ぐ魚がはっきりと見えるくらい綺麗に透き通っている。
「んしょ…」
私は川辺に座り込み、水面に向けて手元にあった石を投げ入れる。ポチャっという音が鳴り、音に驚いた川魚が岩場の隙間へと逃げていく。
つまらない。
屋敷にいれば、美味しいご飯もあるし、お姉様達が遊び相手にも、話し相手にもなってくれる。
何不自由ない生活。
ただ、それがとても息苦しかった。誰も、私が外に出ようとするのを止めないが、かと言って自由に出歩かせてもらっている訳ではない。
それでも、私は外に出ることをやめなかった。何故なら、外は私にとって未知な世界であるから。溜まった欲求のはけ口を探しているのか、はたまた未知の世界に対する探究心なのか。
そんな壮大な事を考えつつ、大きく欠伸をしてゆっくりと伸びる。そのまま後ろの草に倒れ込み、青空を見上げた。ふわふわと、大小様々な形の雲が浮かび、風でゆっくりと流されていく。
あの雲はどこから来てどこに向かうのだろうか、そんなしょうもない事を考えたりもした。
「なぁ、お前」
突然声を掛けられ、私は驚きつつも声のした方に顔だけで振り向く。そこに立っていたのは、私と歳が変わらない位の男の子。
まず目に入ったのが、腰に刺した刀。
と言うことは、恐らく武人だろう。着ている服は村の人が着る服とほとんど変わらない。
そして、その目は優しかった。
この出会いが、私の運命を大きく変えた。
「何よ」
「こんな所で何しているんだ?」
「別に私が何をしてても、あなたには関係ないでしょう。放っといて」
適当にあしらってそっぽを向くと、彼は遠慮なく私の横に座ってきた。予想外の行動に、少し驚いてしまう。
「御剣」
「え?」
「俺の名前、実家は名もない下級武家。お前は?」
「私…?」
一瞬戸惑いかけたが、私は平静を装いながら答えた。
「瑞穂よ」
「瑞穂か、よろしくな」
何の気なしに言葉を交わしてみるが、彼は私のことをどう思っているのかが分からない。ただ一つ分かるのが、彼は私を恐れていないこと。
目を見れば分かる。
普段の私であれば、関わろうとせず拒絶する。なのに、彼に対してはそんな感情は思い浮かばない。
「ねぇ、御剣。一つ聞いても良い?」
私は話を続ける。
「どうして御剣は、初めて会った私にそんなに話しかけてくれるの?」
私は御剣を見る。
「理由なんてない。俺はただ、お前と友達になりたいだけだ」
「友達?」
「そう、友達。友達になってくれないか?」
そう言って御剣は手を差し伸べてくる。そして、申し訳なさそうな表情をする。
「その手…」
御剣の右手には、見覚えのある紋章が刻まれていた。私は思わず、その紋章のことを口にする。
「それって呪詛痕?」
私がそう言うと、御剣はさっと腕を引っ込めた。自分の手の甲を見せない様に、身体の後ろに回す。
「呪いだよ。救いようのない、な」
彼がそう言うのは無理もない。
呪詛痕とは呪いの一種であり、その紋章が現れた者には強力な力が宿る一方で、宿主の寿命を削り続けるというものだ。
歴史を紐解けば、歴史に名を残す多くの人間には呪詛痕があったと言われている。しかし、同時にその誰もが短命であったとも言われている。
一般的には強い力と呪いによる短命が畏怖され、理解ない周囲であれば差別されている。最も、この村にはそんな差別をする人間なんて、居やしないが。
「嫌なら良い、誰も呪われたやつと友達になろうなんて…」
「良いわよ」
そう言い終わる前に、私は後ろに回っていた御剣の手を握った。
その手はとても温かかった。
「えっ?」
「良いって言ってるのよ。友達になってあげる。その代わり、一つ言うことを聞きなさい」
私は立ち上がり、御剣を見た。
「私はいずれ、この村の村長になるわ。そして、この戦乱にまみれた世界を変えてみせる。それまでその命、その身、全てを私に捧げなさい」
それを聞いた御剣は、驚いた顔をする。
すると、私の前で片膝をつき、腰に差していた刀を鞘ごと抜くとそれを捧げた。そして、鞘から少し刀身を出すと、鍔と刃を打ちあわせる。
金打。
それは、武人が堅い約束をすること。或いは主に対して忠誠を誓うことを意味する。
私と御剣は、この時をもって主従関係となった。
「この命果てるまで、あなたに仕えます」
「嬉しいけど、まずは友達からだけどね。よろしく、御剣」
「こちらこそ、よろしくな瑞穂」
これが、私の初めての友達で、私の従者となった御剣との出会いだった。あの時、にっこりと笑った御剣の顔は、今でも覚えている。
時は進み、数年後…
厳粛な儀式が行われる中、伝統衣装に身を包んだ私は、お祖母様から言葉を述べられる。
「我らが主、大いなる母、大御神様の御加護の元、瑞穂を次の村長に任じる。瑞穂よ」
「はい」
「その身、その心、その意思で、村長となることを受け入れるか?」
「謹んでお受けします」
お祖母様から、代々村長で受け継がれる鉄扇を受け取った。桃色の台座に桜の柄が描かれている。
緋ノ国と呼ばれる国の東の果て、いくつかの山を越えたところに私達の住む村、葦原村がある。山々に囲まれた地形と、必要以上に産物を貢物として献上する事で、長らく続く戦火から免れてきた。
村の人口は100人程度、本当にちっぽけな村だけど。それでも、村の人達はみんな優しくて、私を支えてくれる。
昔は、誰とも関わろうとしなかった私は、御剣との出会いで変わった。そして今、村人を守る立場になった。
圧倒的な責任感。
だから、この村は私が守る。たとえ、この命が尽きようとも。
その日の夜…
ふと、目を覚ました。
どうやら、政務中に寝落ちしてしまったらしい。私の視線の先には、寝ぼけていた所為でぐちゃぐちゃに書かれた文字と、盆から崩れ落ちた巻物が散乱していた。
その惨状を見て、思わずため息をついてしまう。
たまらず辺りを見渡すと、障子の隙間から見える外の景色は暗くなっていた。夕方から始めて、およそ三刻半くらい経ったのだろうか。ため息を吐きつつ、崩れた巻物を拾い上げようとして立ち上がる。
「ん?」
何かが肩から落ちる音がする。後ろを見ると、私がいつも寝るときに使う毛布があった。誰かが親切に肩に掛けてくれたのだろうか。
その誰かとは大体だけど見当はつく。
私は立ち上がり、障子を開けて執務室を出て縁側を歩く。屋敷の縁側は古いため、足で踏むたびに小さく軋む。
「起きたのか?」
御剣がそう言う。彼はこうして縁側に座り、杯を片手にお酒を楽しむのが好きらしい。私が横に腰を下ろすと、御剣は何処からか取り出した盃をそっと手渡してきた。
「一杯、付き合ってくれないか?」
私はそのお願いに、酌をしてもらう事で応えた。屋敷の縁側はちょっとした庭園と、雲のない夜には星と月が眺められる造りになっている。
ちょうど、今夜は月が綺麗に丸みを帯び、ぼんやりと輝きを放っていた。その眺めはとても幻想的で、お酒のせいもあってかぼうっと眺めてしまう。
「今日は月が綺麗ね。ズルいわ、こんな眺めを独り占めにして月見酒なんて」
「すまない。あまりにも気持ちよさそうに寝ていたものだから、起こすに起こせなかったんだ」
「毛布、ありがと」
「どういたしまして。まぁ、風邪ひいてもらうと困るからな」
御剣の盃にとくとくとお酒を注ぐ。今日のお酒は御剣の秘蔵の物だろう、口当たりがよくほのかな甘みがあって飲みやすい。
「そういえば、もうすぐ桜花祭ね」
葦原村は毎年この時期になると、満開の桜と綺麗な花々で埋め尽くされる。言い伝えでは、大御神様に招かれた亡き人々が、常世から現世に桜の花びらとして戻ってくると言われている。
村では家屋の扉に桜の枝を飾り、大御神様と死者を尊ぶ。桜花祭は三日間に渡って行われ、最後の日には私が古くから伝わる桜花の舞を披露することになる。これがとても難しくて、小さい頃、お母様から厳しく指導されたのを思い出す。
そして、お母様から教えられた歌を口ずさんだ。
今宵唄を捧げましょう
風にのせて
永き刻の果てにある
散りゆきし命に
過ぎ去りし日は儚く
長き刻の果て
刻を彷徨う迷い子
流る花となりて
ひらひらと咲き乱れる花
優しい雨に包まれて眠れ
あなたの生きた証として
永遠への安らぎ贈りましょう
「いつ聞いても、良い歌だな」
歌い終わると、御剣がそう言ってくれる。
「散りゆく者への鎮魂歌、元々は戦場で散っていった人の魂を鎮める歌だったらしいの。それが、いつしか亡くなった人たちに向けて歌われるようになったって」
私は杯を傾けつつ、月を眺める。
疲れていた上にお酒が入ったせいか、また眠気が襲ってきた。
「ねむいわ…」
「今日はこのぐらいにしておけ、明日がつらいぞ」
「そうね、おやすみ御剣」
「おやすみ」
私は御剣と別れ、自室へ戻ることにした。
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