第51話 理想の彼女と彼

 舞台の幕があがる。


 この日の為にいっぱい練習してきたんだ。クラスメイト達の目には闘志が伺える。


 隣の彼女の瞳にはその衣装と同じ赤い薔薇が写る。震える彼女の手を優しく握り微笑む。


「一緒だよ折羽おりは

「……うん、なぎさ


 握り返した手の温もりは赤い薔薇のように熱を帯びていた。




「それでは1年A組のミュージカル『泡沫うたかた理想郷りそうきょう』の開幕です」


 ◆

 物語の舞台は12世紀のヨーロッパの架空の国。その国の姫様の名をアリシアという。


「アリシア様……お客様がお見えです」

「はぁ……またですか」

「はい、今月に入って5度目の謁見です」


 アリシアはその容姿の為か、結婚の申し込みが絶えない。そんな中、しつこく付きまとう男が1人……今日も訪ねてくる。


「アリシア様、是非俺と結婚して下さい」

「ルーベルト王子……またですか……何度も言いますが、わたくしは誰に言い寄られようとも結婚はいたしませんわ」

「やはり一筋縄ではいきませんな、本日はこのようなお土産を持ってきているのに……」



 ルーベルト王子は隣国シラルド国の第3王子。

 顔は別に好みではないけれど、面白い旅の話が聞けるので何度か城に招いていた。その日々が続き彼は私に好意を寄せていったのでしょう。


 しかし、私は結婚はしない。だって私は……もう……


 …………

 …………

「では、本日はこの辺で! また近い内に会いましょう!」


 そう言って王子は踵を返して行った。


「アリシア様……お顔が優れませんよ?」

「顔は優れていると自覚しているわ、優れていないのは王子に付き合わされたわたくしの体調よッ!」



 クスクスッ

 会場からは笑い声が聞こえる。普段の彼女の性格を活かしつつ脚本を書いた姫乃ひめのさんは凄いと思う。


 そして、メイド長の合図で他のメイド達が登場し姫様を寝室に案内する。


 ライトがフェードアウトすると同時に、音楽担当のメンバーが夜の雰囲気にあった音を奏でる。みんなとてもいい仕事をしている。



「はぁ……好意を寄せられるのは悪い気はしないわ。でも……わたくしは」


 コンコンッ


 部屋にノックの音が響く。


「どうぞ……あらお父様」


 入ってきたのはこの城の主、この国の王様、ゲートルド・フォンデルハーブ3世その人。


「アリシア……少しいいか」

「お呼びいただければわたくしから参りましたのに……」

「いや、構わんよ。ワシが来たかったからな」

「そうですか、ではこちらに……」


 お父様は窓際の椅子に腰掛けるとゆっくりと息を吸い、吐き出した。


「苦労をかけるな……」

「いえ……わたくしは幸せでございます」

「……そうか」


 お父様の深いシワに刻まれた苦悩や葛藤を読み取る事はできないけれど、自分の今の状況を与えてくれた事には感謝している。


「もうすぐ、戦争が始まる……アリシアには辛い役目を負わせる事になる」

「ッ!!!」


 …………その話は、突然だった。

 ゆっくりと語られたその内容は、隣国との戦争の開始だった。



「……そんな、ルーベルト様の国と」


 その夜、私は一睡もできなかった。



 始まりは突然で、眼前には炎をあげる隣国の街並みが並ぶ。


「行けぇぇぇ!フォンデルハーブを根絶やしにしろぉぉ」

「…………」


 隣国の戦力は我が国より遥かに勝る。しかし、先の敵兵は決死の覚悟で向かってくる。


 なぜか?それは目の前に広がる光景を見れば一目瞭然。


 ガブッ


「うわぁぁぁ、助けてくれー」

「いやだぁぁぁ、お母さん……」


 グホォ……グチャ……


 敵兵を蹂躙しているのは我が軍の兵士


「いや兵士ではないな……」


 そこにいたのは死霊である。正確にはアンデッド。

 フォンデルハーブ国をここまで押し上げたのは、死霊使しりょうつかいがいたから。そしてその筆頭が……アリシア姫。


「わたくしは幸せなど願ってはいけない……だってこの服と同じように、わたくしの手は……血で染まっているから」


 彼女の心の内が兵士の絶叫の中に消えていく。


 そして、瞬く間に隣国を蹂躙するアンデッド。戦局はすでに決していた。



 コツコツ……


 シラルド城に響く靴音、私1人で隣国へとやってきた。生き残りがいないかを探して……



 ガラガラ……

「ッ!」


 崩れた柱の中から音が聞こえる。手にサーベルを持ってそっと近づく。


「……うぅ……くっ」


 声のする方へサーベルを向け、一心に突き刺そうとして……できなかった。



「ッ! ルー……ベルト様」

「……やぁ、アリシア姫……はぁはぁ……今日も美しいね……」


 目の前に現れたのはルーベルト王子。しかし、瓦礫に挟まれた彼は既に虫の息。

 そんな状態にも関わらずいつもの軽口を叩いている。


「姫は……どうしてここへ? もしかして俺に会いに来てくれたとか……はは」


 彼は何を言っているのだ。敵国の自分がここへ来た理由など、残存兵を掃討する為だとわかっているだろう。


「アリシア様……俺はもう長くありません」

「……はい、見ればわかります」


 今更情けは無用。血に濡れた自分に感情など不要。


「だから……1つお願いがあります」


 最期の願い……それくらいなら聞いてみても良いだろう。

 彼と過ごした時間を頭の中で思い返しながらそんな事を思う。


「いいでしょう」


 彼はその言葉を聞くと血に濡れたと口を開く。


「俺を……アンデッドにして……どうかお傍においてください」


「…………えっ」


 最期のお願いが自分をアンデッドにして欲しい。そんな話、聞いた事がない。今まで戦ってきた者達は命乞いをするか他の者を犠牲にるかしかなかった。それが……自らアンデッドになりたいと……


「初めて出会った時から……俺はあなたの事を好いていました。そして、いつしか結ばれたいと……」


 私の手を握る彼の瞳から光が失われていく。


「アリシア様が好きそうな……旅の話や、お土産などを探すのが……俺の楽しみでした」


 この言葉が本心だと、消えゆく彼の声が告げている。


 私も楽しかった。

 彼と過ごす日々、しつこく付きまとって何度も断りもした、それでも翌日にはまた顔を出す。


「……あぁ、わたくしもとっくにあなたの事が……」


 ……好きになっていた。


「できるならずっと一緒にいたかったけど、俺には時間がないみたいだ。だから……せめてアンデッドとして」


 そんな彼の願いを私は拒絶する。

 なぜならアンデッドにした者には……来世は訪れない。そしてきっと私にも……

 それでも、願わずにはいられない。


「ルーベルト様……叶うなら……叶うなら、わたくしもあなた様と一緒にいたい」

「……アリシア様」


 私の瞳から透明な雫が落ちる。


「……だから、約束です。生まれ変わったらわたしくしを見つけてくださいね」

「……生まれ……変わったら」


「約束ですよ?ルーベルト様」

「はい……アリシア……様」


 私はルーベルト様の口元にそっと自分の唇を重ねる。


 そして、手に持っていたサーベルを自分の胸へと突き立てる。





「この出会いはきっと……泡沫の夢だったのかもしれない」



 壮大な音楽の後にナレーションがそんな一言で締めくくる。


 そして、水面のように静まり返った会場に波紋のようなピアノの旋律が木霊する。


 何度も何度も闇を抜け、幾百、幾千の時を超え……再び巡り逢う。


「アリシア……待ってたよ」

「……ルーベルト様?」


 僕と彼女にスポットライトがあたる。

 ピアノを弾く僕と、その傍らに佇む彼女。


「行こう……俺達の理想郷へ」

「はい! ルーベルト様」



 ピアノの旋律が静かに激しさを増す。そしてドラムやアコースティックギター、ベースの音が重なる。


 僕達の舞台のフィナーレへ向けて

 僕の理想の彼女が歌う

 彼女の秘められた想い



『アゲイン』

 ♪

 何度でも 何度も繰返して

 私の心の隙間 埋めてくれたね

 白いページ めくると そこにはいつも

 鮮やかな 花が咲くよ

 ……………………

 ……………………


 彼女の声が会場を包む

 その音色は優しく、儚く、穏やかに

 ピアノの旋律が彼女を後押しする

 満開の花のように咲き誇る彼女

 気高く孤高で優雅で

 凛とした佇まいと切れ長な目

 その瞳に写るのは泡沫の夢

 僕は彼女の隣に寄り添える

 歌い続ける彼女と目が合う

 僕の瞳に写るのは理想郷


 ……………………

 ……………………

 この想いを いつかあなたへ……♪



 ピアノの音が止む……そして彼女の歌も。





 静寂






「「「「「「ワァァァァァァァ!!」」」」」」

「ブラボー!!」

「アメイジング!!」

「おりはッ!」

「おりはッ!」



 一瞬の静寂の後に起こった大歓声。折羽コールまで巻き起こる。


 そして、その歓声の中でクラスメイト全員が舞台に出てカーテンコールを迎えた。泣き出す人や抱き合っているメイド長、兵士やアンデッドがステージの上で手を振る。バンドメンバーも満足気な表情だ。



 そして、隣の彼女……僕のは瞳に暖かな雫を溜めて、僕の手を力強く握りしめる。その温もりは一生忘れないだろう。





 この日……1人の歌姫が誕生した。

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