第20話 彼女と家族

 僕は一体どうしたのだろう……

 頭が重い……思考が定まらない。そんな時でも意識は覚醒していく。


「……おねぇやりすぎだよ」

「折羽、起きたら謝るのよ」


 だれかの声が聞こえる。


「……わかってるよ」


 近くで僕の好きな人の声が聞こえる。そして頭には人の温もりが感じられる。

 こ、これは……もしかして……ウワサに聞く好きな人のひざ枕!!

 僕は意識がハッキリしない中急いで目を開ける。


(藤宮さんッ!!)


「…………」


「やぁ!君が黒江君かい?」


 僕が目を開けた先には……僕を覗き込むような体制で見つめる……知らないオッサンがいた。


「グボォア……」


 僕は再び意識を手放した……人生初の膝枕が知らないオッサンだったなんて。


 今日はもうずっと寝ていよう。これは夢だったんだ……



「……人の顔を見て気絶するとはなかなか失礼な人だ」

「お父さん……流石にないわ〜」

「おねぇもそう思うよね」

「あらあら、さっきまで折羽がしてたのにね〜」


 その会話が僕の耳に入る事は無かった……




「ちょっといい加減起きなさいよ!」

「むにゃ……あと1時間〜」

「ご飯できたわよ?」

「藤宮しゃ〜ん……好きだ〜」

「ッ!」

「おはようのチューを……」

「あんた起きてるんでしょッ!!」


 ドゴッ

「ぐはっ……」


 バレたか……あわよくばキスをしたかったのだが……しかし藤宮さん、寝ている人のお腹をエルボーするのはどうかと思うよ。


「痛いよ藤宮さん……」

「あんたが変な事言うからでしょ?てか寝すぎよ!もう8時30分なんだけど?」

「えぇー!そんな時間?」


 どうやら僕は2時間近く藤宮さん家のソファで眠っていたらしい。いつの間にかブランケットが掛けてあった。

 どうやら藤宮さんが掛けてくれたみたいだ。


(んもぅ!藤宮さんてば優しいッ!)


「良く寝られたかね?」


 リビングの椅子に座り僕に尋ねてくる人物は……僕の意識を刈り取ったダンディな口髭が似合う膝枕の君だった。


「あ、はい……ありがとうございます?」


 僕は膝枕をしてくれてお礼?を含んだ変な言い方になってしまった。


「ははは!さっきはすまなかったねえ。つい出来心で」

「い、いえ、僕の方こそ顔を見て意識を失ってすみません」


 僕の返しに女性陣の笑いのツボが限界にきたようだ。


「ブハハッ!クロエ最高ッ!!」

「おねぇ……ふひ……あはははは」

「ふふふふふッ……ダメね……その返しは反則よ渚くん……あはは」


 3人共笑いのツボは浅いみたいだ。一方発言した僕の傷は深くなりそうだ……


「いやはや、妻達がこんなに笑うなんてな!君には笑いの才能がある!」


 僕の心配とは裏腹にお父さんも笑っている。それなら良かった。


「あの、改めて自己紹介を。藤宮折羽さんと同じクラスの黒江渚です」


 そして……


「僕は藤宮さんが大好きです。一生をかけて……いや僕の命に替えてもお守りします。だから交際を認めてください」


 僕は土下座をしていた。


 そんな僕を見て藤宮さんの父親は……


「まぁ落ち着きたまえ……君にも事情があるだろうが……とりあえず寝起きで汗もかいてるだろう。お風呂で汗を流してきなさい」

「えっ?」


 おじさんの言葉に僕は驚愕する。そして自分の体を改めて見る。すると制服がじっとりと湿っていた。


(夢の中で藤宮さんとキャッキャウフフしてたのかな?……思い出せない)


「あ、はい……でも」

「私達は先に済ませたから気兼ねなく入るといい」


(藤宮さんの入浴後のお風呂!)


 しかし僕はその事について深く考えないようにした。なぜなら……藤宮さんのお父さんがあまりにも優しかったから。大きくて暖かな手をしていた。

 僕はその優しい声と肩に置かれた手に従うしかなかった。


 藤宮さんに洗面所に案内された時、藤宮さんから声をかけられた。


「……クロエ……お前……」


 どこか歯切れの悪い藤宮さんの言葉。


「えっ?何、藤宮さん?」

「いやなんでもねぇ……」


 藤宮さんは僕を案内した後、首をぶんぶん振ってリビングに駆けていった。



 一方、僕がお風呂に入った後の藤宮家の面々は……


「あの子……」

「あぁ……」

「泣いてた……よね」

「……」


 4人は僕が寝ていた時の事を話している。


「おねぇ……黒江さんってどんな人なの?」


 彩羽ちゃんが尋ねる。それに倣うようにパパとママも見てくる。


「……学校ではいつも私に話しかけてくる」

「他には?」

「定食屋でバイトしてる」

「じゃあ……って子は?」


 パパは話の確信に触れる。


「あいつの妹だって話だ」

「会ったことあるの?」

「いや……話だけだ。あいつはだいぶんシスコンらしい」

「……う〜ん」


 色羽さんはどこか納得いかないみたいに唸っている。


「それに黒江さん……私を見てって言ったよね?」

「うん……」

「そうなのか?」


 コクリと頷く彩羽ちゃん。ますます謎が深まってきた。

 だって寝ている時の彼は異常だったからだ……


『さなッ!……行かないでくれ!』

『お願いします……神様ッ』

『さなー!さなーー!!さなッ!!!』


 これを永遠と……まるで悪夢を見ているように何度も繰り返していた。


「直接は……聞けないわね」

「あぁ」


 両親はお互いに理解し合い、頷いている。


「おねぇ……今度写真とか見せてもらったら?」

「あ、あぁ……でもあいつスマホもってないんだよ」

「えぇ!!そうなの?」

「だから交換日記してるんだ」

「な、なるほどぉ……」


 姉の言葉に納得する彩羽ちゃん。

 そんなタイミングでリビングの扉がガチャりと開く。


「あの!ありがとうございました!とっても広いお風呂ですね!僕あんな広いお風呂初めてですよ〜」


 上機嫌な彼が帰ってきた。


(一般家庭では普通サイズのはずなんだが……)


 この疑問は誰のものだったか……そして彼と藤宮家の関わりがここから本格的にスタートする。


 そして、藤宮さんも知ることになる。なぜ彼が彼女にこだわるのか……なぜ彼があの時泣いていたのかを……






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