花屋はどこ?

商店街の通りに近い二階建ボロアパートに僕は住んでいる

道路を挟んで正面には花屋

小さな花屋がある

僕は殆ど窓を開けておく

そして肘をついて花屋を見下ろしている

花屋の屋根の下には花、ベンチ、自動販売機と

左から右へと並んでいる


そして彼女が来たらいつもの花屋さんの景色だ

いつもごつごつしたアコギを背負ってやって来て

彼女はベンチに腰掛ける

花屋のおばさんは「いらっしゃい。今日もよろしくね。」

と笑顔で話しかけるのに彼女は「は、はい…」とぎこちない返事をするのだった

ギターをゆっくり取り出してチューニングがずれているのを調節している

調節が終わったら、指慣らしでメタルな早弾きを少しばかりやる


深呼吸をしたのだろう

身体が少しばかり膨らんだのを確認できた

トントントン リズムを指で刻んで彼女は唄い出した

「キスしてくれないか 僕のこのナイフに…」

彼女は大半はカバーをやるのだがどれも素敵で

彼女が今歌っているにはBLANKEY JET CITYの風になるまでという曲だ

僕はこれを何回か聴いていて午後の鐘が鳴り彼女が帰る頃

どさくさに紛れて訪ねた事がある

そこでそのバンドの事を彼女から教えてもらい

今僕の中では彼女に続くマイブームである


今日は遅くに来て十二時には帰るから三曲しか聴けなかった

彼女はアコギを片付けてると花屋のおばさんが言う

「もう少し居てもらいたいけど、仕方ないわよね。また唄いに来て頂戴!」

おばさんは彼女にお金を渡した

彼女が唄いに来るようになってから花屋の看板娘となり商売が繁盛しているのだ

近所の皆も初めて来た人も彼女の歌声に感銘を受け

「これを彼女に」と小銭を置いて行くのだそうだ

「私貰っても困ります…場所を借りているだけなんで。でも、皆さんの応援に応えたいと思います。皆さんにありがとうとお伝えください。」

彼女はそう言いお辞儀をすると自販機で水を買い少しばかり飲み帰って行った


暫く経って8月

彼女がやって来たので僕は窓を開けた

すると花屋で彼女に知らない男性が声をかけられていた

音楽関係者の人のようだ

「ひ、一先ず私はここで午後まで唄いますんで話は後にしてもらいませんか?」

彼女は困惑した顔でそう言った

BLANKEY JET CITYの青い花を唄い始めた

それを男は腕組をしながら頷いていた

何曲かを演奏しているうちに午後の鐘が鳴った

弾き語りの時間を終え

彼女は真っ直ぐに花屋を後にした

雲は彼女の後を追っていた


翌日彼女は開店時間にやって来た

彼女が開店時間にやってくるのは初めて来た時以来だ

「皆さん!私、歌手になれる事が出来ました!皆さんの応援のおかげです!ただ…少しばかり会えなくなるかも知れません…もしかすると最後かも知れません。だから精一杯唄って行きます!聴いて下さい。SWEET DAY」

彼女はいつもより声を張って唄った

噂を聞きつけた学生や商店街の住人

老若男女とわず花屋に集まった

僕も部屋を出て花屋の近くで声を上げていた

「頑張れよ!」と

弾き語りが終わり

声は午後の鐘の音をかき消した

そして彼女は初のアンコールに応えて三曲の新曲を聴かせてくれた

鳴り止まない拍手の中花屋さんおばさんが

「私たちは貴女の事を応援しているから!頑張ってやっていくんだよ…」

と涙していて彼女はその胸の中で泣いていた

そして昨日と同じ道へと歩いて行った


暫くしてからだ

あれ以来花屋には姿を見せなくなってしまったけど

彼女は雑誌で見かけるようになり

いつの間にか音楽番組の出演者としてお茶の間にでる様になった

近所は彼女のポスターなんかを飾っていた

僕のボロアパートでは誰かが毎日彼女のCDを再生しているのが聴こえる

僕は受験に合格を一浪はしたが大学に合格が出来た

このボロアパートと離れる事になった

住民の皆さんに挨拶をして

僕はこの町を出た


彼女は後に人前では演奏しない

幻のシークレットトラックを入れたアルバムを出して更に知名度を上げた

曲名のタイトルは花屋はどこ?(仮名)だった

僕は嫌な感じがしてその頃住んでいた町を目指した

ボロアパートは健在していたけど

花屋はそこには無く空地がそこにはあった

近所の人に訳を聞くと

花屋さんのおばさんが亡くなったそうだ


彼女がいつそれを知ったのかは分からない

けどあの曲は花屋さんの事だろう

そのアルバムから彼女は花の名前のアルバムや

花の様になどの表現を歌詞に入れるようになり

ライブでは沢山の花があるステージで歌うようになった

ライブDVDの最後に毎回ありがとうと文字が出てくるのだが

それは一人にだけ言っているのだなと感じた

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