新人類の兵器

 たった一瞬目に話した隙に、友達の身体が砕け散った。


『逃げても無駄だ! この時代にお前たちの居場所はない!』


 拡声器越しの太い声が背後から聞こえる。


 残りはわたしだけだ。次の砲弾がわたしを狙っているのだろう。


 人のざわめく人混みのなか、腕から千切れたあの子の手を握ったまま走り続ける。もう二度とあの子と話せないのかと思うと、心が折れそうになってくる。


 それでも、走り続ける。いつかわたしは、あの子と約束したからだ。


『わたしたちみたいのが生きてもいい場所、見つけようね』


 結局、あの子はそこにたどり着くことがないまま、身体を散り散りにしてしまった。


 それでも、確かめたい。あの子が強く願っていたような場所がちゃんとあったのか。世界は、わたしたち〈兵器〉が希望を抱くに値するものなのか。


 軽くなった手を強く握る。


 ほのかに残った、あの子の力を感じる。


開放ファイア


 気づけばそう口にしていた。握る手から流れ込んできた力を、わたしの力で増幅し、力を発現させる。


 砲声が聞こえた。だが、もう遅い。


 お前らのせいだ。お前らがわたしたちを認めさえすれば、わたしだってこうはしなかった。


 下から上に風が流れて、空気の大波が辺りに広がる。石ころが流れ、タバコの吸殻が流れ、人々の人の肉が醜く引き裂かれて血を散らし、辺りの高層ビルにヒビが入る。そして、わたしを狙った砲弾は、先端からひしゃげて鉄屑のタンブルウィードと化した。


 ぐるりと振り返る。


 わたしを狙った大型パワードスーツは、ずるずると機械の太い足を引きずってこちらへ進んでいく。アスファルトには散り散りとなった肉塊が落ちていて、そいつが形の残った内臓を踏み抜くと、それはいともたやすく弾けてしまう。


『ク……ソガキ……これハッ……テロこウいだ……ぞ――』


「わたしもお前らのせいで友達が死んだ。わたしにとっては、これでも足らないくらいだけど」


『貴ッ……様ァァァ……ッ!』


 ベコベコにへこんだ鋼の身体が、肩に背負った対兵器ピアシング射出砲ランチャーの歪んだ砲身をこちらへ向けようとする。


 無駄な足掻きだ。そいつの指が引き金に届く前に親指と人差し指で銃を形作って、名も知らぬ『〈兵器〉処理班員』へ向けて、一点集中の波を射出した。


 剣呑けんのんな砲身はものの見事にひしゃげ、パワードスーツは人の形が失われるほどにへこみ、首のあった部分の空いた穴から血が溢れ出る。中の彼は普通の人間だろうから、ほぼ間違いなく死んでいるだろう。近くに寄って、一発唾を吐いてやった。


 そうして踵を返して歩きはじめて、手に握られていた感触が崩れていくのを感じる。


 ごめんなさい。


 わたしはあの子に向けて、心の中で謝った。


 同じ〈兵器〉の力を生命力ごと吸って、過剰に増幅させて変換する。味方にとっても敵にとっても最悪の、災害のような力。


 あっという間に灰となってこぼれ落ちていくそれは、簡単に風に流れていく。あの子の形見をなにひとつ残せなかったことに、遅れて後悔が湧き上がってくる。


 灰だらけの手で、濡れた頬を拭う。当然ながら、顔は灰で汚れてしまった。





 三年前の二〇XX年、戦争は終結した。


 ある兵器の開発によってわたしたちの国が優勢となるが、結果的にはこちらの被害があまりに大きく、やむなく停戦という形で終わりを迎えた。


 正直、当時戦争していたという認識は薄い。戦争に無人機を多く利用するようになったことで被害も少なく、わたしたちの街は都市圏ということもあって優先的に守られ、たとえ被害に遭った他の街をテレビで見ても、映画を見ているようでいまいち現実感が湧かなかった。


 当時感じていたことといえば、インターネットで流れた物資不足のデマで食料品や日用品の買い占めや転売が多発したこと、敵国や政府や新日本軍や被爆した街の人間に対するヘイトが飛び交う食卓、自宅待機によって顔を合わせる機会の多くなった父親に対する恐怖。いつでも入れるように家のシェルターの蓋は開いていたが、できれば使わないまま終わってくれと心で願っていた。


 そうして、結局それが使われることなかった。新日本軍が最新鋭の〈兵器〉を採用したからだ。


 それは兵士のように運用することができて、戦車や軍艦をはるかにしのぐ威力や装甲、機動力を持ち、超小型でステルス性の高い戦闘機にもなれる。成人前の少女に〈神力岩じんりょくがん〉という謎の岩を触れさせることで、それはいともたやすくできてしまう。なぜ成人前の少女に限定されるのかは、いまだ明らかにされていない。


 実際、「新日本軍はオカルトに走った」と非難された。かくいう国民も、いにしえの軍神を描いてネットに上げて戦争のゲン担ぎをしていたのだが、それはまた別の話。


 そうして、新日本軍は全国総勢一五三体の〈兵器〉を量産し、一般のパワードスーツ兵士とともにあらゆる戦地に送り込りこまれた。その一騎当千の兵器の活躍はすさまじく、世界的な支配さえもあり得るほどだった。しかし、それはひとつの出来事によって阻まれる。


 某大国が、核ミサイルを発射した。


 これにより、人々は世界滅亡のシナリオを描き、大混乱に陥った。しかし、これにまた立ち向かうものがあった。それは、超常的な力を持つ〈兵器〉だった。


 ある一人の〈兵器〉が独断で自滅覚悟の中和を試み、そして力の反動で全身を灰にした。これはのちに、『神風の再来』と呼ばれる事件となる。当時わたしを含めた平和ボケの衆愚しゅうぐを涙させ、世界を停戦へと導き、その命を賭して彼女は英雄となった。


 そうして、彼女のために英雄像が作られて。






 わずか一年で、それは撤去された。


 世界中の少女たちが、〈兵器〉の力を宿しはじめたからだ。


 そうして、仮初めの平和を迎えたばかりの世界各地で異変が起こる。最初はポルターガイストなどの超常現象の報告、次いで立証不可能な怪事件、最後は学校などで起こるなかば一方的なテロ活動。日頃の恨みつらみによるものから、特に理由のない動機まで、それらは個人レベルの災害となった。


 ここからだ。全世界レベルで、『未成年の少女』に対する風当たりが強くなったのは。


 正義の鉄槌てっついと称し、子供から大人まで問わずの男が〈兵器〉ではない少女にいわれのない暴行を与える事件がいたるところで多発した。いわば、現代の魔女狩りだ。


 一年前、「〈兵器〉は処女を失うことで、それとともに力を失う」という当時インターネットで広まったデマを鵜呑みしたうちの中学の男子生徒たちによる、特定女子生徒への強姦事件が発生した。彼女たちは全員、根拠のないレッテル貼りにより〈兵器〉を疑われていた。


 犯行に及んだ男子生徒数名は「〈兵器〉への過剰な恐怖と正義感でやったのだ」と証言。その後、彼らを少年院へと搬送していた車輌しゃりょうはすべて自然発火し、中にいた全員が原因不明の焼死を遂げた。


 そこからだ。わたしたちの街で、屈強な大型パワードスーツや無人攻撃機ドローンが配備されるようになったのは。


 新日本軍から全国に派遣された彼らは『〈兵器〉処理班』と呼ばれ、『対〈兵器〉通常兵器』と呼ばれる「彼女たちのまとう超常的な障壁を突破するための通常兵器」を携えて警戒していた。


 彼らの監視の目は厳しく、全国民からのヘイトも溜め、そしてさらに街に疑心暗鬼の空気が流れはじめた。


 わたしは母親に「〈兵器〉かもしれない」と病院へと連れて行かれ、なかば人権を失ったような最悪の検査を受け、父親からの虐待は激化。弟からは距離を取られた。


〈兵器〉の自然発生的な発現には、『神風の再来』事件で核兵器を中和した〈兵器〉による説が強いと言われている。彼女が死に際に発した非常に軽い灰、もしくは強力なエネルギー波が全世界レベルで伝播でんぱし、また違う形で影響を広げている可能性がある。


 これにより、全世界の『未成年の少女』は、急遽作られた使い回し可能の極小ナノマシン製マスクやバンダナの着用を義務付けられた。微細な粒子もキャッチするゆえにとても息がしづらいが、不必要に外せば〈兵器〉呼ばわりされ村八分を受ける。当然、選択は限られていた。


 これで灰を吸わず、無事に〈兵器〉を根絶できる。人々はそう信じて、わたしたち被疑者を警戒していった。なかには、わたしたちをバイキン扱いして、あからさまに距離を取ったり罵詈雑言ばりぞうごんを吐きつけたりする人もした。バイトをしていた高校生や大学生の中にも、同様の理由でクビにしたケースもあったらしい。


 しかし、〈兵器〉の発現は終わらず、発現者は増え続けた。むしろ〈兵器〉となる少女への迫害の空気により、状況はさらに悪化したまである。


 世界各地で〈兵器〉として覚醒した少女たちは、各々がSNSで仲間を集めて、ひとつの革命を起こそうとした。それは「種として上位存在の〈兵器〉が人類の頂点に立つ」というものだった。


 そうしてそれは、いまも続いている。新日本軍から送られる処理班と〈兵器〉による新たな戦争として。


 そんななか、わたしもまた他人事ではいられなくなる。


 先日、わたしとカナタとタンポポの三人は、ほぼ同時期に〈兵器〉を発現した。マスクをして、また自宅待機をして、不可視の灰を吸わないよう気を付けていたにもかかわらず、だ。


 わたしが力を自覚したのは、タンポポの突然の力の発現を止めようとした時だ。わたしがタンポポを止めようと押さえたことでその力が暴走。学校とその中のほとんどの人間は一瞬で蜂の巣になり、わたしの力の副作用でタンポポは灰となった。


 残ったのは、わたしとカナタと、〈兵器〉の力が発現していた他の何人かのみ。〈兵器〉だけは、身体に覆われたコーティングによって守られたのだ。そして、教職員のあらかじめの通報によって処理班がやってきた。


 そうして、わたしたちの偽りの平穏はあっという間に終わり、彼らに追われることとなった。わたしたちは友達だったタンポポをいたむ余裕もなく、一緒に何日もの逃走劇を繰り広げることとなって。


 そして、現在に至る。


 結果、わたしは友達をすべてうしなった。





 ふらふらと、わたしは肉塊と骨と千切れた布であふれた、ごてごての道を歩いていく。臓物ぞうもつと骨がいい感じに配置されているせいで、気を抜いたら滅びそうだ。


 血の鉄っぽいそれと卵の腐ったような匂いが混ざり、鼻が曲がりそうになる。どうせ〈兵器〉になったからと、すぐにあの息苦しいマスクを捨てるべきではなかったと後悔する。


 しかし、困った。これからどこに行けばいいのだろう。あまりにもたもたしていると処理班の増援が来る。そうなったらもう、わたしは生きられない。


 しかし、これからどうすればいいのか。少し前にSNSを使っていた〈兵器〉のグループは摘発されて、いまはもうそれぞれ独自の回線を利用しているという話があったはず。同族を探すにしても、どうすればいいか分からない。


 それでも、最悪の形でも、カナタに繋いでもらった命だ。せめて大事にしないと。


 そう決意したところで、目の前にふっと少女が現れる。それはまるで、瞬間移動でもしたように。


 鼻と口を覆うように巻いた赤塗りのバンダナ(いまではバンダナといえば極小ナノマシン製のことを指す)をした、別の学校の緑の制服の少女。長い髪は後ろにまとめていて、制服は異様にほつれが多く、よほど荒い使い方をしていたことがうかがえる。


 刺さるほどに鋭い目つきを向けられ、マスク越しにこもった声が聞こえる。


「お前か?」


「え……?」


「……なるほど、お前だな。先ほどの力を発揮した、新たな〈新人類ニューエイジャー〉は。制服が返り血で濡れている」


 わたしは身体を見る。知らぬ間に、脇腹あたりに返り血がべっとりと貼り付いている。おそらく、大型パワードスーツの砲撃を受けたカナタによるものだろう。


「まあ、たとえお前じゃなくても、オレらは受け入れるよ」


「まあ、はい……〈兵器〉です……」


「〈兵器〉はやめろ。今日からお前は〈新人類ニューエイジャー〉だ。基地に戻るまでにちゃんと頭に叩き込んどけ!」


 そう芝居がかった調子で言って、彼女はわたしの肩をぽんぽんと叩く。


 それから、耳元でそっと囁いた。


「……まあ、お前が新日シンニチのスパイでさえなければ、な」


 ぽん、と意味ありげにもう一度軽く肩を叩かれる。ひどく冷徹な声に、無関係のわたしですらごくりと息を呑んでしまう。


「じゃあ、よろしく! いまから転送するから、オレの手を握っててな!」


 先ほどの残忍さがあっという間に晴れ、けろっとした調子で彼女が言う。


 わたしはこれから、さらにとんでもないものに巻き込まれていくのかもしれない。その先にわたしたちが望んでいたものがあるかどうかは分からない。それでも、あの子のおかげで繋いだ命だったから。


 とりあえず、いまわたしの生きる理由はカナタの約束と同じだ。その先は、分からない。〈兵器〉に――〈新人類ニューエイジャー〉になったわたしは、どんな未来を進んでいくのか。


 タンポポとカナタのしかばねを超えて、それに見合うよせいを送れるだろうか。





なんかこう、「世界に忌まれるほどの強大な力を持った少女たちのお話っていいですよね」って感じで書いた話です。雰囲気だけでも伝わったらさいわいです。


思いのほか設定集とか雰囲気みたいなショートショートになってしまったし、多分いま出すにはちょっとよろしくない内容なんじゃないかとは思うのですが。


それでもまあ、いま感じている空気はいましか書けない気がするので、そういうのも入れました。なんだか続きそうな雰囲気ですが、別に連載はしたくないのでおすそ分け枠です。お疲れさまでした。

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