第219話 超隕石
天兵を倒した後、フテイル本陣に戻ったタナフォスはその本営にて席に座り静かに目を瞑っている。
だが、チラチラと落ち着かない様子で入り口に意識を向けていた。
その理由は天兵を倒した直前に西方で起こった原因不明の大爆発にある。
上座にはフレイシアの姿のフレッドが座っている。
サフィーとヨソラの二人は既に就寝しているため今は手が空いている状態になっており机に広げた地図に目を向けていた。
だが、その最中でもチラリとタナフォスに目をやる。
フレッドもあの大爆発は目にしたが良い助言が思いつかずタナフォスを心配そうに見守ることしかできていない。
全ては様子を見に行かせたサロクが帰ってきてからになる。
しばらく待ちようやくサロクが会議室に戻ってきた。
「戻ったか。サロク。それで様子は?」
サロクの疲労は凄まじく肩で息をしている。
開戦も近いためかなり急がせたためだ。
だが、その甲斐あってこの短時間のうちにタナフォスが知りたかった情報を調べてくれた。
「まず、フテイル本国は無事で何一つ攻め寄せられた形跡はございません」
タナフォスはその報告を聞いて一先ず胸をなで下ろす。
しかし、肝心な大爆発の原因は不明のままで追求しようにも全ての痕跡がその爆発によってかき消されていたとのことだ。
(あの爆発がなぜ起こったかは不明。しかし、あの天兵が言っていたことが真ならばフテイルに敵の奇襲部隊が攻め寄せているのが自然)
タナフォスは熟考し一つの結論に辿り着く。
(可能性は薄いが、何者かが敵の侵攻を食い止めてくれた?)
自分でも自信がない結論だったので口に出しはしないがタナフォスはそれしか考えつかなかった。
「敵の奇襲部隊は見当たらずフテイルは無事。爆発の原因は不明のままだが取り敢えずは危機が去ったと考えてよかろう」
そのとき朝日が昇り今日初めての日差しから逃げるように暗闇は片隅に向かっていく。
光に照らされたタナフォスは今日という始まりを実感し拳を握る。
「何が起ころうともはやこの歩みは止められぬ。サロク」
「ハッ!!」
「帰ってきてそうそう悪いが準備はできているか?」
「もちろんですぜ。兵の士気ももの凄くたけぇですぜ」
タナフォスは頷き次にフレイシアに目を向ける。
「では、参りましょう」
「ええ」
フレイシアは腰を上げて立ち上がる。
戦場では目立つ純白のドレスを身につけているが全くの違和感のない立ち振る舞いにタナフォスは満足して頷く。
「どこからどう見てもフレイシア陛下ですね」
少し前は口調の違いで見分けがついたが今では口調も姿も声も全てがフレイシアとなったフレッド。
「少し練習しましたから。お嬢様にどれほど絞られたことか」
苦笑いで答えるフレッド。
その表情を見てタナフォスはサフィーが「違う」、「そうじゃないわ」とガミガミ言っている姿が目に見える。
このときだけフレッドは自身の口調に戻っていた。
そして、フレイシアたちは本営を後にして敵陣に向かって並ぶ兵たちの最後列の中心に立つ。
タナフォスとサロクはその隣に立つ。
白夜の面々は自由でその列に並ばず各々が私事をしている。
と言ってもグランフォルは相変わらず椅子に腰掛け目を瞑ったままだ。
しかし、魔導書を開いて片手で持っていることから眠っているわけではなく周囲を警戒しているのだろう。
ソナタは全ての武器の調整を終えたらしくその武器全てを身に取り付けていた。
グローテは神妙な雰囲気を醸しながら地面に三角座りをしている。
目を覚ましたサフィーとヨソラはフレイシアの側にいる。
その全てを視界に入れたフレイシアは大きく息を吸い込み声を張り上げた。
「この戦いで全てが決まります。世界の安寧か世界の終わりか。私一人では瞬く間にひき殺されてしまっていたでしょう。皆様の勇気に感謝します。私に力を貸してください! 必ずや勝利に導きます。このフレイシア・ワーフ・デストリーネの名の下に!!」
「「おおおおおおお!!」」
兵たちの歓声が轟き同時に開戦の狼煙がドンッと打ち上がった。
これは各方面に開戦を知らせる合図となっている。
「かかれぇぇ!!」
そして、フテイル軍はデストリーネの陣に攻めかかった。
馬と人の足音が無数に鳴り響かせながら平原を駆けていく。
同時にデストリーネも動き出し迎え撃つため押し寄せ始めた。
両軍が衝突するのは僅か数秒後だった。
フテイル軍は総勢二万に対し正面に集まったデストリーネ軍は六万だ。
数だけ見れば圧倒されるのは目に見えている。
だが、フテイル軍の名は数ではなく兵の一人一人の熟練度で轟いている。
それに敵もいきなり総勢では攻めてきてはいなく戦場には同等の二万がフテイルと衝突していた。
それもあり初っ端から激戦を繰り広げているが現時点では武士を全投入したフテイル軍が優勢だ。
だが、タナフォスは顔をしかめていた。
「サロク、シュールミットはどうなっている」
重々しい声でサロクに尋ねる。
「そーいや、まだ動きませんね」
本来ならば合図と共にシュールミットとフテイルが攻め寄せる手筈になっている。
だが、未だにシュールミットに動きは見せていない。
「いくら我が軍が優勢とは言えそれは一時のこと。この兵力差ではそう遠くないうちに限界が訪れる」
フテイル単独ではデストリーネとの兵力差はおよそ三倍。
目も当てられないほどの差だ。
「まさか裏切った? いや、ここでデストリーネと戦わない利点などない。……何が目的だ?」
タナフォスはあのシュールミット女王であるミーニアとフレイシアが大会議の際に仲良くしている姿をその目で見ている。
その様子からミーニアが裏切るとはとても思えなかった。
「可能性があるとすれば……!?」
そのときタナフォスの目に信じられない物が目に入った。
山で阻害されているがデストリーネ王国があるであろう位置のさらに奥の空。
そこから魔方陣が浮かび上がっていた。
ここからでは小さく見えるがすぐ近くで見れば目を疑うほどの大きさだろう。
「なんだ……あれは」
タナフォスがその魔方陣の存在に気付いてからそう時間が経たずして激戦を繰り広げている戦場にも同様の魔方陣が浮かび上がった。
そして、その魔方陣から戦場を全て埋め尽くすほどの燃え盛った岩石が顔を見せる。
それはまるで隕石だ。
「なっ……」
タナフォスたちは知りようもないがこれが敵であるカハミラが発動した大魔法“
魔方陣が特定の場所にあり距離も制限されるがその制圧力と破壊力はどの魔法の比ではない。
消費魔力も常人ならば到達できないほどだが一度放たれれば直撃した土地は灰燼と化すだろう。
岩石は全体が魔方陣から飛び出すと急落下を始めた。
目指すはフテイル軍とデストリーネ軍が争っている中心。
これが直撃すればフテイル軍は壊滅し正面の戦闘は惨敗となってしまう。
今もその岩石から放たれる熱風が周囲を襲っている。
「味方ごとだと……」
急いで撤退を命じるが敵は逃げることなく攻め寄せており無理に逃走を敢行でもしようとすれば忽ち背後を襲われてしまうだろう。
「敵兵に恐怖はない。いや、これも洗脳が為せる効果か」
そもそも、岩石の範囲は戦場を一面だ。
本陣も岩石が地面と衝突した際に発生する強烈な衝撃に曝されることは覚悟しなければならないだろう。
この場にいる限り被害は免れない。
タナフォスは打開策を駆け巡らせるが一つしか思いつかなかった。
チラリと自身の腰に差している刀に目を向け強く柄を掴む。
「ここが某の死に場所か……」
だが、それを止めるようにようやく動いた人物がいた。
「いきなりえげつねぇ攻撃をしやがるな。大将さん、あんたはまだ動かなくても良い」
そう言ったのは目を覚ました緑のボサボサ髪を靡かせるグランフォルだ。
既に魔法を発動させる準備を整えて魔力が魔道書に収束していた。
「俺に任せてくれ」
そして、グランフォルは魔法を発動させる。
「最終章第二項“
グランフォルが掌を向けると巨大な魔方陣が浮かび上がった。
その魔方陣を思い切り岩石の真下に投げる。
すると、その魔方陣からそれぞれ形の違う五枚の透明な光の壁が生じた。
その大きさは岩石と殆ど同じだ。
そして、ドンッと一枚目に燃え盛った岩石が衝突する。
だが、一枚目はいとも簡単にパリンと音を立てて砕け散ってしまう。
「一枚目は威力を最小限に弱める“
グランフォルは苦笑いをする。
そして、二枚、三枚、四枚と次々に割れていく。
そのそれぞれに効果が宿っているがどれもが効果がなく単純な威力を持って全てを砕いていく。
だが、最後の一枚だけとなったときにグランフォルは笑みを浮かべる。
「今までのは全て時間稼ぎだ。最後の一枚のためのな。五重障壁が防御技だと思ったら大間違いだ」
五枚目の壁は他の壁が壊されていく中、魔力を溜め続けていた。
いや、魔力ではなく空から顔を覗かせた朝日の光を取り込んでいる。
その光は壁の中心に収束し一つの光球を作りだしていた。
そして、岩石が最後の一枚の壁に衝突したとき上空一面に岩石を飲み込むほどの光線が光球から放たれた。
天兵の放出型とは比べものにならないほどの放出量と太さ。
放出が終わると上空にはあの戦場を覆い尽くすほどの燃え盛った岩石は最初からなかったように欠片一つ残っていなかった。
最後の壁と光球は役目を終えたように消え去っていく。
「“五重障壁”は“
“太陽光線”という攻撃魔法を撃つために強固な防御魔法を組み合わせている。
特に“太陽光線”の消費魔力が大半なのだが壁と光線の一つの魔法となっているため最初の壁四枚だけを発動することはできない。
威力や性能は文句なしどころか現実味のない魔法だが何とも残念な魔法となっている。
「……作成者の性格がなんか分かるな。どうせ、攻撃も防御もできて一石二鳥だと考えたんだろ。……普通はそんな魔力ねぇよ」
そう悪態をつくがグランフォルは息を切らしている。
「かなりの魔力をこの魔法で費やしてしまった」
「何という魔法だ。いや、これは魔法と呼んでいいのだろうか」
タナフォスは目を丸くして驚いている。
「大将、休んでいる暇はないようだぜ」
今も尚、激戦を繰り広げている戦場の奥の敵陣に動きがあった。
新たな軍勢が動き始めていたのだ。
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