第218話 誤算

 

 デストリーネ王国の王城の中の会議室にてウェルムは放心状態で机に向かっていた。

 それに気付かず窓際ではシフォードが遠くの一点を眺めている。


 シフォードの表情は険しいものだった。


 その視線の先には原因不明の半球の爆炎があがっていたからだ。


「凄まじい魔力の爆発。……一体誰が」


 そして、ようやくシフォードはウェルムの異変に気が付いた。


「ウェルム様、どうかしましたか?」


 だが、ウェルムは反応せず何もない机の上を見詰めているだけだ。


「…………」


 シフォードは何も言わず静かにウェルムの言葉を待つ。


「シフォード」

「!! ハッ!!」


 ウェルムの視線がシフォードに向く。


 いつもと違うウェルムの雰囲気に息を呑むシフォード。


 そして、ウェルムの口から想像すらしていなかった内容が飛び出した。


「グーエイムの反応が消えてしまった」

「…………」

 

 シフォードは目を大きく見開き言葉が出なかった。


「そ、それはまことですか?」


 ウェルムは静かに片手を上げて窓の外の大爆発を指さした。


「グーエイムの反応はあの中心で消えた」


 そう言うウェルムの表情にいつものような余裕はなく至って真剣なものだった。


 確かにあの爆発の中心ならば自分でもただでは済まないとシフォードは考える。

 だが、それは直撃した場合の話だ。


 グーエイムの実力を知っているシフォードはとてもまともに被害を受けるとは思えなかった。


 それでもウェルムの声色と表情が真実だと物語っているため受け入れるしかない。


「……まさかグーエイムが倒されるとは」


 そのときウェルムは何かに気が付いたように立ち上がる。


「!! いや、まだ死んではいない! 微かだが反応がある。シフォード、すまないが急ぎグーエイムの救出に向かってくれ! 生きてさえいれば修復できる!!」

「かしこまりました!」


 直ちにシフォードが向かおうとしたときふと窓に目を向けた。

 その窓から夜が明け、顔を出したばかりの太陽の光が漏れている。


「では」


 改めて一礼し歩いていくシフォード。

 しかし、再びその足は止まることとなる。


「もういい」

 

 そんな制止の声が掛かった。


 声を主は指示を出したウェルム本人だ。


 ウェルムは力なく椅子に腰を埋めもたれ掛かる。

 視線はシフォードに合わせず放心していた。


 訳が分からず呆然とするシフォード。


「……もういい」

「は?」


 意味が分からずシフォードは戸惑う。


 だが、すぐにウェルムからその答えが飛び出す。


「……グーエイムの反応が完全に途切れた」


 その言葉の意味はグーエイムの死を表している。


 シフォードは信じられないと言った様子で立ち尽くす。


 デストリーネ王国の最強の天騎十聖の一聖が決戦の開始を待たずして落ちてしまった。


 それも新参者たちではなく大昔からの古参の仲間だったグーエイムがだ。


 その衝撃はウェルムとシフォードの二人に心にぽっかりと大きな穴が空いてしまうほどだった。


「私ではなくグーエイムに能力を授けていればまた違う結果に……」


 そう述べるシフォードの言葉をウェルムは遮る。


「それを言ったら切りがない。これは相手が一枚上手だったと割り切るべきだ。……天兵が倒されるのは想定内だけどグーエイムまでやられるとは完全に想定外だった」

「前哨戦は我らの敗北ですね」


 今まで勝ち続けてきたデストリーネにのし掛かる敗北の文字。

 重い空気がこの会議室に充満する。


 だが、ウェルムは主である自分がこれ以上取り乱してはならないと気持ちを切り替えた。


「僕が生きてさえいればグーエイムは再び呼び戻せる。 だけど、“転生リンカーネーション”は相当な負担がかかるからさすがにこの戦いには間に合わないけどね」


 ウェルムの魂魄こんぱく魔法の一つである“転生”は大量の魔力とその人物に適合率が高い肉体、そして時間を持ってしてようやく成り立つ魔法だ。


 デルフとの戦いが控えているウェルムに割くことができる魔力も時間もなくそもそも適合率の高い肉体を見つけることができるのは稀だ。


 一番簡単なのは自分の身体があった場合だが大昔の存在である天騎十聖の面々にあるはずがない。


「敵は僕たちの考えよりも強敵だ。心してかかった方が良い。……ジョーカー、良い駒を揃えたようだ」

「……我らが理想の世界のため障害は全て排除します」


 ウェルムは頷いてみせる。


 そのときシフォードの横に片手で開いている魔道書を持ったカハミラが何もないところから姿を見せた。


「ウェルム様、夜が明けました。予定通り、正面の軍勢を動かしグーエイムとの挟撃にて“再生”の紋章の奪還を開始します。東西は足止めの命令を……何かありましたか?」


 ウェルム、シフォードの二人の表情の固さからカハミラは言葉を止めた。


「カハミラ、すまないが今までの策は忘れてくれ」

「どういうことです?」

「グーエイムが倒されました。これでは挟撃は不可能。」

「なんですって!? エイムちゃんが……」


 カハミラは声を荒げて驚く。

 だが、一回大きく息を吐くことですぐに冷静さを取り戻して尋ねる。


「それで策はどのように?」


 グーエイムについての取り乱しはなくなり先のことを聞いてくる。

 それにウェルムは「さすが」と笑みを浮かべた。


「皆に伝えてくれ。全力で暴れろとね。徹底的に僕たちの実力を見せつけろ」


 ウェルムがそんな過激な発言をすることはかなり珍しい。


「しかし、“再生”はどうします? 巻き添えを受ける可能性も」

「“再生”を持っているんだ。死にはしないさ。全てが終わってからゆっくりと頂くとしよう」


 カハミラとシフォードの二人はその言葉を待っていたかのように笑みを浮かべた。


「了解です」


 カハミラは頭を下げる。


「ククク、細かな策よりも簡単ですね。それこそカハミラさんの能力は殲滅に最適」

「ええ、全く」

「カハミラ」


 カハミラはウェルムに視線を向ける。


「せっかくだ。“超隕石スーパーメテオ”で盛大に開戦と行こうじゃないか。そろそろ敵は攻め寄せてくる頃だろう。そこを一網打尽さ」

「前に話していた大魔法ですね。出来上がったのですか?」

「ああ、北方の僕の家があった所に魔方陣を書いておいた。後は魔力を注ぎ込んで発動するだけさ。僕よりも魔力量が多い君なら数発撃つことができるだろう。戦場にはジョーカーはいない」


 この攻撃を防げる者はジョーカーのみ。

 つまり、現状の敵には超隕石を止められる者はいないということだ。


 カハミラは悪戯な笑みを浮かべる。


「僕たち天人クトゥルアに勝てるなんて幻想を抱いている者たちに現実を教えてやってくれ」

「かしこまりました。盛大な打ち上げ……いや、打ち下ろして見せましょう」


 そして、カハミラは頭を下げて“転移”を発動させこの場を去った。


「それでジュラミールは玉座に?」

「はい」

「あそこが一番安全だ。離れることがないように念押ししておいてくれ。ジュラミールが倒されるわけにはいかない」


 ジュラミールはデストリーネの貴族、兵、国民の全てに洗脳を行っている。


 もしも、ジュラミールが倒れると状況が危うくなることは自明の理だ。


「ウェルム様はどちらに?」

「改築した騎士団長室でジョーカーを待ち構えるつもりだ。シフォードは僕ではなくジュラミールの護衛を任せたい」


 だが、シフォードは顔を顰めて頷かなかった。


「ウェルム様の護衛は……」

「そんな必要はないよ。僕の下に辿り着く頃にはジョーカーは心身ともに消耗している」

「?」


 シフォードは分からないと言ったように首を傾げる。


 ウェルムは騎士団長室に向かおうと立ち上がった。

 そして、扉の前に立って振り返る。


「ジョーカーの相手には君よりもっと相応しい相手がいるってことさ」


 そして、ウェルムは会議室を後にした。


 団長室に向かっている最中、ウェルムは真剣な表情のまま口元を釣り上げる。


「グーエイムが抜けた穴は大きい」


 だが、そんなウェルムの表情は先程よりも軽い。


「驚きはしたけど……母上が課した障害だ。これぐらいはやってくるのは想像した方が良かった。母上は常々言っていた。……壁は大きいほど壊したときの達成感は大きくなる。母上、そういうことですよね。見ていてください。私があなたよりも上だと必ず証明して見せます」


 ウェルムは拳を強く握りしめローブをはためかせ歩を進めていく。

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