第216話 執念

 

 弾き飛されたグーエイムは退いていた隊員たちを巻き込みながらその先にあった大木に背を強烈にぶつける。


 そして、背を大木に沿って座るように地面に落ちた。


 しかし、ドリューガの疲労も大きい。

 片膝を地面に突き片方の拳も地面に突き立て杖代わりにして身体を支えていた。


 さらに先程よりも息切れは激しくなっている。


「はぁはぁ。……よもやここまでやるとは」


 流れ出る汗がポタポタと地面に滴り乱れた息を整える。


「なに、もう勝った気でいるのですか〜?」


 ドリューガが顔をあげるとそこには立ち上がっているグーエイムの姿があった。


 かけている眼鏡のレンズは罅が入り片方は完全に割れている。

 それに気が付いたグーエイムは苛つきを混ぜて勢いよく眼鏡を取りそのまま握力で握り潰してしまった。


「……冷静になったばかりだというのに取り乱しが早いぞ」

「はぁはぁ……だからどうしましたか? そんなことより悪足掻きは止めて貰っていいですか? 今の状態が私たちの差を物語っているでしょう? 隊長はようやく一発を与えることが出来ただけ。ただそれだけ。元一番隊隊長だった御方が往生際が悪いですよ」


 そう捲し立てるグーエイムをまともに相手せずにドリューガはドリューガでグーエイムに言葉を放つ。


「……もう忘れているのか? 我の技を」


 そのとき、グーエイムの全身が光り始めた。

 徐々に魔力の膨らみが大きくなり一目見ただけでも分かるほど顕著に表れる。


 しかし、ドリューガの予想に反してグーエイムは笑みを見せた。


「アハハハハ、“破砕はさい”ですかー? 攻撃方法がワンパターンですね〜。そんなもの私には通用しませんよ」


 その言葉と同時にグーエイムを包む光は突然消え失せてしまった。


「……何が起こった?」

「最後の手土産に教えてあげましょう。私の魔法は“魔力奪取マジックドレイン”ともう一つ。魔力改変マジックチェンジがあります。効果は単純です。相手の魔力を自分にとって最適な魔力にへと変化させる」


 グーエイムはさらに説明を続ける。


「魔力は血液と同じです。つまり、他人の魔力は毒のようなものです。魔力の譲渡は相当な使い手ならば可能かもしれませんができる者は限られている。ましてや勝手に奪って自分の身体に収めれば拒絶反応が出るのは当然のこと」

「“魔力改変”。……そういうことか」


 魔力奪取で奪った魔力も本来ならば外に放出して逃がさなければその魔力に犯されて自滅してしまう。

 魔力操作に長けた者ならば回避法は考えつくだろうがそんな人物は稀にしか見ない。


 そんな奪った魔力を自分のものにへと変化させるのが魔力改変だ。


「お察しの通り隊長の“破砕”は相手に魔力を送り込みそのまま弾けさせるもの。ですが、私の体内に入った時点でその魔力はそっくりそのまま私の魔力になってしまうということです。結局は私の魔力量を増やす糧ということですね。武器だけではなく魔法の面でも私と隊長の相性は最悪だったようでしたね〜」


 言い終えたグーエイムはさらに笑みを深める。


「隊長〜どうですかぁ〜? 自慢の技を破られた気分は〜?」


 そこでグーエイムは今まで奪ってきた魔力の改変も行いグーエイムの魔力量は格段に増大する。

 今まで改変せずに溜めていた理由はドリューガの油断を誘うことにある。


 具体的にはドリューガに一撃さえ当てれば勝てるという考えを定着させることにあった。


 そして、グーエイムの読み通りドリューガは捨て身で一撃必殺を狙ってきた。


 この一撃を当てれば終わりだと考えていたドリューガに残る力はごく僅かだ。


「隊長はもはや虫の息。さて、拷問を再開しましょう。そろそろ鳴いてくださっても……!?」


 グーエイムが言葉を紡ぎながらゆっくりと一歩を踏み出したそのとき急に視界が揺れた。


 直後、喉の奥から込み上げてくる何かに抗いきれず、がはっとその何かを吐き出してしまう。


 それは真っ赤な液体だった。


 さらに頭からもどろっとした液体が伝い目の上に被る。


「……何が」


 急激なダメージに理解が追いつかずグーエイムはその場で蹌踉めく。


 そこで何とか立ち上がったドリューガが霞む目でグーエイムを捉えて笑みを作ってみせる。


「我とデルフの決闘を見ていなかったのか」

「……は?」


 その話が今とどんな関係があるのか理解できずグーエイムは素っ頓狂な声を出す。


「あのときも同じように我の技を破られた。あれから数年、何も対策を練っていないと思うか」


 ドリューガは破砕の魔力を包み込むように別の魔力を纏わせていた。

 その魔力は相手の体内に破砕の魔力を残す役目を終えた後、相手の身体を貫く衝撃にへと変化する。


 すなわち、破砕が無事発動すれば関係ないが発動しなくても十分な打撃を相手に与えることができるということだ。


 これをドリューガは“流動破砕りゅうどうはさい”と名付けた。


 だが、この技にも欠点がある。

 普通の破砕にさらに魔力を加算する分、消費魔力量は凄まじくなっている点だ。


「……ようやく血を流したか」

「はぁはぁ、昔の隊長とは違うわけですね」


 受けた攻撃はただの一発。

 それもドリューガの破砕を封じての一発だけだ。


 だが、それなのにグーエイムのダメージ量は大きすぎた。


(やはり、一番隊を纏めていた隊長の力は侮れない。……見栄を張る場合ではありませんね)


 グーエイムは片手をあげる。

 そして、勢いよく振り下ろした。


 すると後方で待機していた隊員たちが一斉に素早く動き始めた。


「隊長。あなたは危険です。かつての騎士団長ハルザードよりも。こちらも手段は選んでいられません」

「こちらは元よりそのつもりだ」


 大口を叩くドリューガだが一番隊の騎士は精鋭揃いだ。

 そこらの一般兵のような有象無象とは全く違う。


 先程はドリューガが万全の状態だったため一蹴していたが疲労しきった今では攻撃を寸前で防ぐことで精一杯だ。


 そして、隊員たちとドリューガの激闘を後方で眺めているグーエイムは静かに構えを取った。


 己の魔力量だけでは決して到達できない力。

 相手の魔力を奪うことによりようやくその力に到達できる。


 その力の全てを鞭の革紐に収束させる。


「“永遠なる苦痛エターナルペイン”」


 静かにそう告げたグーエイムによる高速の鞭の連打が始まった。


 しかし、グーエイムが鞭を振ったのは最初の一振りのみだ。

 その後は鞭が勝手に動き暴れている。


 まさに一瞬の隙間もない攻撃がドリューガに迫り寄る。


 隊員たちはすぐさま下がるが間に合わなかった者は両断されていく。


「貴様!!」


 威力と速度が桁違いに跳ね上がっており鎧でも紙のように切断されてしまう。

 木はへし折れ地面も削られている。


 もはやグーエイムの鞭は威力が上がりすぎて打撃ではなく切断武器となってしまった。


 ドリューガは“強化”もフル活用して右手の籠手で何とかギリギリで持ち堪えていた。


「ぬう……!!」


 だが、そう持ち堪えているだけでは何の打開策にもなりはしない。


 徐々に後ろに引きずらされ籠手からも軋む音が聞こえてきた。

 そして、そう時間が経たないうちにそのときが訪れる。


 バキッ!!


 軋む音を上げていたドリューガの右の籠手が砕け散ってしまったのだ。


「!!」

「本当にこれで終わりですよ!!」


 グーエイムは即座に命を取るべく鞭を引き戻して力を溜めすぐにドリューガの首元に勢いよく振った。


 だが、そのとき真横から突然衝撃が起こる。


 その衝撃によって狙いを大きく外してしまう。


「何が……」


 グーエイムが前方を向くとドリューガが拳を振り抜いている姿があった。


「くっ」


 狙いが外れてしまったがそれでも鞭の軌道はドリューガの胴体に向かっていた。


 ドリューガは跳ね上がりそれを躱そうと試みる。


 グーエイムは苦し紛れに鞭の軌道を変えた。


 その速度にドリューガは追いつけていなかった。


 バシュッ


 軽い音が一瞬鳴りそしてすぐにベチャっと粘り気のある音が微かに響いた。


「ぐっ……」


 その音の鳴った方をドリューガは視線を向ける。


 そこにはゴツゴツとし鍛え抜かれた右足が落ちていた。


 ドリューガが片足で着地するが姿勢を大きく崩す。


 左の籠手の拳で身体を支えて何とか立ち上がる。

 右足があった部分は血が絶え間なくしたたり落ちていた。


「……狙いは外れましたが即死が重傷に変わっただけです。死ぬまでの時間が長くなっただけですよ」


 鞭の連打を止めてゆっくりと歩を進めるグーエイム。

 だが、その表情に余裕はもうない。


 頭や口元からは血が垂れ服装も軍服が裂けている。

 それでもドリューガに比べたら幾分マシなことか。


「はぁはぁ、ぐっ!」


 立ち上がっていたドリューガだが身体を蹌踉めかせてまたも地面に倒れてしまう。

 再び立ち上がろうとするが膝を突くまでで立ち上がることはなかった。


「もう赤子同然ですね。見るに堪えません」


 グーエイムはパチンと指を鳴らす。


 すると、ドリューガの後方に二人の騎士が出現しドリューガに剣を左右から突き出した。


 ドリューガは躱すことも防ぐこともできず剣は身体を貫き胸部分から切っ先が飛び出した。


「がはっ」


 ドリューガの鉄仮面が完全に剥がれ地面に落ち口から血が吐き出される。

 そして、顔を俯かせて瞳の色は失ってしまった。


 それを見たグーエイムは薄笑いを浮かべながらドリューガに近づいて最後の言葉をかける。


「隊長。今までご苦労様です。どうか安らかにお眠りください。向こうでハイル前王にお詫びでもしてください」


 グーエイムは人差し指をドリューガの額の上に当てて軽く押す。


 力が抜けたドリューガはゆっくりと背から倒れ始め仰向けになって倒れた……かに見えた。


 だが、その途中でその動きは止まった。


 そのとき突如左手の拳が動き一瞬にしてグーエイムの身体を包み込むように握ってしまう。


「なっ……!?」

「はぁはぁ、ようやく油断したな……」

「なんでまだ死なないんですか!? 不死身なんですか!?」


 大声を張り上げるグーエイムを黙らせるように握力が増加し身体を締め付けられる。


「がぁっ……」


 グーエイムは必至に藻掻くが両腕も拳の中にあるため思うように力が出せない。


「グーエイム、確かに我は力及ばなかった。だが、ただで死ぬわけにはハイル陛下に面目が立たん。一番隊隊長として敵将の一人は討ち取らねばならん!!」

「な、なにを……」


 もはやドリューガの命は風前の灯火。


 ここからどのような攻撃をされようともグーエイムを命を奪うまではできない。


 それにグーエイムは時間が経つのを待っていれば良い。

 先に力尽きるのはドリューガが先だ。


「ハッハッハッハ!! 待っていろハルザード!! あの世で決着をつけてやる」


 そのとき籠手がなくなった素手の拳を強く握りしめ振り上げた。

 しかし、力がうまく入らないのか震えている。


「ハッ! そんな力で私を殺せるとでも?」

「グーエイム。ハルザードの前にまずはお前からだ。あの世で再戦といこう」

「あの世? 一体何を……!?」


 そのとき振り上げた右手に魔力が収束していく。


 まだこれだけ残していたのかと驚く魔力量だがグーエイムが感じたのはそれだけだ。

 とてもじゃないがグーエイムを屠るまでの力は備わっていない。


 しかし、ドリューガはグーエイムの予想外の行動に出た。


 右手を振り下ろした先はグーエイムではなく自身の腹部だ。


「……まさか!?」

「貴様に魔力を打ち込んでも意味がないが爆発する対象が我ならどうだ?」


 しかし、グーエイムはドリューガの言葉に聞く耳がなく抜け出そうと必至に藻掻いている。


 だが、グーエイムを縛る拳の力がさらに強まった。


「どこまで……どこまで邪魔をするのですか!!」

「共に参ろうぞ。……陛下、遅ればせながらこのドリューガただいま参ります!!」


 ドリューガに光が灯り始め徐々に内側に秘めた魔力が増大していく。


「あなたたち!!」


 その言葉、いや声色に反応した隊員たちが一斉にドリューガに襲いかかった。


 次々とドリューガの身体に剣が突き刺さっていくが一向に魔力が消える様子はない。

 それどころかますます膨れ上がっていた。


「まさか……このような手をしてくるとは。あの隊長が情けないですね!!」


 グーエイムの最後の手段としてドリューガを煽り正々堂々という立場に立たせようとする。


 だが、ドリューガから言葉は返ってこなかった。


「隊長、どうしたので……!?」


 そこでグーエイムは気付いた。


「死んでる?」


 ドリューガの瞳は暗くなり生気も感じられなかった。

 完全に息絶えていた。


 そして、そのときが訪れる。


「私には……私にはまだ役目が……」


 そして、ドリューガの身体全体が目が眩むほどの輝きを放ち始めた。


「クソ、クソ!! 離せぇぇーーーー!! あああああああ!!」


 ドーーーーン!!


 耳を突き刺す爆音と共に光がグーエイムと一番隊を飲み込んだ。

 周囲に爆風を撒き散らしその爆発範囲は森全体にまで及んだ。


 ドリューガ決死の自爆。


 それによって一番隊と天騎十聖の一人であるグーエイムの消息は絶たれた。


 遺体も消し飛んだ今、ドリューガのこの行動がフテイルの危機を救ったことは誰も知ることはなかった。




 大爆発が収束しその爆発地から抜け出さそうとして這いずっている一つの影があった。


 グーエイムだ。


 顔の半分は焼けただれ、片手、両足ともに使い物にならないほど重度の火傷になっている。


 酷いものは骨が見えかけているほどだ。


 唯一使える右手だけでここまで這いずってきた。


 いつ死んでもおかしくない重傷だがそれよりも酷いのは精神面だ。


(失敗? 失敗? 失敗失敗? 私が役目を果たせなかった。ウェルム様の期待に応えられなかった。どうしてどうして。どうしよう。何が悪かった。どうすればよかった?)


 そうした考えがごちゃごちゃと頭を埋め尽くして冷静な判断ができていない。


「ダイジョウブ、マダ……」


 喉が焼けただれ掠れた声でそう言葉を紡ぎながら少しずつ進んでいく。


 だが、そのとき目の前に人の気配がした。


 焼けただれた顔をゆっくりと上げる。


 血走ったその目に映ったのは全身鎧(フルプレート)を身に纏った騎士だった。


 グーエイムは最初はウェルムが派遣した天兵(クトゥルベン)かと考えたが気配が全く違った。


 騎士は這いつくばっているグーエイムを見下ろしている。


「ア……ナタハ……」


 必死に息を吸って言葉を紡いでいくがうまく発音ができていない。


「タシカ……クロサイア、サント……」


 そのとき、その騎士は剣を引き抜いて下に向けて勢いよく振り落とした。


 剣はグーエイムの左胸を背から貫いた。


「ナゼ……」


 グーエイムは戸惑った視線でその騎士を見詰めて力なく頭を落とした。


 息絶えたグーエイムの姿を見て騎士は剣を引き抜き鞘に収める。


 そして、「ようやく、一人」と呟いた。


 同時に朝日が顔を見せてさんさんと地面を照らし始めた。

 その太陽に目を向けて騎士は呟く。


「いよいよ、開戦。あのウェルム化け物は師匠に任せるしかない。僕は僕の出来ることをするだけだ」


 騎士はそう呟きこの場を後にした。

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