第215話 隠していた嗜虐性
向かってくるグーエイムにドリューガは籠手の拳を大きく引いて放つ。
それをグーエイムは軽やかに躱す。
躱し際に鞭を振るがドリューガは籠手の巨大な拳で防いでみせる。
この攻防はしばらく続きその最中にグーエイムが口を開く。
「フフ、驚いているようですね。なぜろくに戦場に出ていなかった私があなたと互角を演じているのか」
ドリューガはその言葉を無視してさらに拳の連打を放つがそれをグーエイムが軽やかに避け余裕の表情を保ったまま言葉を続ける。
「血を浴びたら正気が保てなくなるからですよ。味方まで傷付けるのは不味いですからね〜。……隊長〜。私が騎士になる前、何をしていたか知っています〜?」
その問いにもドリューガは無言を貫いて構わずに拳を振るった。
だが、グーエイムは向かってきた巨大な拳を無造作に振った鞭で弾いて軌道を逸らしてしまう。
さらにガラ空きとなった胴体に鞭をしならせて間髪を入れずに振って透かさず引く。
反応したドリューガは僅かに身体を逸らすがそれでも避けきれずに掠ってしまう。
普通の鞭ならば掠ったぐらいではダメージにもなりはしないがグーエイムの鞭は普通とは違い革紐に一定間隔で棘が生えている。
掠りでもすれば忽ち身体は引き裂かれてしまう。
現にドリューガの掠った部位からは血液が滲み出ていた。
華麗に着地したグーエイムは柄を握っている手とは別の手で革紐を握り微笑みを向ける。
「拷問官ですよ。罪人が話すまで、話してもずーーーっと痛めることを止めない。悲鳴や命乞い、それが甘美の響きとなって私を満足させるのです!!」
そう言っているときのグーエイムの蕩けている瞳と滲み出る笑みにドリューガは仮面越しで顔をしかめる。
そんなうっとりとした表情をしているグーエイムだが突然悲しげなものに変わった。
「ですが、殆どの人たちは私が満足いかないまま死んでしまうのですけど……ね!!」
ドリューガの意表を突いてグーエイムは鞭を振るう。
だが、ドリューガはその行動を予期していたかのように軽く防いだ。
「隊長〜。すぐには死なないでくださいね!! 私が満足するまで、どうか楽しませてください!!」
そこからグーエイムの怒濤の鞭による連打が再開した。
先程よりも鞭を振る速度は加速しドリューガに攻める隙はなくなり防戦一方となってしまっている。
そもそもドリューガの岩のような拳を持った籠手は近接戦を想定した物で中距離からの攻撃する鞭との相性は最悪だといえる。
距離的な要因だけならばドリューガにも打開策があった。
ドリューガの二つ名にもなっている“破砕(はさい)”。
対象に打撃を加えることにより魔力を送り込みその魔力が徐々に暴発し始め対象ごと弾けさせてしまうという恐ろしい魔法だ。
ドリューガの打開策はその応用として昔、デルフとの決闘のときに使った空気に魔力を送り込み敵の直前で爆発させるというもの。
至近距離でのその爆発はまるで無防備で全力で殴られたかのような衝撃が全身に襲いかかるだろう。
グーエイムといえども体勢が崩れるのは間違いない。
しかし、グーエイムの手数の多さによって肝心の攻撃に移行することすらも封じられている。
「ぐっ……我の技は見切っているというわけか」
「隊長の攻撃はどれもが強力なものばかり。だけど、全て予備動作が大きいのが欠点。好きなように動かせませんよ〜。フフ、為す術なしですね!」
グーエイムの薄ら笑いについに反応したドリューガが防御から攻撃の姿勢に移行する。
だが、それを待っていたグーエイムは口元を釣り上げる。
「やっと、動いてくれましたねっ!!」
そう嬉しそうに声を荒げて鞭を振るった。
バチンッと一歩踏み込んだドリューガの足に放った鞭が直撃する。
だが、グーエイムは目を丸くして驚いた。
なぜなら、足払いしたつもりで強く振ったはずだったのだがドリューガは耐えて立ったままだったからだ。
「ふふ、やっぱり頑丈ですね。ですが、私の攻撃は頑丈なだけでは防げないですよ」
ドリューガが目を細めて訝しむがそのとき自分の身体に制御が効かず急に片膝を地面に突いた。
「……魔力を吸われた?」
「ご名答。流石ですね。一瞬で気が付くなんて」
パチパチと拍手をして称賛するグーエイム。
グーエイムの魔法。
“
その名の通り攻撃した対象の魔力を奪う魔法だ。
「攻撃を当てるごとに一定量魔力を奪います。この鞭、一発でも当たれば魔力的には大打撃ですよ」
「……わざわざ説明するとは口が軽いな」
「ええ。どうぞ警戒してください。避けられるものなら!!」
グーエイムは下向きから高速に鞭を放つ。
それをドリューガは弾くがすぐに革紐の軌道が変わり拳を掻い潜って身体を傷付ける。
鞭による攻撃の危険性をわざわざグーエイムが教えた理由はこれにある。
ドリューガは先程よりも防御に徹底しており攻撃の傾向すら見えない。
耐久戦となれば軍配が上がるのはグーエイムの方だ。
機動力という籠手の弱点もありドリューガは全ての攻撃を防げるわけではない。
その隆々とした身体に傷が無数に増えていく。
勝ちを確信したグーエイムはドリューガが死ぬ前に疑問に思っていたことを鞭を振りながら尋ねる。
「隊長、あなたは私を悪だと言いましたがあなたがしていることと何が違うのですか? あなたは今までも敵ならば躊躇せずに殺してきたではありませんか。私もあなたと同じようなことをしているだけですよ」
こう話している間にもドリューガの身体には傷が増えそれとともに一定量の魔力が吸われている。
そんな状況に置かれているドリューガなのだがその質問を答えるために口を開いた。
「……貴様は陛下に忠誠を誓っておきながら裏切った。陛下に刃を向けた者に加担した。騎士としてあるまじき行為!!」
「……ああ、そういうことですか。なら、前提が違います」
グーエイムは納得がいったようで動かしていた手を止めてドリューガとの距離を離して止まる。
「なに?」
「私が忠誠を誓ったのは昔も今もただ一人。ウェルム・フーズム様お一人です。ハイル前王へのは建前ですよ。一番隊に潜入し手中に収めろというウェルム様の命を受け遂行するためやむを得ずですよ。実際、何も思っていません」
すらすらと躊躇もせずに言ってのけるグーエイムにドリューガは冷静ではいられなかった。
「貴様!!」
勢いよく拳を放つがグーエイムは軽やかに躱してその際に鞭を放ちさらにドリューガを傷付けた。
先程から魔力奪取の攻撃を受け続けドリューガの魔力量も大幅に減少している。
それが疲労に繋がり肩で息をしていた。
「隊長、私は感謝しているのですよ。あなたが隊から離れてくれたおかげでデストリーネの戦力は格段に減少し攻めやすかったと聞いています。こうして私の任務も遂行しウェルム様もジュラミール様とともにデストリーネを治めることに成功している。全てはあなたのおかげですよ。あなたが役目を放棄してくれたおかげで!! ハイル前王は亡くなり今に至っているのですよ!!」
「……はぁはぁ。……ほざくことは、それだけか」
「強がりはよしてください。顔が曇っているころが仮面越しでも分かります、よ!」
その言葉に反応してドリューガは動くがそれと同時にグーエイムは鞭を振った。
鞭は鉄仮面に衝突し左目部分に亀裂が入り割れた。
露わになったドリューガの瞳の色を見てくすりと笑う。
「やっぱり。そんな顔をしてハイル前王がみたら何と思うのでしょうね。例えば、情けな……」
「黙れ!!」
ドリューガは地面に両拳をぶつける。
「!!」
すると大地は膨らみ始め破裂した。
いち早く回避をしたグーエイムだが宙で破裂と同時に豪速で飛んでくる礫に曝される。
礫といえどもその速度が驚異的だ。
まともに受ければ身体を貫いてしまい当たり所が悪かったら即死まである。
グーエイムは鞭を振って砕いていくが全てを捌くには手数が足りない。
所々、軍服が裂けてしまったが致命傷には至らず脅威は去った。
「!? 隊長は?」
着地したグーエイムは視線をドリューガがいた位置、今は破裂によって下半球のような大穴が開いているがそこにはいなかった。
「ッ!?」
背筋が凍る嫌な予感を感じたグーエイムは慌ててその場から後方に飛ぶ。
後方にいた騎士たちは邪魔にならないように既に待避しているため間隔が空いており軽やかに着地をする。
そして自分が立っていた場所に目を向けるとドリューガが拳を振っている姿が目に入った。
あのまま立ち続けていたらその拳が直撃していたのは間違いなかっただろう。
「さすがに肝を冷やしましたよ」
「くっ……」
恐らくドリューガにとってグーエイムは今までで誰よりも戦いにくい相手だろう。
自分の攻撃を掻い潜りじわじわと追い詰めてくる。
身体的なダメージよりも魔力の減少による疲労の方が大きい。
痛みならばまだ我慢が得意だろうがこんな追い詰められ方は歴戦の強者であるドリューガにとっても初めての経験だろう。
「相当に参っているようですね。……そろそろ終わりにしましょうか。私にも役目が残っていますので。……思いのほか楽しかったですよ」
血を浴びたことによる酔いに似たグーエイムの変化も治まってきたせいか冷静になりそう告げる。
懐にしまっていた眼鏡をかけてくいっと人差し指で上げる。
「大丈夫です。隊長は無駄死にはなりません。もちろん、あなたが尊敬するハイル前王もです」
何が言いたい?と言いたげなドリューガの視線にグーエイムは溜め息をつく。
「誤解しないで欲しいのですが、何も私はあなた方が憎くて敵となっているわけではありませんよ。強いて言うのならば我々の目的を遂行する障害となったから排除した。ただそれだけのこと」
「何だと……」
「そう、私たちは始めからハイル前王のことは狙っていませんでした。いなくなれば悲願に近づくから殺しただけ。ですが、安心してください。全ての命はウェルム様がお造りになる平和な世界の犠牲、いえ礎になり生き続けているのです!」
グーエイムはぱちんっと鞭で地面を叩きその勢いのままドリューガに放つ。
疲労しているドリューガは腕を垂れ落としており鞭の軌道は首を狙っている。
「隊長のことは忘れませんよ。これで終わりです!!」
グーエイムは首を跳ねるつもりで豪速で放っておりもはや防ぐための時間はないと確信していた。
だが、ドリューガは流れるように籠手を上げてその鞭を弾いてしまった。
「なっ……。まだそんな力が残っていましたか!?」
だが、それで終わりではなかった。
弾いた鞭を籠手の拳で握りしめたのだ。
そして、グーエイムに考える暇を与える間もなく全力で引っ張った。
「え……?」
グーエイムは何が起きたか分かっていなかった。
気が付いたときには鞭を握っている逆の拳が強く握りしめられ腰を入れて振り抜かれていた瞬間だった。
「貴様が……終わりだ!!」
その巨大な拳はグーエイムの全身に激突し弾き飛ばした。
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