第207話 稽古
フレイシアとナーシャが同盟国の王を集めた大連合会議に赴いたとき、デルフはフテイルの王城にある野外の稽古場にてソナタと向き合っていた。
少し離れたところには哀状態の小さいクロークが地べたに座ってこちらを眺めている。
ソナタはゆっくりと鞘に収めている剣を引き抜く。
しかし、剣は氷山の一角で他にも斧、槍、弩弓など多彩の武器を身につけていた。
「いつでもいいぞ。遠慮せず、殺す気で来い」
「はい!!」
返事をした後、ソナタは息を大きく吐き目を鋭く光らせる。
「行きます」
ソナタが地面を蹴る。
瞬く間に構えもしないデルフとの距離を詰めていく。
(いける!!)
間合いに入ったソナタはデルフの脳天に目掛けて片手で持った剣を素早く振り下ろす。
キーンッッ!!
完全に捉えたと確信していたソナタに動揺が走る。
「それは……」
デルフの手元を見ると左手で黒い短刀が握っておりそれでソナタの剣を受け止めていた。
ソナタの剣と比べて一回り小さいはずなのだが力は均衡、いやむしろ押し返されている。
「くっ!!」
堪らずに空いているもう片方の手を剣に伸ばして両手で握り力を込める。
「力勝負にこだわるな」
ようやく力勝負に勝機が見え始めてきたのも束の間、デルフが剣ばかりに目に行くソナタに蹴りを放つ。
「がっ!!」
直撃したソナタはそのまま弾き飛ばされる。
それでも何とか体勢を整えて地面に転がることなく着地に成功する。
すぐさまデルフの持っている短刀に視線を向けた。
「その剣、前のと違いますね……」
前までならばソナタの一撃はデルフが作り出す剣を砕くことができていた。
もちろん、デルフが防ぐことを予測していたため砕くつもりで力も込めていたのだ。
それでも難なく防がれてしまった事実にソナタは動揺を隠せなかった。
「そうか、お前は初めてか。こいつはルーと言って俺の相棒だ。普通の魔法剣ではないぞ。これを砕くことはまず無理だと思え」
「なるほど。……鍛錬を重ねる度に力の開きが遠くなっている気がします」
そう言ってソナタはトントンとその場で跳ね力を抜く。
そして、一言。
「……50%」
そう呟くとソナタの魔力量が急激に上昇した。
ドンッと轟音が鳴ったと同時にソナタは剣をデルフの胴体に放っていた。
それをデルフは受け止めるが今度はもうソナタの動きは止まらない。
幾ばくもの打ち合いをしてようやくソナタは後ろに下がる。
「やはり、これでも駄目ですか」
デルフの表情はまだ余裕がありソナタはその底知れない力に苦笑いをする。
「さすがは騎士団の副団長を務めていた御方。私ごときでは歯が立ちませんか。……ですが、一泡ぐらいは吹かせてみます!!」
ソナタは再び出力を上げようとする。
暴走対策としてヨソラの”
前までと違い今ではソナタはその檻の大きさを自在に動かすことによって自身の魔力を制御することができるようになっていた。
つまり、小さくすれば低出力、広げれば大出力に変化する。
(それでもまだ八割ほどまでしか引き上げられない。それだけでは師匠に通じるとは思えない。だけど虚を突くことはできる)
ソナタは現在自身が引き上げられる最高値まで出力を上げる。
「80%!!」
そして剣を構えて動こうとした直後、ソナタの足が急に止まる。
「……な、なに!?」
身体が震えて動かなくなっていた。
ソナタは気が付く。
黒い力の波動がまるで鼓動のように周囲に飛んでいたのだ。
その発生源はデルフが持っている短刀となったルーからだった。
さらにソナタの目に異変が起きる。
その目に映し出されたのは自身の無残に最後の姿。
それは自分では決して見えないはずの姿だ。
その時点で幻覚だと理解しているはずなのにソナタの震えは止まらない。
「終わりか?」
外からデルフの声が聞こえてくる。
それでソナタは正気を取り戻した。
「はぁはぁ……」
ソナタの額から汗が流れ落ちる。
息切れの量も先程の打ち合いの後よりも酷かった。
(まさか、精神的な攻撃の方が身体の負荷が大きいなんて。師匠に感謝ね。まさかこんな経験ができるなんて……)
息を整えたソナタは口を開く。
「凄まじい力です。あれほどの鮮明な幻覚を見せられるなんて」
「これがルーのもう一つの力、“
「もちろんです。次の技で最後ですよ。もうそれは通じないと考えてください」
「ふっ、大口を叩いたな。なら、見せて貰おうか」
デルフは不敵な笑みを浮かべながら再び“死の予感”を発動させる。
刀身から放たれる波動がソナタに触れる前にソナタも技を使う。
「80%……
そう呟くと瞬く間にソナタの瞳の色が褪せる。
視線は確実にデルフから外れていた。
そして黒の波動がソナタを通り過ぎる。
だが、言っていたとおり動じている様子は一切ない。
「……確かに効いていないようだな」
そうしている間にも既にソナタは動き出している。
ゆっくりと歩いているが徐に背に手を回して弩弓を掴む。
そして、デルフに目掛けて打てるだけ打ち続ける。
デルフはそれを躱し続けるが気が付くとソナタが目の前にいた。
相変わらずソナタの視線はデルフを捉えていない。
「ちっ……」
振り下ろされた剣をデルフは短刀で受け止める。
だが、それは間違いだった。
ソナタが振り下ろした剣の威力は先程とは桁違いであり短刀との衝突による衝撃が周囲に走る。
デルフは何とかその威力に耐えることができたが地面は別だ。
デルフの足は固いはずの地面に罅が入り沈み始める。
「これで80%か……ルー行くぞ」
デルフは力を入れて剣を押し返し体勢を崩すソナタの隙を突き飛び上がる。
だが、体勢を崩していたはずのソナタがさらに上空へと先回りしていた。
「ルー!!」
ソナタが手を肩に回して斧を掴んだのを見てデルフが叫ぶ。
すると、デルフの手から短刀が勝手に離れて黒い煙をボンッと出現させた。
短刀は煙に包まれソナタは構うことなく斧を振り下ろす。
返ってきたのは甲高い金属音だ。
煙が晴れ姿を現したのは黒い円形の盾だった。
ソナタはそれを見ても顔色一つ変えなかったがすぐに脇腹に衝撃が走る。
それは煙に紛れて背後を取ったデルフの蹴りによるものだった。
そのまま地面に叩きつけられるソナタ。
だが、すぐに平然と立ち上がった。
「直撃したはずだが、手加減しすぎたか?」
流石のデルフもこうも平然とされるのは予想外だった。
ソナタはそう呟くデルフを無視して攻撃を続ける。
「第二楽章」
剣と斧を両手に持ち器用に連続して振り続ける。
まるで別人に変わったかと感じるほどに武器を振る癖や速度が全く違った。
デルフも隙があれば反撃するつもりであったが防戦一方で攻撃に転じることができていない。
なぜなら、一つの動作を間違えでもすれば逆に自分の身体を傷付けてしまうほどのすれすれの攻撃をソナタは続けているからだ。
そこに一切の隙間すらない。
そこから数十分、途中でさらに変則的な攻撃に変わったりもしたが何とかデルフは凌ぎきることができた。
最後の一撃を防ぐとソナタは飛んで後ろに退いた。
そして、ソナタの目に光が戻る。
「……ぷはぁ。はぁはぁ……うっ!! いたた……」
急にソナタが激しい息切れと今頃になって脇腹の痛みに悶え始めた。
何とか痛みに耐えてデルフに目を向ける。
「……掠り傷もありませんか。まだまだ師匠には追いつけそうにありません」
「いや、十分に驚いたぞ。これはどういった技なんだ?」
デルフがそう尋ねソナタは説明を始める。
技名は“
そこからの派生として〜の舞というように多々の攻撃パターンがある。
そして、この技の特徴は一度発動させると意識がなくなり予め決めた攻撃を必ず遂行する。
第一楽章から第四楽章までありそれぞれ攻撃の速度や癖が異なっている。
デルフが感じていた別人と戦っているような感覚はそれが理由だ。
意識がなくなるという点はデメリットと思えるが痛みや疲れなどが感じなくなるという利点もある。
そのため、隙間のない怒濤の攻撃も可能にしているのだ。
ただ注意すべき点は決して疲労や受けたダメージが消えるわけではない。
全てを遂行した後に纏めて襲いかかってくる。
「確かに強力だが、今のようにもし防ぎきられた場合の策も考えていた方が良いな」
「防ぎきれるのは師匠ぐらいでは……」
「何か言ったか?」
「い、いえ!! 了解しました!!」
ソナタは立ち上がり敬礼をする。
そのとき、傍で座っていたグローテが立ち上がった。
その視線はデルフたちではなく別の方に向いている。
「グローテどうした?」
「帰ってきた」
その言葉と同時にフレイシアとナーシャが帰ってきた事を知らせる鐘の音がフテイル中に鳴り響いた。
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