第206話 大連合会議
「まずは一人欠けることなく私の呼びかけに応えてくださったこと。感謝します」
フレイシアは立ち上がり深々と頭を下げる。
「もはや話はデストリーネの内輪揉めという話では済まなくなっている。日に日に巨大になるデストリーネに対抗するためには敵同士というのは忘れ協力するしかない。フレイシア殿が言わなくても俺から各国に声をかけていた」
ジャンハイブはそう重々しく言葉を述べる。
「ジャンハイブ殿がそこまで仰るとは……」
その言葉を聞いたフィルインが目を丸くして驚いている。
それもそのはず、この場で誰よりも武勇に名高いジャンハイブがボワールだけでは勝てないと言っているに等しい言葉だからだ。
「俺のこの左腕……」
ジャンハイブは今はもう無くなった腕があった箇所を見る。
「それはあたしも気になっていタ。どこの誰にくれてやったのダ」
「デストリーネの天騎十聖と呼ばれる騎士の一人だ。……疲労していたと言い訳はできるがそれでも油断はしていなかった。それほどまでに強かった」
ジャンハイブは右の拳を強く握り悔しさを滲ませる。
「その騎士だけでも厄介極まりないと言うのにだ、そんな猛者がまだあと九人いるとなると我が国だけでは勝てる見込みはない」
断言するジャンハイブ。
「なるほど……そこにジョーカーもいるというわけですね」
「ジョーカー?」
ジャンハイブが首を傾げるが事情を察してそれ以上はなにも言わなかった。
「天騎十聖だけではなく魔物の軍勢も十分な脅威よ。英雄さんが勝てないと断言するほどなのだからどの国でも単独じゃ勝算は皆無ね。この場に集まった全員、この一大事を理解して来ていると思って結構よ」
そうミーニアが続く。
「己の力に自信があるからこそ降伏を一切許さず滅ぼすと宣言しているのでしょう」
「まぁ皆、小国連合が滅んだと聞いて明日は我が身って状態なのよね〜。利害が一致したと思っていいんじゃない。フテイルのようにフレイシアのためって言うほうが少ないんだし」
ナーシャが軽い口調でフレイシアをフォローする。
「お心遣いありがとうございます」
「それでフレイシア殿。これからどう動くのダ?」
アクルガがフレイシアに尋ねる。
「結論としては数日後、全軍勢を率いてデストリーネ本国に攻め上ろうと考えております」
「数日後か。思っていたよりも早いな」
ジャンハイブは考える仕草をする。
「具体的な策は私に代わってフテイルの軍師であるタナフォスが説明します」
その言葉の後、ナーシャの背後に控えていたタナフォスが一礼する。
「では、早速だがタナフォスとやら。数日後と言ったがなぜそんなに急ぐ? 勝負を急ぐのは危ういかと思うが」
ジャンハイブが開口一番にタナフォスに尋ねる。
その質問にタナフォスは冷静にそして的確に答えていく。
「第一の理由としてデストリーネは小国連合を滅ぼし動きを止めたということはデストリーネも無視できないほどの損害を被ったはず」
「叩くのは今のうちと言うことか」
「わざわざ万全になるまで待ってやることもなイ。あたしの矜持に反するが……事が事ダ。仕方ないだろウ」
この場には昔のアクルガを知る者は少ない。
もし知っている者がいたのならば今のアクルガの言葉は昔ならば絶対に言うことはなかった。
断固として相手が全力を出せるまで待ちそれを完璧にねじ伏せるという正々堂々の精神そのものがアクルガだと言っても過言でもないからだ。
現にアクルガのことを良く知るノクサリオは驚愕を露わにしていた。
もし、デルフもこの場にいたのならば同じ反応しただろう。
「そして、第二の理由。デストリーネを相手に後手に回ることは避けなければなりません。相手は天騎十聖という猛者に加え魔物の軍勢、そして強化兵と戦力が豊富なのはご存じのはず」
「強化兵?」
ミーニアが首を傾げる。
「人が魔物化した存在と考えてもらって結構です。以前、フテイルの侍大将が相対しましたが苦戦の末ようやく勝てたほどの厄介な存在です」
「フテイルの武将の実力は他の国よりも嫌と言うほど理解しているわ。なるほど、まだそんな厄介な相手がいたのね」
ミーニアは深刻そうな表情をして理解を示す。
それを見たタナフォスは話を続ける。
「……言い方は悪いのですが我らに連携力はありません。いくら大軍といえども連携力がなければ烏合の衆と同等です。そんな我らが後手に回って敵より有利になることはありません」
「なるほどな。理由は納得した。……それで肝心の策を聞かせて貰おうか」
タナフォスは頷き机に広げた地図を指さす。
「此度の大戦、総力戦になることは必至。されど先程申し上げたとおり我らに連携力はありません。ならば各方面に軍勢を分け同時に攻め上る」
「そうカ。それならバ、敵の戦力を分断するとともに我らの舞台に上がらせることができル」
「各国ごとで軍勢を分ければ連携力は関係ないか」
そして、タナフォスは同時に攻め上るに当たって抑えておきたい地点を指さしていく。
大まかには西方面、東方面、そして南方面。
そこから一気にデストリーネ本国がある北に攻め上るということだ。
「ですが、一つ言っておきたいのは抑えておきたい地点と言いましたがそれは敵も同じ。恐らくこの地点で戦端が開かれるとお考えください」
各王たちは重々しい空気を纏い考えに耽る。
「では、陣容を説明します。此度の戦力で最も大きいジャンハイブ殿率いるボワール勢には西方面をお願いしたい」
「ほう、てっきり正面を任されると思っていたが何か理由があるのか?」
「ええ、もちろん」
やはり的確な指摘をするジャンハイブにタナフォスは感嘆してしまうが顔には出さない。
だが、フレイシアは微かにタナフォスが笑みを浮かべていることを見逃さなかった。
(ふふ、もしデルフがここにいれば同じような顔をするのでしょうね)
そう考えているうちにも話は進んでいる。
定石ならば正面から攻める軍勢を最も大きくするもの。
正面を突破されればその時点で決着と言っても差し支えない。
タナフォスも事前に練っていた策では正面にボワールを配置するつもりだった。
しかし、会議が始まる前に想定外の報告が入り急遽変更したのだ。
「一つ気掛かりなことが」
「気掛かり?」
「西国のノムゲイルです」
「ノムゲイルか……」
「先程、ノムゲイルに送った書状の返書からは同盟に参加と不可侵条約を結びましたが兵を出すとも
「兵を出す、カ。確かに気掛かりだナ」
アクルガもそのノムゲイルの怪しげな動きを懸念する。
「ノムゲイルは現在のデストリーネに大敗した過去がありますわ。ですがそれはノムゲイルが起こした戦争です。つまり、ノムゲイルの野心は大きいとみるのが妥当でしょう」
ミーニアもノムゲイルの危険性について述べる。
「確かにな。だが、ノムゲイルの警戒とデストリーネの戦となると俺ら一国だけでは悔しいが難しいだろう」
「それについてはご心配なく、こちらからは五番隊を同行させます」
それを聞いたジャンハイブは驚いた視線をタナフォスではなくフレイシアに向けた。
「いいのか? 五番隊はフレイシア殿の唯一の戦力じゃないのか?」
「構いません。今回の戦は絶対に勝たないといけない。出せるものは全て出します。それに私にはまだ頼れる仲間がいますのでご心配なく」
「そうよ〜。フレイシアは私たちフテイルが守るから」
「だとしても……」
ジャンハイブが戸惑うのも無理はない。
フレイシアは言っている意味は五番隊を他国であるボワールに預けると言っているのだ。
言い返そうとしたジャンハイブだったがぐっと言葉を飲み込んだ。
フレイシアがそれほどまでにジャンハイブを信頼していることに気が付いたからだ。
「了解した。西方は任せろ」
フレイシアの覚悟と信頼を確かに受け取ったと思わせる何かがその言葉の中にあった。
「次に東方面はアクルガ殿率いるジャリムとソフラノ王国率いるフィルイン殿にお任せしたい」
「承知しタ」
「微力ではありますが全力を尽くします」
アクルガとフィルインがそう返事しタナフォスは頷き言葉を続ける。
「正面からは我らフテイルとミーニア殿率いるシュールミットで攻め上ります」
「ええ、もちろんよ〜」
「分かりました」
ナーシャとミーニアが承諾する。
「私は盟主としてフテイルと共に攻め上ります」
知っている者は知っているがフレイシアの配下には一番隊だけではなく精鋭の“白夜”も存在する。
“白夜”の面々は誰もが天騎十聖に引けをとらない猛者達だ。
指揮権は筆頭であるデルフに任せているが恐らく各地で暴れ回ることになるだろう
「なるほど、これは各国の腕比べというわけか。滾るな」
ジャンハイブが笑みを浮かべながら身体に力を入れている。
「だからといってまた特攻なんてしないでくださいよ」
ジャンハイブの背後に控えている腹心の配下であるブエルがそう釘を刺す。
「分かっている。俺ももう若くはない。手柄は若い連中に譲ってやるさ」
「そんなこと言っているわけではないのですが……」
そのとき、ミーニアの口が開く。
「一つ、聞いておきたいことが」
「遠慮なく何なりと」
「敵の主要人物、天騎十聖についてどこまで知っているのですか?」
「確かニ、特徴を知っていれば対処がしやすイ」
当然の質問だ。
しかし、フレイシアもそこまで詳しくない。
言い淀み困っていると後ろから救世主が現われた。
「それに関しては俺から説明する」
「あなたは?」
そう反応するのもおかしくない。
今のグランフォルは怪しげな仮面を被っており不気味だからだ。
「フレイシア陛下の配下の一人でグランと言う。早速だが本題に入る」
じーっと見続けるフィルインの視線を無視してグランフォルは懐から魔術書を取り出す。
ページをめくっていきある場所に辿り着くと片手の掌を上に向ける。
すると、そこから魔方陣が浮かび上がりその上に七名の人物が立体的に映し出された。
「天騎十聖の中でもこの七人が敵の主力と考えてくれて良い。まず、こいつが敵の首魁であるウェルム・フーズム」
グランは魔術師のローブに身を包んだ青髪の青年を指さす。
「魂魄魔法という強大な魔法を操り昔の名を馳せた英雄達を呼び寄せている。信じられないかもしれないが、こいつはあの大魔術師ケイドフィーアの子でもある」
その一言でこの場は動揺に包まれる。
「ケイドフィーアだと……」
そして、次々とどこから仕入れた情報なのか映し出した天騎十聖の後の六名について説明していく。
それはフレイシアも知らない事だった。
どの人物も昔話に出てくるほどの英雄達の名前だった。
ただしジュリカネに関してはカハミラと改名している。
さらに戦い方などグランフォルは自分の知る限りを述べていく。
説明が終わった後、室内は沈黙に包まれた。
だが、その常識外れの力を聞いて怯えてしまったからではない。
全員は拳を強く握り静かに精神を研ぎ澄ませていたからだ。
「この中で特に危険なのはウェルム、カハミラ、シフォードだ。こいつらとは絶対に一人では戦うな。戦えば確実に命を落とすぞ」
念を押すグランフォルの覇気に気圧される各王たち。
そこにぺしっとグランの頭を叩いてくる小さな少女。
しかし、軽い音と裏腹に壮絶な痛みがグランフォルの頭を襲い思わず頭を抑えている。
「グラン、失礼」
「お前、加減を……」
「コホン!!」
フレイシアが咳払いしたことにより二人は姿勢を正して黙る。
「ふふふ、まさか過去の英雄たちと戦える日が来るとはな」
「ハッハッハ、あたしの力の見せ所ダ!!」
気が合いそうな二人の言葉から敗北の文字は一切なかった。
「では、各々方。ご武運を。再び一堂に会することを願っています」
そして、会議は終わった。
一番にアクルガが飛び出していきそれを慌ててノクサリオが追いかけていった。
次々と退出していき最後に残ったのはナーシャたちとシュールミット女王ミーニアだ。
「じゃあ私も行こうかしら。じゃあまたね。フレイシア」
「あっ、ミーニア待ってください」
フレイシアが配下を引き連れて立ち去ろうとしたミーニアを呼び止める。
「何かしら?」
「一つ助言を。背後……弟さんに気をつけてください」
その言葉でミーニアの表情も険しいものに変わる。
「気が付いていたのね。……ええ、もちろん。王は私だもの。これ以上、弟の好きにはさせないわ」
そう言ってミーニアは立ち去っていった。
そして、数日後フテイル周辺に集まっていた大軍勢は各々の地点にへと大移動を始めた。
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