第184話 現状報告
それからデルフたちは別の簡易住居へと場所を移し椅子に腰掛けた。
アクルガが壊してしまった簡易住居よりは小さいがそれでも十分広くこれからの会議をするのに問題はない。
この場に集まったのはデルフ、アリル、ヨソラ、アクルガ、ノクサリオの五名だ。
ちなみにリラルスもデルフの後ろに浮いているがデルフとヨソラ以外には見えないのでカウントしていない。
縦に置いた長机の最奥の上座にアクルガ、ノクサリオはその右側、デルフたちは左側に囲むように座っている。
「まずはデルフ。先程までの無礼はすまなかっタ」
席に着いてすぐにアクルガは座ったままデルフに頭を下げた。
「全くお前は律儀だな。……俺も色々と経験してきたからな。何もできなかった、その気持ちは理解できていると思っている。……さっきのことは全て水に流して遠慮なく進めて欲しい」
「感謝すル。それではお前が言っていたヴィールについて聞く、前に一ついいカ?」
「ああ」
そこでアクルガの視線がチラチラとデルフから外れていることに気が付いた。
デルフはその視線の後を追ってみると隣に座っているアリルで止まる。
「そのなんダ……大分格好が変わっているが、そいつはアリルだよナ?」
「はい。そうですが?」
デルフの代わりにアリル本人がその質問に答える。
「百歩譲って脱獄していることは納得しよウ。だが、なぜお前と一緒にいル?」
どんな質問が来るかと身構えていたデルフだがその言葉を聞いてそんなことかと拍子抜けする。
「そう! それ! 俺も聞きたかったんだよ!」
ノクサリオもアクルガの質問に同調した。
別に隠すこともないのでデルフは手短で正直に説明する。
「戦力になる人員が欲しかったからな。誘ったんだ」
「ハァ?」
「はぁ?」
殆ど同時に同じ反応を見せた二人。
我知らず仲が良いなと和やかな気持ちになるデルフ。
「誘ったって……まさか脱獄させたのは……」
「俺だが?」
もはや驚くことに疲れたノクサリオは苦笑いをしている。
「……よくアリルを誘おうと考えたな。こんなやばいやつを」
「はぁ? 喧嘩を売っているのですか?」
「げっ……」
アリルの鋭い視線に身構えるノクサリオ。
「アリル、落ち着け」
「はい。デルフ様」
アリルはデルフが窘めると殺気を剥き出しにしていた視線が綺麗さっぱり消失し満面の笑みを見せた。
(気が短いのが問題だな……)
そこでデルフは突然周囲が静かになったことに気が付いた。
ノクサリオに視線を向けるとぽかーんとこちらを見詰めていた。
アクルガも又然り。
「ど、どうしたんだ?」
デルフは戸惑った表情でそう尋ねるとアクルガはふっと笑った。
「なるほド。そういうことカ。人のことは言えんがお前も大分変わったようだナ」
アクルガはアリルに笑いかける。
「アクルガさん。お久しぶりです。僕はあなたのこと嫌いではありません、がデルフ様を傷付けたのはいけませんね。あれは殺意が湧きましたよ。……二度とこのようなことがないようにお願いしますね」
アクルガに物申すアリルの姿はデルフでも少し背筋が寒くなった。
かなりの殺気を込めたそんなアリルの視線を受けた張本人であるアクルガだが一切の顔色を変えずにそれを一身に受け止めて深く頷く。
「アア、約束しよウ」
アリルの視線は一切揺るがずにアクルガを定めていた。
だが、そのとき隣から小さな手が伸びアリル肩をちょんちょんと叩く。
アリルはハッと気を緩めてその隣に座っている少女に目を向けた。
「お、お嬢様……ど、どうしましたか?」
その少女は今にも泣き出しそうに目を潤ませていたためアリルは慌てふためく。
「アリル……こわ、い」
「も、申し訳ありません!!」
アリルがぺこぺこと頭を下げヨソラがぷんぷんと怒っている。
場の急な変わり様に呆気にとられるアクルガとノクサリオ。
そして、デルフは滞っていた話を進ませようとする。
だが、またもアクルガの目はヨソラに釘付けになっていた。
「アクルガ……聞いたら驚くぜ」
「何をダ?」
「あの子、デルフの娘だとよ」
「!?」
アクルガは思わずヨソラを二度見する。
「そ、それは本当カ?」
「ああ」
「……何が起きるか分からないものだナ」
考えるのを諦めたアクルガはやれやれと首を振る。
「それで……いいか?」
「アア、すまないナ。話の腰を折って」
そして、デルフは今の自分の、フレイシア勢の現状と敵の全容を説明した。
全てを聞いたアクルガは疲れたように椅子にもたれ掛かる。
「想像よりも緊迫しているナ。いや、こんな遙かに強大な敵によくぞここまでとも言えル」
「大国全てと協力した大戦争か。規模がでかすぎて夢物語だ。けど、敵の戦力を聞けばそれも納得だな」
神話に出てくる英雄級の実力者である天騎十聖、騎士が複数人がかりでようやく仕留められる魔物、その軍勢。
それに元々デストリーネに備わっている兵力も忘れてはいけない。
天騎十聖や魔物と比べれば見劣りするが昔はその兵力だけで大国一の座を守ってきたのだ。
さらにもう一つデルフはフテイルでの戦いを思い出す。
(強化兵……姉さんたちが苦労した末に倒した存在。あれから見ることはなくなったがあれは魔物よりも厄介だ)
その理由は人をベースにしているためもしかすると知能が備わっているかもしれないということだ。
見たところ魔物は精密な命令はできていない。
それが強化兵も同じだと考えるのはあまりにも危険だ。
デルフはデストリーネに強化兵の軍勢もあると考えて動くことを決める。
そして、この強化兵の存在についてもアクルガたちに説明する。
その説明の後、アクルガから返ってきたの強い憤りだった。
「デストリーネ……ジュラミールと言ったカ、現王ハ。民を実験台にするとハ……、民を守るべき存在が、そのような所業ヲ……。その毒牙に我らも苦しめられヴィールは今まさに苦しんでいるということカ」
アクルガは歯ぎしりをして強く拳を握りしめる。
「ボワール、ジャリム、シュールミット、ノムゲイル。この四大国と同盟を結び一斉に決戦を行う。大体分かった」
ノクサリオが冷静に現状をまとめて頷いて見せているがまだ顔は暗いままだ。
それもそのはず、デルフの算段でもこの理想を叶えてようやくデストリーネと真っ正面から戦えるようになる。
つまり、必勝の策ではないのだ。
だが、これしか最適な方法がないのも事実。
「今、味方に付いているのはボワール、そしてフテイル、ソフラノを主軸とした小国の連合だ」
ボワールが味方に付いたことによりその周辺国家はこちらの味方に付き戦力は前と比べものにならないほど伸びている。
デストリーネが降伏を一切受け付けないと明言しているため簡単に味方に付いてくれたのだ。
こればかりは向こうの方針に感謝しなければならない。
(ウェルムの奴は倒すべき敵が集まってくれてラッキーとでも思っているだろうけどな)
だが、その油断が命取りになるとデルフは確信している。
「それデ、お前は何を考えていル?」
「何を……とは?」
「お前のことダ。デストリーネを打倒した後についてのことは考えているのだろウ」
デルフは口元を釣り上げて答える。
「フレイシア様はこの同盟の盟主だ。もしもこの戦に勝つことができれば世界の救世主となるだろう。それで大義名分になる」
その説明だけでアクルガは妙に納得がいったらしい。
「そうカ……。それは夢があるナ」
デルフの策は大国の助力が不可欠だ。
それだけでも難しいのだが現状はさらに難しくなっている。
(ジャリムがこんなに早急に滅びてしまったのは少々誤算だった)
一つの大国を失った痛手は大きい。
不幸中の幸いとしてはジャリムが敵になる心配がなくなったということだけだ。
「なぜお前がこんなところまで来ているかと思ったガ……ジャリムの様子を見に来たというわけカ」
「理解が早くて助かる。ジャリムは数ある部族の集まりで国になったと聞いた。ならば再起を図っていると考えそれを取り込めないかと思った次第だ」
本来ならばフレイシアの味方になってほしいが今のデルフがその配下だと知られるのは不味い。
既にデルフ・カルストという名の騎士は死んでいる。
今のデルフはデストリーネ王国の反逆者であるジョーカーだ。
しかし、デルフはこの名前を有効活用するべく全ての悪評をこのジョーカーに請け負って貰おうと考えた。
裏で動いた方が事を運びやすいからだ。
しかし、ジャリムを味方に引き入れることに関してはデメリットとなってしまう。
ジョーカーであるデルフがフレイシアの名前を出すことはできないため同時にフレイシアの味方になるようにと説得することもできない。
そのためデルフができることはデストリーネに攻めるように誘導させることぐらいだ。
そもそも今回はフレイシアが単独でシュールミットと同盟を結ぶ間の情報収集が主な目的だった。
ジャリムの取り込みは、できたらいいなという副目的に過ぎない。
何より、アクルガたちを味方にすることによってその副目的を達成できたと言える。
アクルガの実力は今のジャリムよりも大きな戦力だとデルフは評価しているからだ。
デルフの考えを聞いたアクルガは頷きを何度も繰り返した後、とんでもないことを口にする。
「ならばデルフ。その役目、あたしが引き受けよウ」
デルフの懸念を吹き飛ばすようにアクルガは胸を張って答えた。
「どういうことだ?」
「簡単な話ダ。あたしがジャリムに赴き国としてまとめ上げル。なにあの国のやり方なら知っていル」
アクルガのその堂々とした物言いにデルフは言葉が出なかった。
しかし、思考は冷静に駆け巡っていく。
(確かに……アクルガがジャリムをまとめればかなりの戦力になる。そして、アクルガはその素質がある)
抱いていた懸念がアクルガが行くという一言で全て払拭された。
「任しても良いか?」
「当たり前ダ。お前の苦労に比べればこんなこと些細なことだ」
そしてアクルガはジャリムは拳があれば何とかなるからナ、と言葉を重ねた。
国を纏める。
その言葉の重みは感じることはできるがデルフには些か現実味がなかった。
それもただの国ではなく一度滅びた国だ。
その困難さは言うまでもない。
だが、不思議とデルフはアクルガなら任せられると思った。
ノクサリオも同じ気持ちだったらしく、アクルガが復活したなら俺たちは大丈夫だと言っている。
「だガ、デルフ。一つ譲って欲しいことがあル」
「なんだ?」
「ヴィール……ヴィールを救う役目、あたしに任せてくれ」
これだけは譲ることができない。
アクルガの視線からその気持ちがひしひしと伝わってきた。
「それは俺から頼みたい。ヴィールを救って欲しい」
ドーンッッ!!
そのとき、外からそんな轟音が響いてきた。
「な、何だ!?」
ノクサリオとアクルガが簡易住居から飛び出してデルフたちもそれに続く。
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