第158話 停滞する侵攻
円卓の丁度真ん中に位置を取っている現デストリーネ国王ジュラミールは苛つきのあまり足が小刻みに震えていた。
その原因は今の戦況にある。
「どうなっているんだ。なぜ、小国相手にこんなにも手間取る。我が軍勢は大国ジャリムを圧倒するほど強大なはずだ」
確かにジュラミールの言う通りだが今はその軍勢の状態が違った。
「フテイルでの戦いが痛かったね」
フレイシアを確保するためにあのとき殆どの魔物を送り込んだがデルフの手によって全てと言っても大差がないほど屠られてしまいその数は極端に減ってしまったのだ。
魔物を作り出すために時間を考えればこの損失を補うまでかなりの時間を要してしまう。
(ジョーカー相手にただの魔物じゃ時間稼ぎにもならなかったか……)
しかし、侵攻が遅れているのはそれだけが理由ではない。
ジュラミールは小国相手と軽んじていたが相手にしているのは一国だけではなかった。
ウェルムは世界を変えるため話し合いなどは不要と断定し全てを一回更地に変えることを胸に置いている。
それがデストリーネの行動の方針となり動いているわけだ。
つまり、デストリーネは和睦、降伏、従属、その全てを受け入れず攻め滅ぼすまで止まることはない。
(母上は話し合いを掲げていたが結局は騙されて利用されて命を落とした。言葉は信用に値しない。母上と同じ過ちを犯しはしない)
ウェルムが夢見る世界は全ての国を滅ぼした後、自分が信頼を置ける仲間たちをそれぞれの国の王として君臨させることにある。
そして、その一番上に裏にウェルム、表にジュラミールが立つ。
そうなれば世界は統一され二度と平和が脅かされることはない。
今はたくさんの死人が出ているがそれは今後の平和のための犠牲だとウェルムは割り切っている。
だが、そうして侵略行為によって小国が考えた策は小国の連合の結成だった。
デストリーネ近隣の全ての小国は一つに結束しデストリーネとの徹底抗戦を掲げている。
その数は大国に匹敵どころか越える勢いで昇っていた。
そもそも小国たちにはそれしか道はない。
降伏も従属も和睦も認めないとデストリーネは掲げているのだ。
デストリーネ打倒で連合を組むのは当然の流れになる。
大国ジャリムを撃破したデストリーネに小国が単独で戦って勝利する可能性は皆無に等しい。
それに戦いもせずに滅びるのを認める国家があるとも到底思えない。
もちろん、ウェルムもジュラミールもそれを考えていないほど愚かではない。
魔物の数の低下を考えても戦地には天騎十聖も赴いているためすぐに片が付くだろうとジュラミールは考えているだろうがウェルムは報告からまだ少し時間が掛かるだろうと踏んでいる。
報告には敵に紋章持ちの兵士がいるため手こずっているとあったからだ。
その報告を送ったのは天騎十聖で最も武闘派であるクロサイアとカハミラには劣るがまた別系統の魔法を巧みに操るヒクロルグからだった。
(紋章持ちだからといって全員がその力を完全に操れるとは限らない。しかし、あの二人が苦戦しているとなると相当な相手だろうね)
もちろん、天騎十聖が総勢で向かえば容易く倒せるだろうが戦場は一カ所だけではない。
ここはクロサイアとヒクロルグに任せるしかないのだ。
(あの二人ならば万が一にも負けることはないが……もう少しかかると見積もっていた方が良いかな)
そのとき、怒りの限界に達したジュラミールがウェルムに怒鳴るように尋ねてくる。
「ウェルム! どうする!?」
その表情には余裕がなくウェルムも少し苦笑いが出てしまう。
最近のジュラミールはずっとこの調子だ。
(確かフテイルとの戦いの報告を聞いた辺りからかな。こんなに変わったのは……)
ウェルムはジュラミールを宥めるように言葉を掛ける。
「そんなに焦らなくていいよ。敵は連合と聞こえはいいけど所詮、国の集まりだ。巧みな連携は取れないさ。ここは厄介な所は後回しで他の小国を一つずつ潰していき最後に孤立した所を狙う。これだけだよ」
「どれくらい時間が掛かる?」
「うーん。順調にいって一年……かな。魔物や強化兵がもっといれば早まるけど普通の兵じゃ休息も考えないといけないからね」
「それでは遅い!」
ジュラミールはどんっと大きく机を叩く。
さすがのウェルムもこれは異常だと感じざるを得なかった。
「本当にどうしたんだい。最近、おかしいよ?」
呼吸を整えて落ち着かせるジュラミール。
「……あれを聞いて何も感じないと思ったのか?」
「あれ?」
「妹、フレイシアが生きていたことだ」
「……何かと思えばフレイシアのことかい? 探し求めていた“再生”を持っていること以外には何も感じないけど……。それよりもジョーカーの方がよっぽどーー」
「お前はあいつのことを知らないからそんなことが言えるんだ!」
並々ならぬジュラミールの気迫にウェルムは押し黙る。
「今まで、あいつが本気になったことは何一つない。俺はそれが恐ろしくて堪らなかった。もしかすると俺よりも遙か高見にいるのではないかと。恐らくだが父上はそれを見抜いていたからあいつを王座に就けようとしたのだろう。だから、俺は父と同時に殺そうとしたのだ。本気を出さないなら出す前に殺してしまえばいいと考えて……」
ジュラミールはぐっと拳を握る
もちろん、ジュラミールが言っているフレイシアの恐ろしさとは武力の面ではないだろう。
ジュラミールが恐れているのはそのフレイシアが持つ統率力だ。
むしろ武力よりも王たる者に必要な力だ。
「何の力も失ったあいつが俺を倒すために旗を揚げた。ついにあいつが本気になったんだ……。現にフテイルを味方につけた」
「フテイルは元から僕たちを怪しんでいたしその可能性は高かったよ。杞憂じゃないのかい?」
「これはまだ始まりに過ぎない。できるだけ早めておいてくれ。手遅れになる前に」
「そこまでの言うのなら……」
しかし、ウェルムは口ではそう言うがフレイシアのことをあまり危険視していなかった。
(最大の壁はジョーカーだ。どう倒すかそろそろ考えていた方が良いね)
そのとき、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「カハミラですわ」
そして、カハミラが部屋に入ってくる。
「どうだい? 魔物の精製の方は」
開口一番にウェルムは尋ねる。
「順調ですけど……元の数に戻るまで一年。でいければ幸いですわね」
複雑な顔でカハミラは答える。
だが、ウェルムのその返答を予測していたので別に驚きはない。
「まぁ、そうだろうね。やはりあのとき撤退が遅れてしまったせいで無駄に数を減らしたようだね」
「全てはまだ未熟なラングートに任せた私の責任ですわ」
しかし、ラングートがウェルムのためにフレイシアを捕獲しようと動いていたのは知っている。
失敗はしないに越したことはないが逆に失敗を経験しないというのも危ういので別段憤りを感じることはない。
「責めているわけではないよ。ラングートも僕に良く尽くしてくれているようだし。構わないさ。何事も経験が大事だからね」
寛大なウェルムの言葉でカハミラは頭を下げる。
「ところで、カハミラ。サードの捜索はどうなっているんだ?」
そう尋ねるとカハミラはあまり芳しくない表情をする。
「クライシスと新人の二人に任せているのですがまだ連絡はないですね」
サードとは数ヶ月前に姿を消した実験体だ。
実験の後、見に行けばサードの牢屋の策はぐにゃぐにゃに曲がっておりサードは脱走してしまった。
それがもう約一年前のことだからもう見つけるのは難しいだろう。
「……“
「いいえ、黒血には辿り着けなかったので天人とは言いがたいですわ」
「まぁどちらにせよ。野放しにはできない。その二人にはメインの任務と兼ねて続けさせておいてくれ。生死は厭わない」
カハミラは一礼して去って行く。
(カハミラは魔物の精製、クロサイアとヒクロルグは紋章持ちとの戦い、クライシスと新人君はサードの捜索、グーエイムとラングートに他の小国を任せてと、ファーストは……待機だね。まだ僕の命令しか聞かないし。それでシフォードのやつはどこに……)
「お茶でございます」
「うわぁっ!!」
突然の声に思わずウェルムは椅子から転げ落ちそうになるが寸前でシフォードが支えてくれて事なきを得る。
「もう、驚かさないでよ」
「申し訳ありません」
ウェルムが気が付かないほど完全に気配を消すことができるのは知る限りデルフとこのシフォードぐらいだ。
しかし、毎回気配を消されて出てこられると心臓がいくらあっても足りない。
「それで、何処に行っていたの?」
「情報収集を。それで少し面白いことを見つけてクライシスを向かわせました」
「また勝手に動かして……」
クライシスも苦労人だなとウェルムはしみじみと哀れむ。
板挟みになっていないかと今度聞いておこうと胸に刻んだ。
(仲間の不和は取り除かないとね)
本来ならば規律に厳しいグーエイムが取り締まるが彼女の面倒くささは周知の事実なので彼女の前では仲良く見せるという傾向がある。
「しかし、君が面白いなんて珍しいこと言うね」
「はい」
シフォードの目は鋭くまるで獲物に狙いを定めているかのようだった。
それで全てを理解したウェルムは頷く。
「なるほど、それじゃ……そろそろ僕も動こうかな」
「!?」
立ち上がろうとするウェルムを慌てて止めようとするシフォードだったが逆に制止させる。
「大丈夫、向かわせるのは分身だから」
「なら良いのですが……」
「なら、君も来るかい?」
「それが主命とあらば」
「ふふ、少し牽制と行こうじゃないか。それじゃちょっと行ってくるよ」
そう言ってウェルムはジュラミールに手を振って部屋を去って行った。
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