第145話 両雄激突
デンバロクは馬から降り王都を駆けていた。
目的は王城を占拠しグランフォルの拘束することにある。
元よりデンバロクは命を取るのではなく拘束すると決めていた。
(グランフォルにはこの国を退いて貰う。そして、フィルイン様に王の座を。これこそがこの国の最善の道)
いくらグランフォルが気にくわないとはいえデンバロクは王族をその手にかけようとは思っていない。
勘違いしてはならないが方法がどうであれデンバロクはこの国のためを思ってこの内乱を引き起こしたのだ。
今まで遊び呆けていたグランフォルが王になれば国は間違った方に進んでいき確実に滅んでしまうのだと考えて。
現にデンバロクは前王に対しては絶対的な忠誠を誓っていた。
(処罰は王族の身分を剥奪し国外追放にでもすればいい)
既に軍勢は王都の中央にまで押し寄せていた。
勝ったと思ってもおかしくはない。
デンバロクの策は一気に総攻めを行い短期決戦にするというもの。
敵よりも早く動き勝利を確信できるところまで攻め寄せることに意味がある。
だから、相手の伝令を射抜いた瞬間に突撃を仕掛けたのだ。
伝令が殺されたことで相手の動きを遅くしその隙に特攻を仕掛ける。
そうなれば敵の対抗する気力を削ぎ自ずと時間が経てば降伏するだろうと考えた。
むざむざ死に来る者などいるはずがない。
それが無駄な兵の消費がなくなることに繋がりソフラノ王国の損害は極めて小さくなる。
そして、その策は見事成功した。
(我らが総攻めを行ったことはもう耳に入っているだろう。既に敵は刃向かう気など無くしているに違いない。そうではなくても混乱状態にあり突き崩すのは容易いだろう。流石のジュロングの爺にはこれは読めなかったか)
デンバロクはしてやったとばかりにクスリと笑う。
それが余裕に繋がり戦争の最中にも関わらず戦後処理のことを考えていた。
そのことがデンバロクの反応を鈍らせる。
「放てぇぇ!!」
「なっ……」
反応ができなかったデンバロクは次々と雨のように降りかかってくる矢を眺めることしかできなかった。
幸い、自身からは矢が逸れたが少なくはない兵士がその矢によって次々と倒れていく。
デンバロクは前に視線を向けるとそこにはジュロングが仁王立ちしていた。
その背後にはこの王都の軍勢が控えている。
予想外の展開に怒りで身体が震えそれをそのまま声として放つ。
「……この老害が!! まだやるつもりか!!」
デンバロクの誤算はあのグランフォルを守るという目的のために自身の命を顧みない者たちが多かったことだ。
デンバロクがフィルインを慕うのと同様にグランフォルにもそのような者が存在する。
もちろん、デンバロクはグランフォルを守るためジュロングを筆頭とする配下の幹部たちが対抗してくることは承知していた。
ジュロングという軍団長の影響の強さを侮ってはいない。
そのはずだった。
しかし、負け戦と決まったとしても諦めずに立ち向かってくるとは完全に思惑から外れてしまったのだ。
(あの爺をまだ過小評価していた……か)
デンバロクはこの戦いはどちらかが潰れるまで戦い続ける未来しか見えなくなってしまった。
しかし、どれだけ向こうが抵抗したとしてもまだ勢いはこちらの方が上であり勝利は揺るがない。
だとしても将来を見据えるとこの国は負けになってしまう。
ただでさえ小国であるソフラノには大国ほどのゆとりはない。
万全な状態であっても噂のデストリーネには対抗すらできなく敗れ去ってしまう。
デンバロクはその未来を容易く想像でき自分の詰めの甘さに無性に腹が立った。
そして、その計画を破綻させた張本人に目を向ける。
「この老害が!! どこまでも私の邪魔をしやがって!! もう抵抗する意味はないのだぞ!」
ジュロングは聞く耳を持ってはおらず自軍に向けて鼓舞する。
「この王都を逆賊の好きにさせるな!! ここを死に場所と思え!! かかれ!!」
そして、両軍勢が衝突した。
デンバロクは軍勢の後ろから戦いの様子を眺めていたがそこからも自分の予測の甘さを痛感する。
(敵の勢いが思ったよりも強い!)
敵の数は自分たちよりも少ないのにも関わらず互角の戦いを繰り広げていた。
なるべくどちらの兵も死なせずに勝つ方法を模索していたがこのままでは勢いを押し返されてしまうことを危惧し全力で捻り潰すことに切り替える。
(まずは……)
自身の策を配下に知らせようとしたとき頭上から隠す気のない殺意が伝わってきた。
「ちっ!」
頭で考えるよりも先に手が動き剣を抜く。
そして、それを頭上に掲げると途轍もなく重い衝撃がかかってきた。
まるで鐘をならしたような剣戟が周囲に轟く。
「ぐっ……」
思わず顔をしかめるデンバロク。
苦し紛れに剣に力を入れて払う。
それを後ろに飛んで避ける鎧を纏った壮年の兵士。
「確実に取ったと思ったが」
ジュロングは自身の剣を見て不思議そうにそう呟く。
デンバロクは未だに痺れる手を抑えてジュロングを睨み付ける。
「この馬鹿力が」
しかし、デンバロクはジュロングが自分を狙うことは予測していた。
もしも配下の兵が諦めたとしても一人で戦いを仕掛けてくる胆力を持っているのが目の前にいるジュロングだ。
デンバロクは息を整えて剣を構える。
そして、怒りを無理やり笑みに変えて皮肉をぶつける。
「ジュロング殿、そろそろご隠居なされてはどうか?」
「ふっ! 逆賊風情が抜かしよる。お前のような小童が儂と同じ軍団長とは、笑わせてくれる。お前の愚行、その身をもって償うがいい」
それでお互いの言葉の投げ合いが終わり感覚を研ぎ澄ませた。
周囲では剣戟の音が無数に飛び交っておりジュロング派とデンバロク派の闘争が繰り広げられている。
こう睨み合っている間にも兵たちは次々と倒れている。
(時間はかけられない!)
先に動いたのはデンバロクだ。
素早く距離を詰めてジュロングの頭に目掛けて剣を振る。
その攻撃をジュロングは容易く受け止めてきた。
デンバロクは剣に全力を入れるがビクともしない。
体勢的には下に力を入れているデンバロクが明らかに有利であるはなのに。
(なんという力だ。これが壮年を迎えた兵士のものなのか!?)
これ以上、力を入れても無駄と理解したデンバロクは堪らずに後ろに下がる。
(!!)
だが、ジュロングは後ろに下がったデンバロクにピタリと付いてきていた。
そして、既にデンバロクの胴に向けて剣を振っている。
しかし、デンバログはそれを避けようとはしなかった。
ジュロングはそれを違和感に思ったようだが構わずに全力で剣を振り切る。
だが、その剣はデンバロクを掠めることすらせずに空を斬っただけだった。
「むっ!?」
ジュロングは戸惑い自分から後ろに下がった。
「何をした?」
ジュロングは険しい顔をして尋ねてくるが戦闘中に種明かしをするほどデンバロクは馬鹿ではない。
デンバロクはジュロングが戸惑っている今がチャンスだと感じ次々と攻め立てる。
先程は油断を突かれたため劣勢だったがデンバロクの剣技はジュロングに負けてはいない。
元々、軍団長になる前のデンバロクは剣の天才としてこの国では有名人だった。
いくつもの型を極め水の流れのごとく様々な剣技を使いジュロングを翻弄していく。
対してジュロングは特に決まった型など存在せず力任せの攻撃が多い。
だからなのか攻撃は得意でも防ぐことは不得手なのだ。
だからデンバロクは攻撃の手を緩めない。
それは再びジュロングに攻撃をする機会を与えてしまうことを嫌っていたからでもある。
デンバロクにとってジュロングはもの凄くやりにくい相手なのだ。
型がなければ型がある剣技よりも一歩遅れてしまう。
言ってみればジュロングの攻撃は一撃だけで終わっているのだ。
しかし、ジュロングはそれを無理やり繋げてみせるという荒技を行って見せている。
つまり、ジュロングの攻撃は予測ができない出鱈目の剣技なのだ。
(これを果たして剣技と呼べるのか)
しかし、その攻撃にデンバロクは押されていたということは事実であり認めなければならない。
先程と打って変わり防戦一方になっているジュロング。
反撃の隙を与えないようデンバロクは次々と攻撃の手を緩めずに続けるがそれをついにジュロングが剣を振り回して掻い潜ってきた。
ジュロングの反撃にデンバロクは驚きつつも主立った反応を示さない。
そう避けようともしなかった。
そして、またしてもジュロングの剣はデンバロクの目の前を通りすぎてしまう。
「むぅ……そうか」
ジュロングにはあまり驚いた様子はなく怪訝な表情をしていた。
どうやら違和感の正体を調べるために試しの攻撃だったのだろう。
(そろそろ気付く頃合いか。だが……)
デンバロクはジュロングに考える時間を与える気はさらさらなく引き続き攻撃を続ける。
「ふん!!」
だが、ジュロングは自身の剣を思い切り振り上げデンバロクの剣と交差させる。
そのときに発生した風圧は辺りを一気に通り過ぎその場にいた兵士たちは一瞬身体が浮いたように感じるほどだった。
デンバロクもその衝撃を受け止めることはできたがその反動で身体全体が震え痺れてしまう。
それでも強引にデンバロクは身体を動かしジュロングの身体に蹴りを入れた。
その蹴りを直撃したジュロングは後ろに吹っ飛んだ。
だが、軽やかに着地したジュロングは口元を釣り上げて笑みを浮かべていた。
「そうか。お前の奇怪な技、ようやく分かったぞ。儂の距離感をずらしておるのだな」
ジュロングの読みは大方当たっている。
デンバロクの魔法は対象者の認識を僅かな時間ほんの少しだけずらす。
“
だから、ジュロングは必ず狙いを定めたはずの攻撃を外してしまっていた。
当てられたからと言って驚いた様子もなくデンバロクは平然としている。
「種が割れたからといってどうかなるとでも?」
この魔法は効果範囲も短く対象者は一人のみと些細な力ではあるが戦いの中ではそれが最大の武器になる。
この魔法で今までデンバロクは勝利を残し続けていた。
剣の天才にこの魔法はまさに鬼に金棒。
相手は勝手に攻撃を逸らしその大きな隙に自身の全力を叩き込めばいいからだ。
この魔法は今まで一度も破られたことはなくそしてこれからもだとデンバロクは自負している。
「確かにのう。儂には魔法の才はない。いつも頼っていたのはこの剣のみよ。そのちょこざいな物に頼っているからお前はいつまでもひよっこで馬鹿者じゃ」
そして、ジュロングは本領発揮とばかりに地面を蹴る。
瞬く間に距離を詰め力任せの剣による連続攻撃を放った。
デンバロクは知らないことだがこれが魔法の才がなかったジュロングの長い兵士の経験から編み出した“
防ぎにくく躱しにくいところを的確に狙い続けその剣撃と剣撃の合間は途轍もなく短い。
普通に立ち向かえば対処は難しいだろう。
「無駄なことを……!!」
しかし、デンバロクには通じない。
ジュロングが剣を振り下ろしたとき再び“魔法錯覚”を発動させる。
ジュロングの攻撃はデンバロクに掠りもせず空を斬っていく。
傍から見ればわざと攻撃を逸らしているように不自然に見えるだろう。
それでもジュロングは剣を振る手を止めない。
そのせいでデンバロクも攻撃しようにできない状況が続いていた。
(厄介な……)
迂闊に攻めてジュロングの攻撃を一つでも貰えば相当なダメージ、いや即死すらもあり得てしまう。
普通では考えられない乱雑な攻撃であるためどこに剣が向かってくるか予測することは難しい。
デンバロクは冷静に攻撃を見極めようとする。
「?」
そのときジュロングの剣線に変化が生じたことをデンバロクは感じ取った。
徐々に剣線がデンバロクに近づいてきたのだ。
そして、ジュロングの剣がデンバロクの髪を掠めた。
「なっ……」
それを機会にジュロングの攻撃は次々と確実にデンバロクを捉えつつあった。
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