第141話 異変の兆候

 

 城に戻ったグランフォルはいまだに放心していた。


(まさかあれほどの美人がこの世の中に存在したとは……。見たところこの国の者ではなかった。何とか繋ぎ止めることはできないものか……)


 王室に入ってからも喫茶店で出会ったフーレと呼ばれる少女の事を考えていた。


 だが、後ろから続いて入ってきた鎧姿で黒髪に白が混ざり始めた初老の軍団長であるジュロングにより現実に戻される。


「グランフォル様。また、王室を抜け出すとは……。この国を統治する自覚が些か欠けているのではないでしょうか?」


 その小言にグランフォルは苛つき勢いよく振り向き大声を放つ。


「統治する? それなら俺はいつになったら王になれるんだ!?」


 ジュロングは黙ったまま顔を伏せた。


 一年前、父であり国王であるドルソンが身罷り弟であるフィルインとともにこの国を守っていくとグランフォルは誓った。


 しかし、未だに王になることは叶っていない。


「王が一年も不在の国など聞いたことがないぞ。フィルイン……一体どうしたんだ」


 ソフラノ王国において王に即位する条件として軍団長を含めた幹部陣の過半数の承認が必要になる。

 それさえあればいつでも王に即位できる。

 それも王が亡くなった次の日にはなることも可能なはずだった。


 しかし、依然としてなれていない。


 それには理由がある。


 もう一つの都市のイリュンを拠点とする幹部陣から反対の声が上がったからだ。


 高らかに反対の声を上げているわけではない。


 催促しても今しばらく考えるべきだと一点張りで先延ばしにしているのだ。

 それにグランフォルはそんな幹部陣に強く言うことは出来ない。


 イリュンを拠点にしていると言うことは弟であるフィルインの直轄の配下だからだ。


 グランフォルには建前の上での敬意を持っているだろうがそれは絶対ではない。


 国王ならば全兵への命令権を持てるのだがグランフォルは王ではない。


(皮肉なことだな…国王になるのに苦戦しているというのに命令権を持つには王にならないといけない。……手詰まりか)


 グランフォルはフィルインを頼みにするしか方法はないと結論に達した。


「それでジュロング、用は何だ?」

「ハッ!」


 ジュロングはまず国家間の情勢について報告をしてきた。


「そうかあのデストリーネが本格的に動き出したのか……」

「はい。先王ハイルがジョーカーとやらに討たれその跡を継いだジュラミールは全世界に覇を唱え、既に大国であるジャリムは総崩れになったと。今は数多ある周辺の小国を攻めて着々と進んできています」

「いずれ我が国にも来るだろうな」

「覇を唱えている以上、必ずやそうなるでしょう。ただ、小国フテイルでは返り討ちにあったという報告もございます」

「デストリーネとフテイルは友好関係にあったはず…そりが合わなかったのか? いずれにしても小国が大国に勝ったのか……」

「しかし、小国とはいえフテイルは大国に匹敵するほどの精鋭揃いです。デストリーネとはいえどもそう簡単には負けないことが此度の件で証明されたと言えるでしょう」

「しかし、デストリーネの兵力を甘く見てはならない。負けたとはいえ出した力は氷山の一角だろう」


 グランフォルはデストリーネの強大さに頭を悩ます。


「この国が生き残る術は……我が国だけではダメだ。どこかと手を組むしかない。フテイルかデストリーネかそれとも他の大国か」

「儂はデストリーネに付くべきだと考えます。あの国の勢いは侮れません。今のうちに手を結ぶべきかと」


 しかし、グランフォルはフテイルと手を組むことが一番良いと考えた。


(確かにデストリーネに与すれば勝利は安定。だが、その後どうなるかわからない。だからといって他の大国では小国であるソフラノはめいに逆らうことはできずに矢面に出されるだろう……。最悪を言えば捨て駒だ。それを言えばデストリーネも同じ)


 その点から同じ小国であるフテイルと組むことができれば同等の立場から協力できる。


 それに加えフテイルの武将たちの真っ直ぐさから裏切られる可能性も限りなく少ないだろう。


 懸念があるとすれば勝てるかどうかだ。

 守りに徹するだけの戦いではいずれ国力の低い小国が負けるのは自明の理だ。


(そうなるとデストリーネの世界が良くなることに賭けてデストリーネに与するのが一番か?)


 考えても考えても答えがコロコロと変わってしまい上手く定めることができない。


「グランフォル様、もう一つ重大な報告がございます。本当かどうか怪しいことでございますので報告を後回しにしていました」


 グランフォルは目配せで続きを言うように促す。


「そのフテイルとデストリーネの戦いの中、フテイルとは別の旗印が一つ上がったと。調べによるとデストリーネ王国王女であるフレイシア・ワーフ・デストリーネの物で間違いないと」


 グランフォルは眉をひそめる。


「フレイシア? 一年前の報告では死んだと公表されたと言っていなかったか? かの魔人ジョーカーよって」

「はい。ですがそれは今のデストリーネによる公表です。フレイシア王女の言い分は国王であったハイルを殺害し王位を掠め取った兄ジュラミールを断固として許さないと戦う意志を明らかにしております」

「つまり魔人ジョーカーはジュラミールの手の者だということか。自演だったか」


 グランフォルは苦笑いをするがすぐに顔を引き締める。


「いずれにせよフテイルにはフレイシアを助けると言うデストリーネと戦う大義名分ができたと言えるな。今の状況、フレイシア王女には厳しいだろう。しかし、ここで恩を売っておけば悪いようにはしないだろう。少なくともデストリーネよりは。……一回フレイシア王女に会う機会があればどのような人物か分かるができないことを言っても仕方がない」


 考えをまとめ終えたグランフォルは一回息を抜く。


(不利な方に付くなんて本当に賭けだな……)


 そのときグランフォルあることに気が付く。


「そう言えばフテイルの王は結構な歳ではなかったか? 戦いの最中に寿命で死んでフテイルの足並みが乱れるのは困る」


 しかし、ジュロングは首を振る。


「そうでしたが最近、前王フテイルが退位し新たにナーシャ・ギュライオン・フテイルという人物が即位したと高らかに宣言しておりました」


 ここ数年でデストリーネ、フテイル、ボワールと王が替わり続けている。


 ソフラノも立ち止まってはいられない。


「新たな時代か……。この国も変えていかねばならないな」


 グランフォルは王室の奥に厳重に保管されている一冊の本に目を向ける。


 その本は大昔に著書された数多くの強大な魔法が記されていると伝わるソフラノ王国の国宝だ。


 しかし、その文字は解読不能で使えた者はいなくそもそも本当に強大な魔法が書かれているのかも怪しい。

 それでもグランフォルからすれば父から受け継いだ数少ないものの一つに変わりはない。


「父上、不甲斐なく思っているでしょう。安心して見守っていてください。俺がすぐにこの国を安定させます」


 それもこれも今までの自分の行いから幹部たちの信頼を得ることができてないのだ。

 自業自得と言われれば返す言葉もない。


 今すぐに動きたいが今のグランフォルにできることは何一つないのだ。


 間者を送りイリュンにいる幹部たちを説得することも考えたが信頼を得ることができていないグランフォルが何言っても聞く耳は持ってくれないだろう。

 むしろ、火に油を注ぐだけかも知れない。


「外は変化し続けているというのに俺たちは中での揉め事で停滞している。……このままではこの国が滅びてしまう」


 先程考えたフテイルとの同盟の案も王ではないグランフォルが独断で示すわけにもいかない。


「それが分からないフィルインではないだろ!」


 側で聞いていたジュロングがポツリと呟く。


「……恐らくデンバロクの差し金かと」

「デンバロク……あいつか」


 ジュロングに並ぶもう一人の軍団長デンバロク・フォクン。


 若くして軍団長に登り詰めた天才剣士と称されるほどの青年。

 規律を重んじ真面目な人物で怠惰に嫌悪感を抱いている。


「俺もあいつは苦手だ。しかし、そうなると厄介だな。デンバロクは剣の腕だけではなく弁も立つ。フィルインが言いくるめられている可能性もあるだろう。いや、それしかない」


 その時、外から扉を叩く音がした。


 ジュロングが扉を開け応対しに向かったが焦った様子ですぐに戻ってきた。


「どうした?」

「グランフォル様! イリュンにて不穏な動きが見られたと」

「不穏な動き? 具体的には!?」

「武具の調達に加え兵糧の買い込みそして徴兵も行っていると!」


 グランフォルは頭を抱える。


「いや、まだ決まったわけではない」


 もしかすると他国に戦争を仕掛けに行くという可能性も捨てきれない。

 しかし、それならばグランフォルに報告が来ないことに合点がいかないし今の状況ではそんなことは愚行の中の愚行だ。


 考えれば考えるだけ挙兵の目的は一つしか想像できない。


「一体どういうことだ。……フィルイン」

「グランフォル様。こうなれば我らも準備をしなければなりません」


 グランフォルはばっとジュロングに顔を向ける。


 そのジュロングに宿る瞳からは初老とは思えないほどの闘志が滲み出ており覚悟を決めたことを悟った。


「ダメだ! こちらは手を出すな!」

「向こうが先に仕掛けてきたのですぞ!」

「まだ集めているだけだ。手は出してきていない!」

「それも時間の問題です。やらなければこちらが滅びてしまいます」


 それは違う。

 グランフォルはそう考えた。


 どちらにせよぶつかった後はお互いに遺恨が残ってしまう。


 グランフォル派とフィルイン派の幹部たちも争い最低でも半数、最悪を言えば共倒れ。

 そうなればこの国自体が滅びを迎えたことと同義だ。


 断じてこの諍いを戦争にしてはいけない。


「ジュロング。いいな! こちらからは絶対に手を出すな」


 ジュロングは何も言わずに頭を下げる。


(まだ向こうも進軍はしてきていない。その間に対策を考える)


 と言いつつもいざ戦いになったときの争いを止める方法は一つしかないと考えている。


 そのときふとグランフォルはフーレの姿が頭に浮かんだ。


(初恋だったが諦めるしかないか。せめてこの国を早く離れるように言っておかないとな)


 そう言ってグランフォルはこの場を後にした。


 


 一人王室に残ったジュロングは静かに頭を上げた。


「申し訳ありません。グランフォル様。全てはこの国のため。あなたさまのため。全てが終わったときこのジュロングを処罰してください」


 そう覚悟を決めた声を発したジュロングは勢いよく扉を開ける。


 堂々と歩く背後に配下の兵が近寄ってきた。


「戦支度じゃ! グランフォル様に気付かれないよう早く準備をしろ!」

「標的は?」

「軍団長デンバロク……謀反じゃ!」

「ハハッ!!」


 頭を下げて立ち止まる兵。


 構わずにジュロングは歩き続ける。


「デンバロク……あの若僧め! フィルイン様を唆し挙兵する愚行。断じて許せん!」


 グランフォルの誤算は配下の兵たちの軋轢の激しさを見誤っていた点だった。

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