第128話 派手な初陣

 

 兵士がやられていく姿に見かねたサロクは泥塗れの河馬に向かって走りながら続く武将たちに向かって怒鳴る。


「あの目障りな化け物をやる。全員、気光刀きこうとうを使え!!」


 そして、サロクを含め魔物に向かっている武将たちの刀に光が灯る。

 光はそれ自体が鋭利な刃物のように刀全体に尖って放出されていた。


 サロクは河馬が走ってくる正面に立ち刀を下に持つ。


 泥を増やしながらも河馬はさらに速度を上げ瞬く間に距離を縮めてくる。


 そのとき河馬の後ろに素早く回ったサロク配下の武将たちが河馬の足に光輝く刀を振った。


 すると、その光が泥を撥ねのけ次々と切り込みを入っていく。


 それでもまだ河馬の傷は浅い。


 足に切り込みを入れても河馬の勢いは大して変わらなかった。


「お前ら良くやった!」


 だがサロクからにすれば目まぐるしい変化であり力を込める余裕ができた。

 呼吸を整えて目を閉じる。


 するとサロクの持つ刀に灯る光の激しさが急激に増していく。


 サロクは刀を強く握り地面が割れるほどの凄まじい力で走り始めた。


 そして、河馬が間合いに入った瞬間に持っていた刀を思い切り斬り上げる。


「気光刀・跳月ちょうがつ


 交差したのも束の間に河馬の大きな頭が高く舞い上がった。


 サロクはふっと息を吐きだす。


「もっとマシなのはいねーもんかね」


 刀の光は血さえも撥ねのけておりきらきらと輝いたままだ。


「あれほどの威力を出させるのはサロク様だけでしょうに」


 隣に現われた武将にサロクは笑みを向ける。


「それはお前らが修行不足だからだよ」


 武将は笑って誤魔化す。


「さてと、あちらはまだ手こずっているようだな」


 サロクは刀を肩に持ち炎を纏う獅子との戦闘中である武将たちを見る。


 気光刀は己の刀に魔力を光に変え威力を底上げする技でありタナフォスが言っていたフテイルの秘技だ。


 使う者の力量によるがこの技を使えば特出すべき点のない剣でも剣自体が魔力を持つ魔法剣にも匹敵すると言われている。


 しかし、流石の気光刀でも近づくことができなければ効果を発揮することは叶わない。


 その点を見ればこの獅子はフテイルの天敵と呼べる存在だ。


 距離をそれなりに離しているサロクにも熱波が届く。


 もちろんフテイルの武将は遠距離攻撃も持っており今まさに使用しているのだが威力が落ちている。

 熱波により落とされていると言うのが現状だ。


「確かにこいつはー、厄介そうだな」


 だが、サロクにはそれほど脅威に思わなかった。


 サロクは感覚を研ぎ澄まして気光刀を維持したまま構える。


「お前らは見ときな。こいつは俺の獲物だ」


 そして、飛びだそうとしたとき上空から大声が響いてきた。


「ちょっと〜そこどいて〜!!」

「なんだぁ?」


 サロクは反射的に見上げると度肝を抜かれた。


「なっ……姫さん? それに後ろにいるのって……まさか」


 上空に漂っていたのは着物姿のナーシャだった。

 着物とはいえ城下街での派手なものではなく動きやすさを重視した藍色の着物を着ている。


 そして、ナーシャの後ろにももう一人いた。


「お姉様! これはちょっと……もの凄――く不味いんじゃないですか!?」


 青ざめた表情をしながらナーシャに引っ付いているフレイシアは必死に叫ぶ。


 変装のときの素朴な格好をしているが髪は綺麗に下ろしておりフレイシアだと丸わかりだ。


「大丈夫! 大丈夫よ! ……多分」

「なんか凄く不安なのですがー」

「そんなことより! フレイシア、しっかりと掴まってなさいよ! それとあれ、お願いね」

「話を逸らさないでください!!」


 急落下していく風圧に声を出しにくい状況でフレイシアは大声で叫ぶ。


 諦めたフレイシアは目を瞑り集中する。


「“治癒ちゆひかり”」


 フレイシアは魔法を発動するとナーシャたちの周囲に淡い緑色の光が複数出現した。


「よし! これが私たちの初陣よ!! いっくわよおぉぉぉ!!」


 ナーシャたちは隕石のごとく途轍もない勢いで炎を纏う獅子に落下した。

 獅子はナーシャたちの接近に気付かずとも熱波を出し続けている。


 そして、両者はぶつかり合う。


 その風圧に兵士たちは耐えることすら難しい。

 武将たちもやむなく後ろに飛び退くぐらいだ。


 ナーシャたちはその熱波を押し切り綺麗な緑の光を残して炎の渦の中に消えていった。


 呆然と見ていたサロクだがすぐに我に返る。


「あれはマジでやばいんじゃねーか? 姫さん、無茶しすぎだ!」


 しかし、走り出そうとしたサロクの足はすぐに止まる。


 炎の渦からナーシャと隣にフレイシアが歩いてこちらに向かってきていた。


 そして、ナーシャは抜いていた刀を華麗に鞘に戻した瞬間のことだった。


 獅子の周囲に無数の剣線が飛び交い瞬時に獅子を細切れにしてしまった。


「は?」


 後ろにいた兵士の一人がそんな素っ頓狂な声を上げる。


「そんなことよりも怪我の手当てを!」


 獅子の攻撃を受けていないとはいえサロクがいたところからでも皮膚が焼けるような熱波が届いていたのだから間違いなく重度の火傷を負ってしまっているだろう。


「やった! 上手くいったわ!」


 そんなふうに喜んでいるが肩で息をしているナーシャの顔や手の皮膚は火傷で酷くただれてしまっている。


 サロクは顔を青ざめさせる。


 何と声をかければいいのか思いつかない。


 しかし、サロクの心配は杞憂に終わった。


 なぜかナーシャの重度の火傷はみるみるとなくなっていったのだ。


 そして、もはや火傷なんてなかったというように一切の跡が無くなってしまった。


「嘘だろ?」


 サロクが驚くのも無理もない。

 こんなにも即効性のある治癒魔法は効いたことがなかった。


 サロクはもうわけが分からなくなってしまった。


「お姉様! 無茶しすぎです!」

「フレイシア、この国の王となることを私は決心したのよ! 昔、お母さんが言っていたわ。何事も最初が肝心だって!」


 笑顔で言うナーシャにフレイシアは何も言い返すことができずにいる。


「確かに……一理ありますね」


 むしろ納得してしまった。


「それでフレイシアは大丈夫なの? 治癒を私に集中して使っちゃって」

「私は勝手に治っちゃいますから」


 言う通りフレイシアは一切の傷を負っていなかった。


「本当に出鱈目ね……。それで、どうだった? サロクさん、だっけ?」


 ナーシャはサロクに向けて大きく手を振る。


 サロクは何度目かの我に返り頷く。


「流石、殿下の血筋っすな。あんなにも簡単にやっちまうとは」


 他の武将たちはサロクの後ろに位置取り跪いた。


 サロクは横目で武将たちの表情を見るとどれもが尊敬の眼差しをしていた。

 それもそのはず自分たちが苦戦した相手を容易く屠ったのだ。


 そして、それが次代の自分たちの主となる御方であれば尚更だ。


「しかし、まだ戦は終わっていませんぜ」


 敵の切り札である強力な二頭の魔物を討ち取ったがその他の有象無象は残っている。


 しかし、他の魔物は先の二頭よりは弱いとはいえ並の兵士じゃ歯が立たない相手だ。


 フテイルの兵は一人一人の能力が高く簡単には死なないが救援に向かった方がいいだろう。


「それもそうね」


 とはいえもはやフテイルの勝利は揺るぎなくなっていた。


 サロクは後ろに跪いていた武将たち全員を救援に向かわせる。


 武将たちが強いとはいえ数が数なので殲滅までにはまだ時間がかかるだろう。


 しかし、誰もが勝利を確信している。


 だが、今のデストリーネ相手にそう上手く物事は運ばない。


「なんだ?」


 サロクは歪な気配を敵陣の方から感じ目配せで武将たちに警戒するように言いつける。


 ナーシャとフレイシアも感じたのか大きく顔をしかめさせている。


 そのときギチギチと不快な音を鳴らしてこちらに向かってくる全身鎧フルプレートを身につけた騎士が五名ほど近づいてきていた。


 動きがぎこちなく操り人形みたいに踊っているようにこちらに向かってくる。


「何あれ……気持ち悪いわね……」


 そのときナーシャの横に黒い人影が落ちてきた。


「姉さん、無茶しすぎだ。陛下も少しはしゃぎすぎですよ。またアリルが姿を見失ったって泣きついてきましたから」

「そ……それは申し訳ございません」

「フレイシア、謝らなくていいわよ。私があなたに頼んだから」


 デルフは諦めた表情で大きく息を吐く。


「殿、今は前に集中を」


 遅れてやってきたウラノとアリルがデルフの前に現われた。


「あれは不気味だな。ウラノ、アリル、お前たちは二人で動け」

「はい」

「ハッ」


 デルフはどうするかなど野暮なことを二人は尋ねたりしない。

 即座に戦闘態勢に入った。


「サロクさん。手伝ってもらえますか?」

「おうよ、当たり前だ。むしろ、俺の方から頼みたいぐらいだ。俺以外の奴らは向こうに掛かりきりだからな」


 デルフは視線を前に向ける。


「姉さんと陛下は後ろに」


 デルフは優しくそう言ったが返ってきたのは芳しくない返答だった。


「嫌よ。私も戦うわよ」

「私もです!」


 フレイシアもナーシャと同意見だった。


「私だってあなたの師匠だったのよ! 守られてばかりじゃ面目がないわ!」


 それを言われたらデルフも言葉を返しづらい。


「陛下も……ですか?」

「もちろんです! 止めないでくださいよ?」


 フレイシアも見守るだけで自分は危険を冒さないことに思うところがあるのだろう。


 しかし、デルフとしては看過できないことに変わりはない。


「ですが……」

「デルフのお膳立てだけで王となっても意味はありません!」

「……分かりました」


 フレイシアの決意に根負けしたデルフはナーシャにも目を向ける。


「二人とも危なくなったら構わずに俺の所に逃げてきてくれ」


 これがデルフが考えた落としどころだった。


「分かったわ」


 そして、ついに敵はこちらを補足しふらついた足取りでこちらに向かって走り始めた。

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