第124話 本音の剣戟
なんだこれは……
それがデルフの抱いた率直な感想だった。
目前に広がるのはデストリーネ王国王都にある王城と同じくらいの大きさの城だった。
何重にも積み重ねた迫力が圧倒的な建物、所謂象徴である天守があり二の丸、三の丸、そして城下街へと広がっている。
はっきり言ってデストリーネと全く造りの違う城である。
デルフも事前にウラノから聞いていたのだが実際に目の前にしてみると言葉が出ない。
(文化が違えばここまで変わるのか……)
さらに城下街の外には水堀に囲まれ城下街に入ることができるのは四方に一つずつある橋のみだ。
大軍で攻めようとしても細い橋では人数差のメリットが失われてしまう。
難攻不落の要塞と呼ばれてもおかしくはないだろう。
フテイルはこの王都のみの国でデストリーネとの国土の差は遙かに違うが大国に負けない力を持つことにようやく納得がいった。
橋を通り城下街の門までウラノは馬車を走らせそこに駐留しているまだ若い門番に軽い検問をされる。
「何用でこちらに参った?」
門番がウラノに尋ねる。
ウラノは馬車から降りて正々堂々と言い放つ。
「小生、ウラノと申します。ココウマロの使者として参った次第。フテイル様に至急お取り次ぎお願いしたい」
怪訝な表情をしていた門番だが声が聞こえていたのか後ろから初老の門番が急いで駆けつけて若い門番に拳を振り下ろした。
「何するんですか! ガンドさん!」
「馬鹿者! さっさとお通ししろ! それと城に遣いを送れ!」
ガンドと呼ばれる門番がそう怒鳴るとわけが分からないと言った表情で若い門番が走り去る。
「大変失礼し致しました。ウラノ様」
「小生のことを?」
「はい。貴方様の父君と母君、そしてココウマロ様には若いとき大変お世話になりました。ウラノ様は若かりし父君によく似てらっしゃいますので」
馬車の中からその様子を覗いていたデルフは少し考えていると横からナーシャがぼそりと呟いた。
「ウラノちゃんってこの国のお偉いさんなのかな?」
「どちらかというとココウマロさんがじゃないか……なるほど、少しはフテイルが協力してくるかもしれない線が生まれたな」
しかし、まだまだフテイルがデルフたちに協力するメリットは少な過ぎるだろう。
デメリットの方が多いくらいだ。
その後、ウラノはガンドと談笑しながら城まで案内してもらった。
あまり聞き耳立てるのは悪いとデルフは意識を逸らして静かに到着を待つ。
(ここが正念場だ。この結果で進む方向が変わる)
デルフは神経を研ぎ澄ます。
「フレイシア様、いざとなれば手筈通りに」
「分かりました」
フレイシアはこくりと頷く。
「ちょっと……動かないでください」
「ご、ごめんなさい」
フレイシアは今もフーレの姿に変装しているがこれからのためにアリルに化粧をしてもらっていた。
アリルも最初は化粧について興味もなかったようだがフレイシアのお世話係としてナーシャから学び今では王城の侍女としても働けるくらいの腕になっていた。
「姫様、これを」
アリルはフレイシアに帽子を渡す。
これはアリルがアサリシンにいたとき買っていた物だ。
一番目立つ白い髪を隠すことができこれでフレイシアの正体がばれる恐れは限りなく小さくなったと言っていい。
しかし、ここでは無用になるかもしれないが。
そして、一通りの行程を考えているうちに城門の前に到着した。
ガンドは城門の門番に報告する。
「連絡は頂いています」
門番が手を上げると城門が少しずつ開いていく。
馬車が少し進んだ先の小石が敷き詰められた庭のような場所に連れて行かれ門番は止まった。
「ここでしばらくお待ちください」
そう言って門番は立ち去っていった。
デルフたちは馬車から出てその壮大な光景に目を奪われる。
外から見ても凄かったが近くから見てもまた城の姿には息を吐くしかない。
「王城とは違う迫力がありますね……」
フレイシアは目を奪われながら呟いた。
「やはり貴公もいたか」
デルフは声のする方向を振り向くとこの国の参謀であるタナフォスが歩いてきていた。
着物姿に腰には一本の刀、長い髪はウラノのように後ろに束ねている。
纏っている雰囲気は穏やかで春に吹く風のように温かい。
「久しぶりだな。お前が王都に来たとき以来か」
タナフォスは微笑しデルフの間合いの前で立ち止まる。
「やはり一皮剥けたか。いやそれ以上であるな」
そして、タナフォスは持っていた二本の木刀の片方をデルフに軽く投げる。
それを受け取るとタナフォスは静かに構えた。
「勝手で悪いが貴公の噂、真か試させてもらう」
タナフォスが発する威圧に言葉は通じないと確信する。
しかし、その威圧には全く殺気は感じない。
それでも並の兵士では立ちすくんでしまうであろうものだった。
デルフは木刀を両手で握りしめて構える。
そして、勢いよく踏み込みそれに合わせてタナフォスも踏み込んだ。
木刀がぶつかり合う乾いた音が一瞬周囲に響く。
鍔迫り合いとなった二人はお互いに力を緩めずに押し合う。
だが、デルフが持っていた木刀が急に黒く染まり灰となって消えてしまった。
「なっ……」
支えを失ったデルフは急に力を抜くことはできずタナフォスの方向に前のめりに躓いてしまう。
タナフォスが倒れてくるデルフを華麗に躱してデルフは盛大に転んでしまった。
(リラ、どうなってるんだ……)
『お前は普段、ルーか自分の作りだしたものしか戦闘中に使っていないじゃろ。漏れ出た魔力が木刀を侵した。敵意はなかったからあの者には影響はなかったのじゃろう』
(要するに?)
『お前が未熟ということじゃな』
リラルスに鼻で笑われ少し苛つく。
傍から見ればぼそぼそと独り言を呟いているように見えるがデルフは全く気にしていない。
意気消沈したデルフは立ち上がるとタナフォスは木刀を近くにいた兵士に渡していた。
「もういいのか?」
「一度、剣を交えれば本心は分かる。姿は違えどそなたの心は紛れもなくデルフであると某は納得した。これからそなたが申すことは真実であると信じよう」
「そうか」
息を吐いて落ち着くデルフを見てタナフォスは何か見透かしたように笑う。
「某は、な」
そのときだった。
上空から殺気を感じデルフが後ろに飛び退くと同時に立っていた場所に薙刀が突き刺さった。
その薙刀を持っているのはガンドと呼ばれる門番よりもさらに年老いた老人だ。
表情は鬼のように怒りに染まっておりそして涙を零している。
その視線がデルフに向くと思わず身震いしそうなほどの殺気がデルフを襲う。
完全にデルフを敵視していた。
デルフはその老人に心当たりがあった。
「ま、まさか……フテ……」
デルフが言い終わらないうちに老人は薙刀を再び握りしめてデルフに斬り掛かってくる。
回避に専念し巧みに躱していくが相当な使い手なようでぎりぎりで躱し続けるので精一杯だ。
反撃をしていいのなら話は別なのだができるはずもない。
デルフはちらりとタナフォスを見ると微笑んでいた。
「おい。笑ってないで止めてくれ」
「某も散々諫めたのだが聞く耳を持ってくださらなくてな。すまぬが気が晴れるまで付き合ってくれぬか」
「ふざけ……るな!!」
デルフが首を逸らしたのと同時に薙刀が頬の横を通り過ぎる。
躱し遅れ薙刀を掠めたデルフの頬から血が流れ落ちた。
それを見て老人はさらに目を細めた。
「やはり、お主は人ではないようじゃの」
デルフは何を言っているのか分からず頬に垂れた血を拭うとその言葉の意味が分かった。
(黒……いや、まだ赤黒いと言ったほうがいいか。まだ染まりきってはいないが……本当に化け物の仲間入りしたと実感させられるな)
『ほう。私のことを化け物じゃと思っていたのか』
(リラ、今は黙っててくれ! あとで聞くから!)
フテイルによる薙刀による突きがさらに続きデルフは切羽詰まる。
「よくも、よくもハイル様を! さらにはフレイシア様までも!」
デルフとしてもその名を出されると少しは顔をしかめてしまう。
「今までの一件、私の力不足にあります。申し訳ありません」
「儂に謝っても意味ないじゃろ!」
デルフは短刀を作りだし突き出される薙刀に合わせて振り上げた。
薙刀は老人の手から離れて上空に舞い上がりデルフの背後に突き刺さった。
「ぬう。やりおる」
「非力な身でありますが、どうか話をお聞き頂きたい」
フテイルは唸り声を上げてデルフを睨み付ける。
「お気は済みましたか?」
タナフォスが終わらせようと歩いて進んでくるが老人はそれを手で制する。
「まだじゃ! ハイル様とフレイシア様の仇を取るまでは終わらんのじゃ!」
「殿下も既に分かっていましょうに。その者が元凶ではないことを」
そのタナフォスの言葉でデルフは合点がいった。
「やはりフテイル様でしたか……」
デルフはポツリと呟きタナフォスがどうしようか考えているうちにフテイルはデルフに目掛けて走り始める。
そしてフテイルは自分の反動も気にせず全力で拳を振り下ろした。
強化を集中させているのかカリーナほどではないが拳に淡い光が灯っている。
デルフとは言えまともに食らえばただではすまないだろう。
だが。デルフの前にフレイシアが立ち塞がった。
「止めてください!」
フテイルは慌てたが思い切り振った拳はもう止まらない。
たとえフレイシアに“再生”があるとしても傷付くのにデルフは看過できない。
「陛下!」
デルフは咄嗟にフレイシアの身体を両手で包み込みそのまま身を翻した。
「ぐっ」
フテイルの全力の一撃はデルフの背中に吸い込まれていく。
自信が弾き飛ばされる前にフレイシアを横に投げる。
「アリル! 受け止めろ!!」
「はい!」
投げ飛ばされたフレイシアはアリルによって優しく受け止められる。
対してデルフは威力をいなすことはできず壁に衝突した。
しかし、それほどの痛みも感じずに平然と立ち上がる。
フテイルはそのことよりもフレイシアを見詰めていた。
「お主、先程なんと言った?」
フテイルはデルフの顔を見ずに尋ねてくる。
デルフはフレイシアにこくりと頷く。
承諾を得たフレイシアは帽子を取り結っていた髪を解く。
その姿を見てフテイルは涙を零した。
「フ、フレイシア様……。よくぞご無事で……」
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