第123話 宣戦布告
小刻みに揺れ続ける幌馬車の中。
お世辞にも快適とは言えない悪路を進んでいたため小刻みに揺れ続けている。
しかし、ナーシャとアリルはそんな中でもぐっすりと眠っておりどちらもフレイシアの肩にもたれかかっていた。
フレイシアは身動きが取れず苦笑いを向けてくる。
そんなフレイシアを微笑ましく思いながらデルフはもたれ掛かっていた木箱から身を起こす。
外の様子を見てからフレイシアに話しかける。
「陛下、もうすぐでナンノ砦です。ここを抜けることができればすぐにフテイルに着きます」
「そうですか……。ついにデストリーネを離れるのですね」
「陛下にはご負担をおかけして心苦しい限りです」
「いえ、そういうつもりで言ったのではございません。私、国からそもそも王都から出るのは初めてのことですのでなにもかも新鮮です。こう見えて楽しんでいるのですよ」
笑顔を見せるフレイシア。
しかし、デルフにはそれが虚勢だと分かっている。
今すぐに行動を起こせない自分に憤りを感じながらデルフは運転席に向かう。
「ウラノ、どうだ?」
「順調に進んでおります。直に見えてくるでしょう」
「そうか。……もう長いだろ。代わるぞ」
そう言ってデルフは手を差し出す。
「否と言いたいところですがお願いしてもよろしいでしょうか」
朝からずっと手綱を握り続けもう日が落ち始めている。
目に分かるような疲労がウラノに表れているのも無理はないだろう。
「ああ、もちろんだ」
そうやって場所を代わりウラノはデルフの隣に座り直す。
「ところで、腕の方は大事ありませんか?」
「……気付いていたのか」
ウラノが言っているのはカリーナとの戦いから受けた負傷のことだろう。
カリーナとの戦いでの消耗は大きく完治するまで時間がかかってしまった。
どうやらウラノに隠し通すことは難しかったようだ。
デルフは左手をひらひらと振ってみせる。
「この通りずっと前に治っているぞ」
「フーレ様にお願いすればすぐに治っていたでしょうに」
「あまり心配をかけたくなかったからな」
「フーレ様も心構えが前と比べられないほど立派になったと思いますが」
「だとしてもだ。しかし、そうか……お前もそう思うか」
初めて出会ったときと比べれば見違えるほど風格が備わっただろう。
これならばとデルフは嬉しくなり思わず笑った。
ウラノは首を傾げる。
「俺たちは今のデストリーネを壊そうと動いている。その結果、最悪の場合を考えるとデストリーネはジュラミールで終わってしまう事も考えられる」
「それは考えすぎでは」
「まぁ、聞け。たとえそうなったとしてもフレイシア様の才覚ならば新たな国として建て直すことも可能になるだろう。それまでには様々な苦難があるだろうが俺が裏から支え上げるつもりだ」
「フレイシア様の凱旋が叶えば殿の罪が冤罪となりわざわざ裏からしなくてもよろしいのでは?」
どうやらいまだにウラノはデルフの冤罪について快く思っていないらしい。
デルフとしては丁度良いと感じているのだが。
「そうはいかない。もうデルフという人物は死んでいる。死んだ人間は生き返らない。ふっ、そう考えるとウェルムたちは自然の摂理を犯しすぎだな」
ウラノは複雑な表情でデルフを見詰めたままだ。
デルフもそれに気付き言葉を続ける。
「それに俺の手は汚れている。過程がどうあれ俺はもう騎士を名乗ることはできない」
デルフの決心が強いことを察したウラノは不承不承で頷いた後、笑顔を見せた。
「左様ですか。ですが、小生は生涯かけて殿に付いていく所存ですので!」
デルフはふっと笑う。
ウラノは突然笑ったデルフに不思議そうに首を傾げて見せる。
「ああ、いや。リラルスも同じ事を言っていたのを思い出してな」
『それだと私が死んでいるみたいな言い方じゃが』
挟んできた声にデルフは苦笑いする。
ウラノも二人の言い合いを察して笑いが漏れてしまっている。
デルフは手綱を握った手に力を入れ茜色に染まった空を眺める。
(本当に楽しみだ。陛下が玉座に座られるときが……)
程なくしてナンノ砦が見えてきた。
ボワールとの戦争の際に立ち寄ったときと全く変わっていない。
王都が変わりすぎていただけで別にデストリーネ全体が変わったとは限らないようだ。
「それではウラノ、頼んだぞ」
「はい。お任せを」
デルフは走り続けている馬車から飛び降りる。
(ウラノならば問題ないだろう。俺の顔は確実にばれていると思っていた方が良いだろう)
ヒューロンの暗殺未遂を行って騒ぎにならない方がおかしい。
(フテイルに到着するまでこれ以上の騒ぎは極力避けたい)
デルフは走り続けナンノ砦の警備が薄い場所を探し侵入する。
今回は荒事はなしと決めているデルフはいつもよりもさらに慎重に動いていく。
物陰に隠れ警備兵の数を確認しているとウラノたちを乗せた馬車が検問されている様子が目に入った。
(ウラノは上手くやっているようだな)
警備兵とウラノのやり取りを見てデルフはホッと胸をなで下ろす。
ここでは俺たちは行商人という設定だ。
そのため馬車の中には木箱が多々ありそう装っている。
(それにどうやら、クロサイアのやつは不在のようだな)
もし前と変わっていないのであればナンノ砦は四番隊の管轄だ。
しかし、気配を探ってみてもそれらしき気配を感じなかった。
四番隊隊長であるクロサイアほどの実力者ならば隠しているとしても滲み出てしまう。
デルフであれば感じ取ることも容易だ。
一番の関門がなくなりデルフは少し安堵して再び動き始める。
しかし、兎仮面やカリーナなど気配が感じない者も存在するので警戒は怠ることはない。
同時にウラノも検問が無事終わり出口に向かい始めた。
デルフは壁を蹴って頂点まで昇る。
すぐに下に身体を傾け緩やかに着地しすぐに地面を蹴りある程度ナンノ砦から距離を取る。
そして、ナンノ砦から少し先にある岩に腰を下ろしてウラノたちを待った。
そのとき隠す気配すらない威圧感がデルフに襲いかかった。
(これは……まさか)
『デルフ、気をつけるのじゃ』
(いや、殺気はない。ここで事を起こすつもりはないだろう。それに……)
するとすぐ横で誰かが岩にもたれ掛かった。
「久しぶりだね。デルフ」
「ウェルム……」
デルフは横に目を向け苦笑する。
思わず王族かと見違えるような豪華な服装を着ていた。
面影をあまりにもなくしているのですぐに気付くことはできなかったがそれは軍服に似ている。
恐らく総団長とやらの正装なのだろう。
そして、腰にはウェルムの師であったハルザードのように三本の剣を携えていた。
「驚いたよ。まさか君が無事だったなんて。確実に“
「お前の方こそヒューロンに付けていた護衛には肝を冷やした」
二人は笑い合うが顔は笑っていない。
そして、笑い声を消し幸デルフは鋭い目付きでウェルムを睨んだ。
鷹のような黄色く鋭い瞳から殺気が溢れんばかり出ている。
「それで……何しに来た?」
敵意を剥き出しにした低い声にウェルムは微笑する。
「そう睨まないでくれよ。ここで戦うつもりはない。君とは舞台を整えてから決着を付けたいしね。まぁ、今日は挨拶というところだね」
「挨拶?」
「これからの戦争のさ」
ウェルムは軽く溜め息を吐く。
「君の狙いは分かっている。仕えていた主を失っても最後の最後まで足掻こうとするなんて本当に厄介極まりないね」
デルフはフレイシアが生きていると悟られないように殺意を露わにして言い返す。
幸い、殺意に関しては本当の事なのでここで大根芝居を発揮することはなかった。
「俺にできることはこれしかないからな。そもそも俺はお前が作りだした化け物だ。自業自得という言葉がピッタリだと思うが?」
「ふっ。それもそうだね」
そう言ってウェルムは背を預けていた岩から離れる。
「一つ言っておくよ。今君がやろうとしていることはこの世界を破滅に導こうとしている。乱れた基盤が整っていくのを再びぐちゃぐちゃにする行いさ。それを踏まえてもう一度聞く」
ウェルムは言葉を一旦区切りそして再び口を開く。
「僕の仲間にならないか? 君がいればすぐにこの世界は僕たちの物になり争いのないより良い世界を造り出すことができる」
デルフは顔をしかめる。
考えるまでもない。
デルフは立ち上がり瞬く間にウェルムとの距離を詰める。
そして、右拳を思い切り顔に目掛けて振り抜いた。
避ける気などさらさらなかったようで拳は思うように直撃した。
そして、ウェルムの顔の鼻から上の半分が弾き飛んだ。
デルフはそのことに驚きもせずに冷たく言い放つ。
「これが俺の答えだ」
すると、顔半分が弾き飛んだはずなのにウェルムの口が開く。
「本当に残念だよ」
ウェルムの身体、服までもが光の粒となって少しずつ空に昇り始めた。
「それじゃ、時間のようだ。僕としても君と戦うのは極力避けたい。念入りに準備をするとしよう。なにせ君は母上のお気に入りだからね。次合うときを楽しみにしているよジョーカー」
そう言ってすぐウェルムは霧散した。
「俺もお前ももう止まれない。どちらかが死ぬまでこの戦いは終わらない」
デルフは小声でそう呟いた。
「殿!」
ウェルムが消え去った直後、ウラノが隣に姿を現した。
「今のは……」
「ああ、分身だ。挨拶とか言っていたが……ああやって実演することで自分は自由に動けるということを宣伝しに来たのだろう」
「何のために……? 知らせなければ奇襲もできたはず」
「奇襲よりもこちらの動きを遅くさせることが主な目的だろう。嫌でも警戒しなければならないからな」
納得したウラノはようやく肩の力を抜いた。
「それでウラノ、馬車はどうなっている?」
「あっ……」
「まさかほったらかしにしてないだろうな?」
「い、いえ。アリルに任せてきましたがやったこないと泣きそうな顔をしていた気が……」
「もっと大問題だ!!」
そして、デルフたちは本当の意味でデストリーネ王国を抜けた。
フレイシアが凱旋できる日を望んで一同はフテイルにへと足を進めるのだった。
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