第118話 相容れぬ二人

 

 朝になり再び走り始めるデルフたち。

 

「昨夜はよく眠れたようだな」

 

 デルフは後ろに目をやり笑顔が絶えないアリルを確認する。

 

「それはもう……。夢じゃなかったことだけでも僕は満足です〜」

 

 おかしい返答にデルフは苦笑する。

 

「ん? あれは……」


 走り始めて数分も経たないうちに前に手を振っている小さな影が見えた。


 かなり見覚えがある姿だ。


 どうやら距離も近づいていたようで走り始めてから僅かな時間でウラノたちに追いつくことができたようだ。


 ウラノたちは止まってデルフを待っている。


「ウラノ、今戻った」


 どうやらこの場所で野宿をしていたようで焚き火の跡がある。


 準備ができている当たりウラノたちは今出発するところだったのだろう。


「お疲れ様です。殿」


 ウラノは恭しくその場で片膝をつく。


「ああ」


 そしてデルフはフーレとなったフレイシアに目を合わせる。


 フレイシアは安堵した目で重々しく頷きデルフも頷きを返す。


「姉さんも何事もなかった様で」

「あんたもね。ん?」


 ナーシャは訝しげにデルフの背後に目を向けた。


 デルフの背後には派手なスカート姿のアリルが顔を出して恐る恐るナーシャたちの様子を窺っていた。


 アリルは頭を出したり引っ込めたりを繰り返しているがもはや見つかっているので意味はない。


 目を細めてじろじろと見るナーシャ。


「その……どこか見覚えが……」


 そんなナーシャにアリルはびくっと震えてデルフの背中に顔を隠す。


「あっ! もしかしてあのときの!」

「ひっ。デルフ様……」


 デルフは複雑な表情をしながら頭を掻く。


「ね、姉さん。ちょっと落ち着いて。怯えているじゃないか」


 そう言うデルフだが心の中では性格変わりすぎだろと呆れている。


「あはは。ごめんごめん。ちょっと驚いちゃっただけ」


 様子からしてどうやらナーシャは命を狙われかけたことを気にしていないらしい。

 もしかすると忘れているだけかもしれないが。


「殿、この御方は?」

「ひっ」


 ウラノは隠れているアリルの顔に突然近づけてアリルはさらに怯えてしまった。


「紹介しておくこれから俺たちの仲間になるアリルだ。こう見えてかなり強いぞ」

「そうですか。殿のお力になってくれるなら大歓迎です。どうぞよろしくお願いします」


 そう言ってウラノはアリルに手を差し出す。


 だがアリルはその手を見て、いや、顔を見て戸惑っている。


 心なしか先程までの怯えは消え去ってしまい、むしろご機嫌が斜めのようだ。


「デルフ様、些か女性が多過ぎでは? なんですかこの小娘は、姉君ならまだしもデルフ様に馴れ馴れしい」


 なぜかウラノに対しては人見知りも見せずにとげとげしくそう言った。


 ウラノはその言葉を聞いて固まってしまう。


「あー、アリルちゃん。それ禁句……」


 だがもう遅い。


「こ、小娘、小娘……。しょ、小生が小娘……」


 ウラノが顔色を暗くして身体が硬直してぷるぷると震えている。


「殿!!」


 鬼の形相をしたウラノがデルフに詰め寄る。

 大変、ご立腹のようだ。


「な、なんだ?」

「なんですか! こいつは!? 小生のことを小娘などと!!」

「見た目通りですよ。僕、間違っていますか?」


 アリルが首を傾げた様子を見てウラノは怒りを込めて地団駄している。


 察するにどうやらアリルは本気でウラノが女性だと勘違いしているらしい。


「小生は正真正銘の男です!!」


 ウラノがアリルに指を突きつけ堂々と言い放つ。


 デルフの背後から顔を出しているアリルはウラノの言葉に本気で驚いている。


 流石にその言葉に偽りはないと悟ったようだ。


「その見た目で、ですか? 嘘つかないでください! チビじゃないですか!」

「なっ……、ああ、もう頭にきました! 身長ならあなたの方が下でしょう! 小生の方が大きいです!」

「五十歩百歩ですよ。器も小さいようですね」


 アリルが薄ら笑いを浮かべる。


 ウラノは顔を真っ赤にして唸る。


 二人は睨み合い何かばちばちと二人の間を飛び交っている。

 それも強まっていき頂点に達したとき、お互いに武器に手をかけ一触即発の危機に直面した。


 ナーシャとフレイシアはどうしたらいいか分からずにオロオロしてしまっている。


 デルフが溜め息を吐きウラノたちの間に割って入る。


「二人ともやめろ」


 デルフがうんざりとした表情で重々しく言い放つ。


 すると、二人の張り詰めた空気が嘘のように掻き消えた。


「はい。デルフ様♪」

「で、ですが殿……」


 ウラノはまだ怒りが燻っているようだがデルフとしても二人が不仲になるのは避けたい。


「多少の喧嘩なら目を瞑るが本気になるのは禁止だ。仲間割れをしても何の得もない。無駄だ」


 ウラノもそれ以上は何も言わずに一礼し納得してくれた。


(とはいえ、このままだと不味いか)


 そのときデルフは良いことを思いついた。


 それをウラノは察したのか横目で冷ややかな視線を送ってくる。


「殿? 何か良からぬことを考えているのでは?」

(人聞きの悪い……)


 デルフは微笑みを返す。


「良い機会だ。ウラノ、しばらくお前がアリルの先輩として面倒を見るんだ」

「しょ、小生がですか?」

「アリルもいいな。これからはウラノを先輩として立て俺が離れているときはウラノの指図に従え」


 デルフはウラノの返事も聞かずに背後にいるアリルに目を向ける。


「それがデルフ様の望みであるならば喜んで」

「だ、そうだぞ。ウラノ」


 ウラノは「ぐぬぬ」と唸りつつもついに諦めたように項垂れた。


「仕方がありません。アリルと言いましたか。そのときはしっかりと小生の指図には従ってください。それから殿の一番の臣下は小生ということもお忘れなく」

「良いでしょう。しかし、それは指図には従うと言う点です。デルフ様の一番の寵愛を受ける座は決して渡すつもりはありません。たとえ男だとしてもです」

「……そこは要相談ですね」


 またも何か二人の間に弾けるような何かが飛び交っている。

 しかし、先程と違い殺気はないのでデルフは放っておく。


『相変わらず人望があるのう』

(怖くも感じるが……)


 リラルスは少し物事を軽んじる癖があるなとデルフは考えつつウラノたちの方を見るとまだ言い争いをしていた。


「あと、チビの指図を受けるからと言って態度を改めることはありませんのでその点は」

「構いません。指図に従ってくれるのならそれでいいです。あなたにそこまで望んでいません」


 どうやらチビ呼びはウラノの心には響かないらしい。

 女と間違えられることに比べれば些細なことなのだろう。


「ふふ、デルフ様を崇めている点では仲良くなれそうです」

「全くですね」


 喧嘩口調だったのにいつの間にか意気投合したらしい。


(仲良くなったからこれでいいのか? ……いいのか?)


 リラルスの笑い声が聞こえるがデルフはもう心の疲労により反応する気力はなかった。


「では、最初の命令です。アリルはフーレさんの身の回りのお世話をしてください」

「は、はぁ? それはチビがすれば良いでしょう」

「僕はお・と・こ、ですので適していません。今はナーシャ様にしてもらっていますが、あなたは殿の姉君に働かせるおつもりですか?」

「ぐっ……そ、それは……」

「それに聞いた話だとナーシャ様には借りが……」


 そのウラノの声を止めるようにアリルは大声を出す。


「わかりました! わかりました! やります! やらせて頂きます!」

「わかればいいのです」


 頬を膨らませたアリルはぶすっとウラノを睨む。


「チビのくせに」


 アリルがそう呟くがウラノは平然としている。


「あなたよりは大きいですよ」


 ウラノがにこやかに答える。


 ふっとそっぽを向いたアリルは嫌々といった視線をフレイシアに向ける。

 変装しているとはいえ消去法で分かったのだろう。


「今は……フーレさんと呼ぶべきですか?」

「は、はい」


 フレイシアは戸惑いながら返事する。


「ということでこれからあなたの身のお世話をすることになりましたアリルです。ご入り用の際はなんなりとお申し付けください」


 アリルは素っ気なく言い放つ。


「は、はい」


 フレイシアもようやく今の状況に追いつけているのか先程から詰まっている。


「ところでアリルちゃん?」

「は、はい! なんでしょうか?」


 ナーシャが突然話しかけてきたので緊張するアリル。


 フレイシアよりもナーシャに対しての方が礼儀正しい。

 これもデルフの姉という立場だからこそアリルをそうさせている。


「借りって何かしら? あまり覚えがないのだけれど」

(姉さん……アリルのことを覚えているのになんで命が狙われたことを思い出せないんだ)


 ここでそれを口にするのはアリルに悪いと思いデルフはそっとその言葉を飲み込んだ。


 アリルはあらぬ方向に視線を向けてとぼけている。


「あはは、なんでしょうね。僕も心当たりがないのですが…」

「そっか」


 ナーシャは疑いもせずその言葉を信じている。


「あとちょっとで思い出せそうなのになー」


 その言葉にアリルは大慌てする。


「わ、忘れているのですからそんなに大したことではないですよ。きっと! 無理に思い出さなくても。そう、これからこれからについて考えましょう。過去なんて忘れて! ええ、そうです! そうですとも! あははははは」


 急に饒舌になり必死に捲し立てるアリル。


 牢獄で見たときの姿が嘘のようだ。


「うーん。まぁそれもそうよね〜」


 またも簡単に信じるナーシャ。


(我が姉ながら不安だ)

『その気持ち分かるぞ。デルフ。私のお姉様もできる人であったがどことなく抜けている人であったからのう』


 思わぬ所から同情をされるデルフ。

 分かっていたがリラルスも苦労してきたんだなと感慨に浸る。


(さて、そろそろ先を急がないとな。まだ、デストリーネ領内を出てはいない。危険はどこから襲ってくるか分からないからな)

『そうなのか。広いのう。この国は』


 そうして多少賑やかになった一行はフテイルを目指して歩みを進める。

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