第10章 武士の国
第117話 平原の一時
「アリル、大丈夫か?」
王都を抜け出してから一度も止まらずに走り続けていたデルフは背後にいるアリルに声をかける。
「は、はい。大丈夫です……」
そうは言っているが既にアリルも限界を超えているのだろう。
その言葉には全く力がなかった。
息切れも激しくなっているようでこれ以上は身体的に問題が出てくるだろう。
デルフは平原の中で立ち止まる。
急に止まったアリルもそれに合わせて足を止めた。
「デルフ様?」
「アリル、少し休もうか」
その言葉でアリルは悟ったのか必死に大声を張り上げる。
「で、デルフ様! 僕はまだ大丈夫です!」
だが、デルフはそのアリルの受け答えを予想していた。
早くもデルフはアリルの性格に慣れつつあった。
これも今までの経験のおかげとデルフは感傷に浸る。
(辛いことも多々あったがあのときは楽しかった……な)
『全くじゃ』
そして、デルフは予め用意していた言葉を口にする。
「いや、違うぞ。俺が少し疲れたようだ」
『ふっ』
リラルスに笑われてしまいデルフは心の中で顔をしかめる。
(なぜ笑う……。役者も唸るほどの名演技だというのに)
そうリラルスに訴えるがふっと鼻で笑われてしまう。
『どの口が言うのじゃ……。棒読みじゃ。これほどの大根芝居は見たことがないぞ』
(……うるさい)
デルフは拗ねたように呟くがそれがリラルスの笑い声を大きくさせてしまう。
しかし、とデルフは不安になる。
不本意ながらだがリラルスがここまで笑うのだ。
自分は演技が下手なのだろうと。
そうなるとアリルを騙せているのか怪しい。
デルフは恐る恐るアリルの様子を見てみるとおどおど慌ててしまっていた。
「そ、それは大変です! 休みましょう! 今すぐに!!」
思いのほか反応は劇的だった。
アリルは目を見開き慌てたように側にあった大きい石にデルフを促す。
(うまくいっているじゃないか。何が大根役者だ)
『あれが通じるのはこやつぐらいじゃ』
デルフが自慢げに言うとリラルスはぶすっとした声で答える。
誘導されるままにデルフは側にあった平らな岩に座りアリルは平原の地面にへと座った。
自分だけが岩に座るのは気が引けたのでデルフはアリルに隣に座るように促す
だがアリルは両手を必死に振る。
「そ、そそそそそんな! でででデルフ様のとと隣になんて……お、恐れ多いです。お、お先に失礼します!!」
そう言ってアリルは勢いよく身体を倒してデルフに背を向けた。
唖然とみていた束の間、アリルからスースーと寝息が聞こえてきた。
それでデルフもようやく冷静になる。
(どうやら座ったことで疲れがどっと出てきたようだな。急激に身体を動かしたせいもあるか)
何年も牢屋に入りっぱなしでは身体も鈍るも通り越してしまうだろう。
(今日はこのまま野宿にするか。……そろそろウラノたちにもう追いついていい距離だと思うが)
デルフは辺りを見渡して見るがその影は一切見えず遙か先まで平原が続いている。
視線を戻したデルフは着ていたコートをアリルに被せた。
日も暮れ始めデルフは立ち上がって折れ木を集め始める。
ある程度集めるとそれらを並べてから火を灯し即席の拠点を作った。
(……魔物の気配はないな)
デルフはその場の警戒をルーに任せて少しの間、その場から離れた。
一通り散策し近くに流れていた川から魚を数匹捕った後、仮拠点に戻る。
すると真夜中というのにアリルが起きていた。
(朝までは寝続けるかと思っていたが……)
拠点とデルフが立っている間の距離はまだ離れておりアリルはデルフの姿は発見できていないようだ。
いや、それどころかアリルは俯いている。
(何かあったのか?)
デルフは側まで寄るとアリルは頭を抱えて怯えたように震えていた。
「あ、アリル? どうか……したか?」
デルフは戸惑いながらも声を出すとアリルは涙で濡れてしまった顔をあげてデルフを見る。
その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっておりデルフの姿を認識した後はさらにその顔を歪め涙も次々と溢れさせる。
「デルフ様〜!!」
「……」
無言ながらもデルフはその様にぴくっと身体を跳ねらせて後退りしてしまう。
しかし、それよりも早くアリルはデルフに抱きついた。
そしてデルフの胸に顔を押し付けて嗚咽を幾度も繰り返した。
(一体何なんだ!?)
デルフは必死に宥めてようやくアリルは落ち着きを取り戻した。
話を聞いてみると起きたらデルフがいなくなっていたので自分を置いてどこか行ってしまったと考えたらしい。
(子どもか!)
デルフはうんざりした顔でそう頭の中で叫ぶ。
『ハッハッハ。もの凄く懐かれているのう』
(そんなレベルじゃないだろう。これは)
デルフは獲ってきた魚を串刺しにして焚き火の前に立てる。
頃合いを見てデルフはこんがりと焼けた魚を刺した棒を掴みアリルに手渡しする。
「あちっ……あ……」
デルフが手渡した瞬間、アリルは反射的に魚が刺さった棒を落としてしまった。
「申し訳ありません! デルフ様!」
アリルは急いで棒を掴み直す。
デルフはそれを気にせずに自分の手を見詰めていた。
「そうか……」
そして、デルフはアリルに目を向ける。
アリルは怯えたような目でデルフの言葉を待っていた。
(どうやら俺が怒っていると思っているようだな……)
デルフは安心させるように微笑みながらアリルに声をかける。
「大丈夫か? アリル」
「ぼ、僕は大丈夫です」
「すまないな。気が利かなくて」
「そ、そんな! 僕なんかに気を遣って頂かなくても結構です!」
デルフはアリルが持っている魚に目を向ける。
「それは俺がもらう」
すると、アリルはその魚を大事そうに両手で持って首をふるふると震わす。
「これは……デルフ様から頂いたものです。お返ししたく……ないです」
それはアリルがデルフに対して初めて見せた反抗だった。
アリルは目を瞑って身体を震わしている。
デルフに反論するのが自分の中で禁忌に値する行為と知りながらも強行したのだろう。
デルフが強く言えば取り替えることはできるがそう言うのは可哀想に思えた。
「アリルが良いなら良いんだが」
そう言うとアリルは嬉しそうにはにかんだ。
「調味料はないから味気ないと思うが我慢してくれ」
「とんでもありません! デルフ様から頂いた物です! 大事に頂きます!」
そう言ってアリルは魚に齧り付いた。
「美味しいです……」
身体を震わせて今にも泣きそうなアリル。
デルフはあやすように頭を撫でる。
(まるで子どもができた気分だ)
だが、それが悪影響だったのかアリルは我慢の限界をまたも泣き始めてしまった。
(難しい、な)
気を取り直してデルフも魚に齧り付く。
やはり調味料を付けていないからか魚から全く味は感じなかった。
(まぁこんなものだろう)
そして、デルフはさらに食べ進めていく。
食後、ようやく落ち着いた時間の流れを実感したデルフはアリルに声をかける。
「アリル、今更だが俺がこれから為すことを話しておく」
ごたごたあって話し忘れていたことを思い出したのだ。
そして、デルフは今のデストリーネ王国を落としフレイシアに王位を取り戻してもらう旨をアリルに話す。
「決して褒められるやり方ではない。むしろ世間的には悪者だ。それは事が成った後も続くだろう。それでも付いてきてくれるか?」
しかし、アリルは即答だった。
「デルフ様、そんなこと些細な問題です。僕はデルフ様のお役に立てればそれでいいのです。まして僕は死を待つだけだった身です。今更、どんな汚名でも怖くはありません」
「そうか」
デルフはそっと手をアリルの頭の上に置く。
「礼を言うぞ」
アリルは顔を真っ赤にして慌てている。
「いいいいい、いえ。だだ大丈夫です。」
今にも卒倒しそうなアリルをデルフは寸前で支える。
「ああああああああああ」
アリルは顔をさらに紅潮させ鼻から血が垂れていきそのまま意識を失った。
(やはり駄目か……本当に……難しいな)
そして、デルフは再びアリルを寝かせてから自身も休息を取った。
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