第108話 天騎十聖

 

 デストリーネ王国、王都にてその象徴である城。

 しかし、今や魔物の襲撃にてその形貌は以前の慄然と立ち尽くす様は見る影もなくなってしまっている。

 門は破壊され城の壁は罅が入っていることが遠くからでも分かるくらいだ。


 そして、その城の中の一部屋でウェルムは目を覚ました。


「お目覚めですか? ウェルム様」


 黒スーツを着た好青年のシフォードのにこやかに微笑んだ顔がウェルムの目に入る。


 ウェルムは身体を起こしすぐに自分が眠る前のことを思い出した。


「僕は……どれぐらい寝ていた?」

「五日ほどでございます」


 ウェルムは渋い顔をして考える素振りをする。

 頷きを数回繰り返し、状況を飲み込むことができたウェルムは呟く。


「そうか。後始末を君たちに任せてしまったのは悪かったね」

「いえ、お気になさらず。我らは皆、ウェルム様の手となり足となるために今世に蘇ったのですから」

「……今更だけどあのときは悪かったね」


 シフォードは首を傾げる。


「何のことでしょうか?」

「あのとき僕の身体の崩壊を止めた後、計画を始動させる手筈となっていた。しかし、できなかった。母上の手が入ったからと言ってそれは君たちに対する裏切りと受け止められても仕方がない」

「ウェルム様。それは違います。確かに予定と違いウェルム様の動きはいくら待っても現われませんでした。しかし、それを私どもは裏切りと思ったことなどありません。むしろなにかあったのではないかと心配をしておりました」

「そうかい。今は従ってくれているが心の奥では昔のことを根に持っていると思っていたよ……」

「ウェルム様は戻ってこられ私どもを呼び寄せてくれました。感謝こそすれ恨むことなどは決してありません」


 シフォードを含めたウェルムの配下たちはかつて友であったがウェルムの野望の話を聞き共感してウェルムを主と仰ぎ忠誠を誓った。


 ウェルムはそのときのことを思い出した。


「そうだね。これ以上深く考えたら君たちを僕自身が信じていない事になってしまうね。それともそれが君の狙いなのかな?」

「ふふふ、考えすぎです。ウェルム様は突き進んでください。我らはそれを支えますので」

「頼むよ」


 そこでこの話を区切りウェルムは今の自分の身なりを確かめた。


 ボロボロになったローブから外でよく見る普段着になっていた。

 しかし、その生地は肌触りから高価な物だと伺える。


「ジュラミール様に伺った話だと既に騎士団長との戦いで随分と消耗したようですね」

「そうだね。恥ずかしいことに先生の強さを侮っていたようだ」


 シフォードは姿勢を正し再び口を開く。


「それで、騎士団長の身体はいかがしましょう。実験にお使われになりますか?」


 ウェルムはしばらく考えた後、首を振る。


「確かに先生の身体はいい依り代になるだろう。だけど、止めておくよ。僕が手にかけたとはいえ先生であることに変わりはない。丁重に葬ってくれ」

「御心のままに」


 シフォードは一礼する。


「ん?」


 そのときウェルムは不思議そうに自分の腕を見た。


「如何しましたか?」


 ウェルムはクスリと笑う。


「いや……参ったな……。さすが母上だ」


 シフォードの顔が疑問に染まる。


「魔力がうまく集まらない。母上の魔法だろう。まさか二重で魔法を仕掛けてたなんて……。母上にしかできない芸当だ」

「カハミラ……殿にもできそうですが」

「二重に仕掛けるのはできるだろうけど少しは粗が目立ってしまう。母上ほどの繊細さじゃないとすぐに気付かれてしまう。正直僕でも難しい」

「しかし、魔力が使えないとなると……困りましたね」

「そうだね。取り敢えず皆のところに急ごう。待たせてしまったからね」


 ウェルムはシフォードを供に付けて集まっているであろう謁見室に向かう。

 到着し扉を開けると案の定そこには皆が集まっていた。


 二番隊隊長クライシス。

 元四番隊隊長であるソルヴェルの姿をしたヒクロルグ。

 現四番隊隊長であるクロサイア。

 元魔術団団長の身体で同じ名前を名乗ることにしたカハミラ。

 そして、ようやく到着した一番隊副隊長であるグーエイム。


 グーエイムは凜とした佇まいで十八歳ぐらいの女性だ。

 ちなみにクロサイアは十五歳くらいでグーエイムよりも一回り小さい少女である。


 グーエイムの姿は規律正しい軍服を身に纏い眼鏡を付けている。

 黒に近い青の髪をしっかり整えた頭には軍帽を被っている。


 性格は規律の乱れに敏感で自身にも他にも厳しい完璧主義者だ。


 前回、デルフとの戦いの折に遅れたのはその性格のおかげだろう。

 後に回せる仕事も全て終わらせてからようやくここに来たらしい。


(少し真面目すぎる気もするが……グーエイムがいるおかげでまとまっている節もあるからなぁ)


 ちなみにデストリーネ王国に軍帽などないのだが前世での名残で被っていないと気合いが入らないらしい。


「ウェルム様! お久しぶりです!!」


 ウェルムに気付きグーエイムは右手を頭に乗せてピシッと敬礼する。


「やぁ、グーエイム。元気そうだね。君の働き聞いているよ。これからもこの世界のために尽力してくれ」

「ハッ!!」


 そして、グーエイムの隣にはウェルムの協力者であるジュラミールがいた。


「すまないね。ジュラミール。後始末を任せてしまって」

「別にいい。お前が無理をして倒れてしまう方が厄介だ。ああ、そもそも倒れてしまったからだったな」

「はは、耳が痛いな」


 その後、ウェルムは眠っていた間の出来事の全てをジュラミールから聞いた。


「そうか。デルフ……ジョーカーには逃げられたか」


 災いの種が残ったウェルムは少し悔しそうに言う。


「全くクロサイア殿ともあろう御方がしくじるとは」


 シフォードが溜め息ながらにそう言う。

 一応敬語で接しているがそこに敬意はない。


(というか薄笑い浮かべてるしね)


 しかし、こう配下たちがじゃれつくのは日常茶飯事だ。

 いちいち気にして狼狽えていては主としてやっていけない。


「仕方ねーだろ! あと少しのところでなかなかやる爺さんどもに邪魔されたんだよ!! お前だって縛られていたくせに」

「そうね。あなたがかすり傷とはいえ手傷を負うなんて久しぶりに見たわ」


 カハミラが思い出したようにそう呟くがシフォードは溜め息交じりに首を振る。


「確かに私は動けませんでしたがウェルム様の母君の魔法に、よってです。いくらただのご老体ではないにしろそれ相手に苦労しているあなたとは違いますよ」

「なんだと!?」


 傍から見れば青年と少女の微笑ましい口論に見えるが中身を知っている者たちは苦笑いせずにいられない。

 いつ殴り合いの喧嘩に発展するか分からないからだ。


 本気で殺し合いするほど馬鹿ではないがそれでもここにいるメンバーの喧嘩となるとただでは済まない。


(ヒクロルグは頷きながら男の友情は拳にあるとか言っているしクライシスでは板挟みになってしまうだろうし頼みの綱のカハミラは楽しそうに見ているし……仕方ない僕が仲裁に……)


 ところが、そのときグーエイムが二人の間に割って入った。


(そうだ。グーエイムがいたんだった)


 クロサイアとシフォードは同時に片足が一歩だけ後退ってしまう。


 グーエイムは笑顔で二人の顔を交互に一瞥しさらににっこりと笑う。

 しかし、笑っているのは口元だけで眼鏡の後ろの瞳の色が全く伺えない。


 傍から見ているウェルムでさえグーエイムの笑顔の裏に黒くて不気味で恐ろしい何かが漂っているような気がした。


「お二方……ウェルム様の前で喧嘩とは大した度胸ですね?」


 その冷ややかな言葉に二人は背筋が凍る。


「いや、それはだな……」

「……」


 必死に弁解しようとするクロサイアと冷や汗を掻きながら沈黙するシフォード。


「はい。分かっております。あなた方が言葉で収まることはない。拳を交えなければならないと。それが男性です」


 一瞬、皆はその言葉で終わると思った。

 だが、違った。


「しかし! しかしです!」


 身を乗り出すようにそう言うグーエイムに対して皆は嫌な予感を感じざるを得なかった。


「私たちは仲間です。ならば言葉が通じるはずです!」

「通じないから喧嘩になっているのじゃないの。放っとけばいいじゃない。そのうち飽きるわよ」


 カハミラが優しくそう言うが「いいえ」と首を振る。


「この際、お二方は仲良くなってもらいます。安心してください。見捨てたりはしません。このグーエイムが付きっきりで仲立ちしますので!」


 グーエイムは眼鏡を片手で上げる動作をしてキリッと言い放つ。


 その瞬間、クロサイアとシフォードは血の気が引いた。


 ここで「うん」と頷いてしまえばグーエイムが納得するまで放してくれないだろう。

 納得するまでが肝だ。


 完璧主義者であるグーエイムが納得するまでどれほど時間がかかるか分かったものではない。


 クロサイアとシフォードの二人は言葉を交わさず視線だけで示し合わせる。


「あー、思えば俺が悪かったな」

「いいえ、こちらも少々口が過ぎました」


 二人は笑顔で謝罪する。


 先程の気まずい空気が急に緩和される。


 グーエイムは急変した二人の様子を訝しげに見詰め続ける。


 その視線が突き刺さりこれでも足りないか!と二人は心の中で叫び一歩踏み出して握手をする。


 それでようやくグーエイムはにっこりと笑った。


「お二人が仲良くなって私も嬉しいです」


 その言葉を聞いて二人はほっと胸をなで下ろした。


 話が終わったのを見計らいウェルムが話し始める。


「さて、今の僕の状況を話しておく」


 ウェルムは自身が現在魔法が使えない身であることを話す。


「それで当分は立て直しが先決で魔法関係は魔団長としてカハミラに任せて良いかい?」

「はい。分かりましたわ」

「君なら魔物を動かせるはずだ。あと、こないだファーストが連れ帰ってきた実験体はどうなった?」

「治癒は施し完治しています。意識は戻していませんが」


 ウェルムは頷き口を開く。


「それも君にあげるよ。好きに使っていい。確か……“真なる心臓トゥルーハート”が一つ余っていると思うからそれも好きにするといいよ」

「それは楽しみですわ」


 クスリとカハミラは悪戯な笑みを浮かべる。


「それとジュラミール……天騎十聖だっけ? 良い名称と思うけど僕たち七名しかいないけど」

「それは私も思っていました」


 グーエイムが気分悪そうに口を挟む。


「ああ、分かっているが……後でお前に役立つ者をあと三人ほど蘇らせてもらおうかと思っていたが魔法が使えないのではな」

「すまないね。こればかりは仕方がないと諦めるしかないよ」

「しかし、このままでいる気はないのだろう」

「もちろん。多分、一年もあればこの魔法は解けるだろう。十聖の選別はそれからだね」

「一年か……了解した。それでは一年後、計画を再始動させるとしよう」


 ウェルムは首を傾げる。


「いちいち僕を待つ必要はないと思うけど」


 そんなウェルムの言葉をクロサイアが笑い飛ばす。


「ふっ、今更一年待ったところで変わらねーよ。立場上、ジュラミールが上だが俺たちの主はお前だ」

「そ、それはジュラミールに悪いんじゃ……」


 しかし、その言葉を遮ったのは他でもないジュラミールだ。


「構わない。私が許可した。その方が力を出せるだろう。無理強いはしないさ。しかし、民たちからの威厳を保つ程度には敬意を保って欲しいがな」

「なるほど、ジュラミールが構わないなら。しかし、威厳を保つと言っても君が手に入れた能力ならば簡単と思うけど?」

「あれは魔力の消費が激しいからな。なるべく使わないようにしたい。普通に保てるならばそれに越したことはないだろう?」

「確かにそうだね」


 ウェルムは一旦話を区切り再び口を開く。


「それじゃ一年後。計画を再始動する! 皆、準備を進めてくれ」

「「ハッ!!」」




 そして一年の月日が流れた。

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