第88話 未開の地

 

 明朝。


 副団長であるデルフは三番隊を引き連れて王都を出立した。


 入団試験を兼ねた兵士募集の成果もあり戦争で減った数以上の人員が集まりその数はデルフが隊長だったときよりも増えている。


 それに三番隊だからと言って他の隊に比べれば疎かにしていた鍛錬も最近では頻繁に取り入れ個々の実力も格段に成長していた。

 しかし、その意識の向上は平和が崩れたという事実から来ている。


 隊長になったガンテツが三番隊は他の隊よりも劣っていると先の戦いで身に染みたらしく騎士の鍛錬の時間を増やして欲しいと申し出てきたのだ。

 正直言うと、副団長よりも隊長の方が目で見える成果は大きい。


 デルフは指図をするだけでこの通り実際に行動をしているのは隊長たちである。


 デルフの役割は隊長たちの方針の土台を作り揺るぐことなく支え固めるというもの。

 それが重要だというのは誰でも分かることだがはっきり言って地味だ。


 騎士たちから向けられる尊敬の眼差しは尋常ではないが世間的には副団長の働きは全くと言って良いほど知られていない。


 しかし、知られていないと言うだけで流石に隊長よりも劣っているとは思われていない。

 むしろ、騎士団長と同じく存在するだけでデストリーネ王国は安泰と思われているほどだ。


 デルフは別にそれで構わなかったがウラノが凄く不満げであった。


 曰く、「民たちは副団長としての役目よりもその存在を大事にしているのです。殿はお飾りの人形ではありません」


 しかし、今回の調査。


 陛下の勅命の大仕事であるためようやく目に見えるデルフの活躍の場ができたとウラノは大喜びしている。


 ウラノの意気込みも相当なものだ。

 そのウラノの熱意に応えようとデルフは意気込む。


 

 何日も行軍が続き、あと半刻もしないうちに挑戦の森に到着する距離まで近づいていた。


 先頭で馬を歩かせているデルフは後ろに下がりクロークの下に近寄る。


「クローク。どうだ? 慣れたか?」

「師匠! は、はい。おかげさまで」

「お、おい。クローク。今、デルフの兄貴を師匠って言ったのか?」


 話に割り込んできたのはアクルガの舎弟であるスルワリだ。


「うん。師匠に教わったから僕はここまで強くなれたんだ」

「姉御の上に立つデルフの兄貴に鍛えられたのか。そりゃあの強さも納得だぜ」

「お前ら、それは違うぞ。俺はただきっかけを与えただけだ。そこから自分で何かを見出さない限り何も生まれなかった。それをクロークは見つけた。それだけだ」


 スルワリは呆気にとられてクロークを見る。


「お前、すごいな。デルフの兄貴がここまで褒めているの初めてみたぞ」

「スルワリ、お前もアクルガの奴が絶賛していたぞ。前に比べて段違いだとな」

「えっ? 姉御がそんなことを? 一度も言われたことないぞ?」


 そんなスルワリの言葉をデルフは笑いで返す。


「それは照れくさいんだろ? いつも恥ずかしい言葉を並べているのにな。まだあいつにも羞恥心は残っているようだ」

「姉御が……。そうか、そうか!」


 スルワリは拳を握りしめてやる気に満ち溢れている。


 褒めたのはいいが空回りをされても困るので一応デルフは釘を刺しておく。


「これから向かう挑戦の森は危険な場所だ。くれぐれも警戒を怠るなよ?」

「「はい!!」」


 クロークとスルワリの元気いっぱいの声が響き渡る。


 デルフは移動してアクルガたちに近づいた。

 今や、アクルガたちはこの三番隊の主力である。


 森に入る前にデルフはアクルガたちのボワールとの戦いで負った傷の様子を確かめておきたかった。

 特にヴィールとノクサリオだ。


「あっ。デルフ君!」


 ヴィールが近づいてくるデルフに気付き手を振ってくる。


「ヴィール、もう手は治ったのか?」

「とっくに治っているよ! ほら!」


 ヴィールは包帯がなくなった手を自慢げにデルフに見せる。


「デルフ、俺の心配は?」


 ノクサリオは自分の顔に指を指してデルフに尋ねる。


「いや、お前は治っているだろ」

「ひっで〜」

「ハッハッハ。あれぐらいの怪我で四の五の言うな」


 アクルガが高らかに笑ってノクサリオに言う。


「お前だけに言われたくねぇ〜」

「本当にお前らいつも通りだな。今から危険な場所に向かうんだぞ。どれだけ危険かも未知数な場所にだ」


 緊張感の欠片も感じない空気にデルフは苦笑いしながら呟く。


「わからないことを考えても仕方がないよ。デルフ君! いつも通りが一番だよ」

「それも分からなくはないが……うん、まぁそれもそうだな」


 何か言い返したかったが言い返す言葉がなかったので不承不承に飲み込む。


「ハッハッハッハ!! あたしに任せておけ!」


 大声で笑うアクルガにデルフは視線を向ける。


「頼りにしているぞ。アクルガ」

「ああ!!」


 主だった者たちに発破をかけ終わったデルフは馬を歩かせて先頭に戻っていく。


 そのとき視界の端にデルフにとってとても重要な場所を捉えた。


 デルフは少し考えてからガンテツに話しかける。


「ガンテツ、しばらく指揮を任せていいか?」

「大丈夫でござるよ。どちらに?」

「少し寄り道をな……」

「供回りは……」

「私事だから大丈夫だ」


 デルフは隊列を離れて馬を走らせる。

 後ろからはウラノも馬を走らせて着いてきていた。


「ウラノ、お前は待っていて良いぞ」

「殿がいる場所こそ小生の持ち場です」


 デルフは微笑みそれ以上言うことを止めた。


 門があったところまで来るとデルフは馬から降りる。


「殿、ここは?」


 苔だらけの瓦礫が辺りに散らばっている様を見てウラノは尋ねる。


「俺の故郷だ」

「こ、ここが……ですか」


 門から先は村の原形がなくとてもじゃないが村には見えない。

 もはやデルフにしかここは村だったと言える者はいなくなってしまった。


 デルフは足早に歩みを進めて村の中央まで行く。


「本当にここはあまり変わらないな。……あのときから」


 中央には無数の墓標が並んでいる。


 墓標は古びて色褪せ深い緑の苔が生えたりしているがデルフからにすればあのときと全く変わらなく見えた。


 デルフはゆっくりと家族の下まで歩を進める。

 四つ並んだ墓標の前に立つと一回深呼吸して口を開く。


「少し行ってくるよ」


 そう言ってすぐにデルフは踵を返した。


「殿、それだけでよろしいので?」


 ウラノは首を傾げてデルフに聞いてくる。


「ああ。だって帰ってきたときの報告の方が胸張って言えるだろ?」


 そして、デルフは隊列に戻った。


 挑戦の森に着くと既に夕暮れになっており今から森の入るのは危険と判断し入り口の前で一夜を過ごすことにした。


 明朝、隊員たちにデルフは言葉を投げかける。


「これより我らは挑戦の森の調査に入る。今回の目的は調査もあるが魔物の確保も含まれている。生死関わらずでいいができる限りは捕獲が望ましい。だが、余裕があればだ。くれぐれも油断はしないでくれ」


 魔物と聞いて騎士たちが息を呑む。


 魔物の恐ろしさはもはや誰もが知っている。


 危険度が一の槍ボアが一気に四まで格上げされたことが何よりの証拠だ。


 槍ボアでなければ他はどうなる。

 それを考えるだけで騎士たちに不安が募っていく。


 そんな様子をアクルガは察知したのか笑いながら声を張り上げる。


「ハッハッハ。副団長。ここにいるのはデストリーネ王国が誇る騎士たちだ。案ずることは何もない!! いや、全滅させてしまわないかだけが心配だな! ハッハッハッハ」


 アクルガの威勢のいい言葉に自信を無くし俯いていた者たちが息を吹き返した。


「そうだよな? お前たち!!」

「「おおおおおおおお!!」」


 大歓声が轟きデルフは笑みを浮かべる。


「自分の役目がアクルガ殿に取られてしまったでござるな」

「まぁ、それがアクルガらしいけどな」


 デルフは手を上げて叫ぶ。


「行くぞ!!」




 デルフを含めた三番隊が挑戦の森に突入して随分と時が経過した。


 しかし、未だに魔物の姿を発見することができなかった。


 昔、薬草を採っていた穴場を通り過ぎてさらに奥まで進む。


「懐かしいな……」


 すると、今までデルフの懐に隠れていたルーが飛び出した。


 ルーも嬉しそうに目の先にある大木に走っていく。


 ここはデルフが初めて黒コートの女性リラルスと出会った場所だ。

 ルーにとっても懐かしいのだろう。


 先程まで木々が埋め尽くす森とは打って変わって目の先には広々とした空間がある。


 その中央には一本の大木が高くそびえ立っている。

 太陽の眩い光が降り注ぎ神神しく輝き力強く根付いている大木に三番隊の面々は思わず息を呑む。


「この森にこんな場所が……」


 ヴィールが思わず呟いた。


「進むぞ」


 今回の目的はこの場所のさらにずっと奥だ。


 魔物でなくても捕食者(プレデター)と呼ばれる最低でも危険度四以上の動物が生息する場所。


 ここから先はデルフも知らない未知の場所になる。


 デルフはぐっと自身に起こる武者震いを抑えた。


「俺もとうとう捕食者に立ち向かえる実力があるということか……!?」


 前に行こうとする騎士たちをデルフは掌を横に向けて制止した。


「気配がする」


 そのデルフの声に全員が身構えて辺りを見回すが何も見当たらない。


 デルフも見回すが特におかしいところはない。

 だが、感じる視線は止むことはない。


「これは一匹じゃないな」


 そのとき視界の端に何かが映った。


 デルフは反射的に振り向くと黒い巨体をした猿が茂みから飛び出してきた。

 さらにデルフたちの周囲に同じ猿が多々現われる。


 忘れるはずがない。


 デルフの故郷、カルスト村を襲い父であるグドルの命を奪った黒猿だった。


「全員、戦闘用意!! 全力で当たれ!!」


 デルフは初戦から捕獲を考える余裕はないと考え皆に告げる。


 デルフの声に合わせて全員が剣を抜刀した。


 騎士たちは分担して黒猿に挑んでいく。


「いいか。危なくなったら必ず下がるんだ!!」


 そして、デルフも刀を抜く。


 ルーを使う手もあるがルーには殺気を飛ばして黒猿の動きを鈍くさせることに専念させる。

 特に危機に陥った騎士を助けるためだ。


 この黒猿は村に来たときと違い大剣を持っていない。


 だからと言って油断するデルフではない。


 そして、デルフは一番に飛び出した。


 いや、皆も一緒に飛び出したがデルフが速すぎるためデルフが一番に飛び出たように見えたのだ。


 残像を薄らと見せる速度は味方の騎士ですら呆気にとられている。


 それは黒猿でさえも同じ事。


 黒猿はデルフの動きを目で追えていなかった。


 だが、嗅覚は鋭いのかデルフが目の前に来た丁度に手を思い切り振った。


「遅い」


 デルフは宙返りをして巧みにかわす。


 そして、ボタッと地面に何かが落ちた。


 黒猿の腕だ。


 デルフが躱す際に刀を振り軽々と切り落としたのだ。


「ギィィィアアアアア!!」


 叫びとともに黒猿の目の色が変わった。


 完全にデルフを敵として見なしたのだ。


 しかし、だからといってデルフの動きは追えることができる道理にはならない。


 黒猿は手を振ってデルフを攻撃する。

 その攻撃は当たりさえすればどれもデルフを戦闘不能に至らしめるものである。


 しかし、その当たりさえすればが重要なのだ。

 いくら強力な攻撃であったとしても当たらなければ意味がない。


 デルフは素早く動き黒猿を翻弄し全ての攻撃を巧みにかわしてく。


 もはや黒猿の動きを全てデルフは見切っていた。

 黒猿は既にデルフの相手にはならない。


 攻撃を躱しながらデルフは少し苛立っていた。


 ここはリラルスとの思い出の場所。


 カルスト村とこの空間、二度にもわたり自分が心安らぐ場所に黒猿が出現したことに我慢ならなかった。


 デルフは躱す際に黒猿の身体に微細な傷を次々と付けていく。


 そして、デルフは足を止めて黒猿の目の前に立ち尽くした。


「どうだ? これで攻撃が当てられるだろう?」


 言葉は通じていないだろうが嘗められていることが分かった黒猿は表情を怒りに染め拳を強く握りしめてデルフに放った。


 だが、デルフは刀を無造作に振るいその拳を切り落としてしまった。


「だから、遅い。八つ当たりで悪いが……俺の怒りの捌け口となれ」


 デルフは飛び上がり黒猿の目線と同じ高さにまで来ると腕を全力で引いた。


 そして、全ての力をそのまま放つ。


羅刹一突らせついっとつ!!」


 あまりにも一瞬とも言える速度の突きに黒猿は呆然とするだけで反応ができていない。


 反応できなければ躱すことは不可能でましてや防ぐことができるはずがない。

 そもそも防ぐための腕はもうないのだから。


 そして、デルフの突きは黒猿の眉間に吸い込まれるようにすんなりと深く突き刺さりその命を奪った。


 デルフは地面に着地して刀の血を払い鞘に戻す。


 何が起こったか理解できずに倒れてしまった黒猿の姿を見てデルフは静かに息を吐きだす。


「ようやく……カリーナと父さんに追いつけた気がする」

「流石、殿です。小生が出る幕などないですね」


 デルフが黒猿を倒したことを確認してデルフのすぐ側に跪くウラノ。


「息をついた間もないのを承知ですが少し苦戦しているところがありますのでお力添えを」

「わかった」


 デルフは再び刀を抜き苦戦している騎士たちの下へ向かい走り出す。


 ガンテツは隊長の称号は伊達ではないと言うべきか黒猿を一方的に追い詰めている。


 ヴィールとノクサリオはお互いに手を組み黒猿と戦っている。


 決着が付くのも時間の問題だろう。


 アクルガはとっくに黒猿を三体も軽く屠ってしまっていた。


 黒猿たちの亡骸は顔が潰されたり散々な有様でアクルガに完膚なきまでに殴られたことが予想に付く。


「こいつと殴り合いで勝つか……。そんなことできるのはカリーナぐらいだと思っていた。まぁ、アクルガだしな」


 アクルガはまだ黒猿と戦っているスルワリとクロークのところに行き指導を行うという余裕さえ見せている。


「本当ならさっさと倒して欲しいが確かに余裕がある内に指導するのは大切だな」


 それはアクルガに任せるとしてデルフは速やかに黒猿の対処を行っていく。


 先程みたいに昔の怒りを発散させるために時間をかけたりはしない。


 的確に刀を脳に突き刺して確実に黒猿の命を絶っていく。


 最後の一匹を倒し終わるとデルフは静かに刀を鞘にしまった。


「我ながら騎士の戦いとかけ離れている気がするな。まるで暗殺者みたいだな。……この言葉、どこかで聞いた気が……まぁいいか」


 デルフは苦笑した後、皆に向けて言葉を発した。


「負傷者の手当てを優先し、動ける者は状態が綺麗な黒猿を並べて置いてくれ。帰り際に回収する」


 幸い負傷者は数少なく一番酷い怪我でも打撲程度だった。


(しかし、心配は杞憂だったようだな。あの黒猿相手に死傷者がなしとは良い傾向だ)


 これならば途中から捕獲に切り替えて良かったのではないかと考えたが捕獲は帰り際にすることにした。

 今、捕獲しても危険物を持ち続けるかどこかに放置することになりもし逃げ出されれば脅威になってしまうからだ。


 そして、再び隊列を整えてさらに奥に進んだ。


「ガンテツ、気をつけろ。この先は俺も知らない」

「了解でござる」


 まだ昼頃だというのに進んだ先は木々によって日差しを遮られまるで洞窟の中であるかのように暗かった。


「しかし、変だな。魔物の気配が全くしない。この感覚……あのときと……」 

「それでも油断は禁物でござるよ」

「ああ」


 ゆっくりと確実に前進していく三番隊。


「カルスト殿、あれは?」


 ガンテツは自分では薄らとしか見えなかったらしくデルフに尋ねる。


 デルフはガンテツが指さす方を見るとそこには信じられない物が存在していた。


 デルフは思わず自分の目を疑った

 だが、いくら見てもそこにそれは存在している。


「あれは……ログハウス、か?」


 木造建築の見たところ一階建ての簡易な家があった。


 普通の森ならば納得ができたがここは挑戦の森。

 騎士ですら立ち入ることを憚られるという森にログハウス。


 つまり、ここに住んでいる者がいたということになる。

 いや、もしかしたら現在も暮らしているかもしれない。


「まさか……。ガンテツ、お前たちはこの場で待機してくれ」


 デルフは警戒を絶やさずに素早くログハウスの扉の前まで移動し耳を澄ませる。


 人の気配はしない。

 魔物の気配もしない。


「誰もいない?」


 デルフはゆっくりとドアに手を近づけて取っ手を捻る。


 施錠はされておらず軽く扉を押して徐々に開いていきデルフは刀を抜き取り中に突入した。


 部屋の中は真っ暗で何も見えないが人の気配はやはりない。

 デルフはほっと息を吐き大丈夫だというようにガンテツに手を振る。


 そして、このログハウスはデルフとガンテツの二人で調査を行うことにした。

 他の騎士たちは外の見張りをさせる。


 ガンテツは持参した松明を並べていき部屋に明かりを灯していく。


 そして、ログハウスの全貌が明らかになった。


 ログハウスの中は思ったよりも広くその奥にデルフは目を向けた。


「なっ……」


 デルフは奥にあった物に目を奪われて思わず言葉が詰まる。


「こ、こいつは……」


 デルフが見た物それは……白い毛並みを生え揃え身体はこの家よりも大きい狼だった。


 ガラスの器の中に入っておりその中には妙な液体で満たされている。

 関節を無視し無理矢理折りたたまれてようやく収まっている。


 この巨狼、デルフには見覚えしかなかった。


「こいつはあのとき最後に現われた……。カリーナを飲み込んだ」


 もう息はなさそうだがデルフの心臓は飛び出しそうなほど脈を打っている。


 そのとき、ルーがデルフの懐から飛び出て巨狼の前に行きその姿を眺めていた。


「ルー、どうした?」


 だが、ルーは何も返答をせずにただ眺めているだけだ。


 仕方なくデルフはこの家の調査を行おうと辺りを見渡したときようやく気が付いた。


 いや、闇に紛れて見えていなかったと言うべきか。

 床や壁は殆ど黒い染みで染まっていた。


 まるで元々、黒に塗られていたかのようで木の色が逆に汚れに見えてしまう。


 デルフにはその黒の何かに見覚えがあった。


「これは……まさか、黒血か!?」


 先程から簡単に飲み込むことができていないデルフはついに許容できる情報量を超えた。


「リラルスと同じ。まさかここにリラルスが? いや、それはないか……。あまりに出血量が多すぎる。いったい何なんだ。ここは……」


 そのとき、ガンテツがデルフを呼ぶ声が聞こえた。


「カルスト殿! こちらへ」

「何だガンテツ」

「これを」


 ガンテツが指さしたのは机の上に置かれた日記だった。


 施錠ができる型式の日記で扉とは違い今度はきっちりと鍵が閉まっている。

 しかし、随分と錆び付き脆くなっている。


 デルフはその日記に手を伸ばそうとするがその途中で止めた。


 何か嫌な予感がしたからだ。

 だが、それがどんな理由からかは全く思いつかなかった。


 ただ頭の中で囁いてくるのだ。


 しかし、ここで止める手はない。


 デルフは嫌な予感を振り払い今度こそ躊躇なく日記を開く。


 書いてからだいぶ時間が経っているようで結構な数の文字が潰れている。


 だが、それでも読めるところはあり次々と頭に入れていく。


「な、なんだこれは……」


 そこに書いてあったことにデルフは動揺を隠せなかった。

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