第51話 四番隊の攻防(3)

 

 時刻は昼頃。


 出撃後、ソルヴェルたち四番隊総勢四千はある程度の距離で止まり向かってくる敵軍を待ち構えていた。


「弓隊! 前へ!!」


 ソルヴェルの声とともに弓兵が前に出る。


 ボワール軍は総勢一万だ。

 まともにぶつかればすぐに呑み込まれてしまうだろう。


 しかし、ソルヴェルは向かってくる敵軍を見て疑問に思った。


(少ないね……)


 敵陣地の方を見てみると動いていない軍勢があった。


 (様子見の攻撃か、もしくはこの軍勢の長が功を急いだか。恐らく後者だろうね。だけどこれは手前らにとっては好都合)


 恐らく向かってくる敵勢は自軍と同数。

 その軍勢が咆哮を上げジワジワと攻め寄せてきている。


 だが、ソルヴェルはまだ動かない。


 弓隊の面々は辛抱を切らして今にも射ってしまいそうな程に手が震えてしまっている。


「まだだよ! できるだけ引きつけろ!!」


 ソルヴェルの一喝により四番隊の兵士たちは冷静さを取り戻し手の震えが収まった。


 ボワール軍の突撃の勢いは凄まじく迷いは一切ない。

 もう数秒経てば衝突する距離まで近づいていた。


 兵隊が走る足音と馬が駆けてくる音が混濁しあい騒音になっている。


 そして、ソルヴェルは手を前に伸ばす。


「いまだ! 放て!!」


 ソルヴェルの大声とほぼ同時に曲射された矢が雨となってボワール軍の先頭に降り注いでいく。


 その矢の雨によって先頭が止まってしまったことによりボワール軍の勢いは削がれ混乱に陥ってしまう。

 それを見計らいソルヴェルは背中に背負っていたランスを組み立てる。


「剣を抜け! 突撃!!」


 大声を上げ自分たちの感情を昂らせながら四番隊はボワール軍の中へと突き進んでいく。


 豪馬に乗ったソルヴェルは自慢のランスですれ違いざまに敵兵を次々と突き刺す。


 一度、取り乱してしまった軍勢はいとも簡単に崩れていき叫び声で溢れている。


(……勝てる!!)


 この立て直しを即座にできないことからこの軍勢の指揮官はそれほど脅威ではないと看破する。


 味方の士気が高いこともありソルヴェルは今が攻め時と確信した。


「攻め立てろ! 今が攻め時だ!」


 四番隊の勢いがさらに増す。


 その勢いに気圧されたボワールの兵たちが少しずつ逃げ始めていた。


「な、何をしている!? 敵は少数ではないか!! さっさと蹴散らすのだ!! 逃げるな!! この役立たず共!!」


 そんなあまりにも情けなく細い声が耳に入りソルヴェルは目を向ける。


 そこには戦場には似つかわしくない煌びやかな格好をして顔立ちは整っているが戦争の「せ」の字も知らなさそうな男がいた。

 その目は全く覇気が籠もっておらず戦場の経験がないように見える。


 男の服装はまるで自分を狙ってくれと言っているように煌びやかとしておりこの戦場では格好の的でしかない。


 ボワールの貴族の一人だと思うがあまりにもみっともなく内心で呆れてしまう。


 案の定、次から次へと四番隊の兵たちの標的となってしまっている。


 だが、その貴族の男は自分の兵を盾にして迫り来る四番隊の兵士たちから必死に身を守っていた。


(やはり、これは敵の独断で動いた兵か。しかし、ジャンハイブ。全くあまり動きを見せないのも不気味だね。……とにかくこの無能な男を討ち取れば一旦この場は勝利を手にすることができるか)


 ソルヴェルはその貴族の男に目掛けて突撃を開始した。

 多くの敵兵が立ち塞がるが力自慢の豪馬の突進を止められるはずもなくそれらを突進で蹴散らしていく。


「ジャンハイブのやつめ!! 何が敵は少数だから問題はないだ! ここまで強いとは聞いていないぞ!!」

「君が判断を誤ったからだと思うね」


 貴族の男は声がする方向に視線を恐る恐る向けるとそこには鋭くなった眼光を持っているソルヴェルが迫り来ていたことにようやく気が付いた。


「ひぃぃ!! 無礼者! わ、私はボワール王国の侯爵であるぞ!!」


 そんな言葉に耳を貸すはずもなくただ己の敵を討つためだけに動いているソルヴェルは止まらない。


 言葉を掛けても無駄だと悟った貴族の男はただ大声で助けを求める。


「ジャ、ジャンハイブ……ジャンハイブはどこだ!!」


 豪馬が飛び上がることで立ち塞がる敵兵を乗り越えてジャンハイブはその貴族にみるみると近づいていく。


 そして、ランスを豪速で突き出す。

 もはや、この男が防ぐとはおろか避けることすらもできないと確信する。


 だが、そのソルヴェルの攻撃は突如、横から現われた大剣によって防がれてしまった。


「何!?」


 堪らずソルヴェルは馬を後退させる。


 目を向けた先には格段に薄く身を守る真価を発揮できなさそうな鎧を装着した男が馬に乗っていた。 


 その鎧は肩までしか覆っておらず腕は丸見えになっている。

 攻撃を剣で防ぐことを前提に置いた格好だ。


 鍛え抜かれた腕の太さやそこに備わる並々ならぬ雰囲気を感じソルヴェルの額に汗が伝う。


 顔つきこそ若々しいがその目には数多の死線を潜り抜いた鋭さが宿っており睨み付けられるだけでも戦慄してしまいそうだ。


 ソルヴェルは理解した。


 この人物こそがあの英雄ジャンハイブであると。


「おいおい。止めてくれよ。まだ、こいつを殺されるわけにはいかねぇんだ」


 貴族の男はジャンハイブが駆けつけたと知るやゾルヴェルをジャンハイブになすりつけるようにそそくさと逃げ出してしまった。


 それをジャンハイブは横目で見て溜め息をつく。


「まったくいつからこの国はこんなに腐ってしまったんだ。まぁ、だからやりやすいんだけどよ。貴公もそうは思わないか? ソルヴェル・ファムログ殿」

「む? 手前の名前を?」

「知らない方がおかしいだろ。大国デストリーネの要塞と呼ばれし隊長を。ボワールでもその名は轟いているぞ。だが、俺だけが名を知っているというのも対等ではないな。俺の名は……」


 しかし、その言葉をソルヴェルが遮る。


「それこそ必要がないね。ジャンハイブ殿。君こそ手前の名よりもデストリーネどころか他の国でも広回っているよ」

「ハッハッハ。それもそうか。さて、戦場でこのように言葉を連ねるのは無粋であろう。一度、手合わせを願おうか。デストリーネの隊長の実力を拝見したい」


 ソルヴェルは受けて立つというように豪馬から降り盾とランスを構える。


 同様にジャンハイブも馬から降り大剣を軽々と振り回して肩に乗せた。


 その大剣の刀身は細長く鋭い。

 そして、美しく神神しい光を放っている。


 これがジャンハイブの武器である聖剣ファフニールだ。


 ボワールの国宝であり柄や鍔に埋め込まれている宝石を見るとその価値は想像もできない。


 一見すると飾り物の剣に見えるがその鋭い煌めきを見れば軽快せざるを得ない。


 まさに英雄と呼ばれし者に相応しい聖剣だ。


 それ以降、お互いは沈黙し値踏みするように睨み合う


 ソルヴェルはジャンハイブから発してくる覇気に実力差を感じ取っていた。

 いや、正確にはあのソルヴェルの突きを受け止められたときから鮮明に感じていた。


(全力の突きが片手で持った剣でいとも簡単に防がれるとは……。奴にはなんの苦痛も感じていなかった。……まともにぶつかれば勝ち目はないね。いや、そもそも勝つ必要はな……!?)


 そう判断した瞬間、目の前にいたジャンハイブの姿が掻き消えた。


(消え、た!?)


 ソルヴェルは目を見開きジャンハイブの姿を探す。

 だが、気が付いた時には聖剣が自分の腹部に直撃していた。


 鎧を着込んでいるソルヴェルには負傷というダメージはないがそれでも遙か彼方まで吹き飛ばされそうな衝撃までは防ぐことはできない。


 体勢が崩れそうになるも全体重を地面に乗せることにより地面を引きずっていた足をやっとのことで止める。


 それでも剣を振ったジャンハイブとの距離は大きく引き離されてしまった。


「結構な力で振ったが……思ったよりも堅い。伊達に要塞と呼ばれてないな」


 笑いながら答えるジャンハイブにはまだまだ余裕が見えソルヴェルは内心で苦笑いをしていた。


(手前は始めから余裕すらないのだがね……)


 ソルヴェルは攻撃を受けた箇所を見ると聖剣の形にへこんでいた。


(全く馬鹿げた力にスピード……。まさか、ハルザード団長と互角か?)


 ソルヴェルはこの世界で最強の人間はハルザードと確信している。


 ジャンハイブの噂は耳を塞いだとしても勝手に流れ込んでくるほど伝わってきたがそれでもハルザードよりは劣るだろうと考えていた。

 だが、実際に相対してみるとその強さは計り知れない。


 ハルザードと互角の実力という事実はソルヴェルにとって大きな衝撃となり心に響いた。


(この戦争、決着が見えないね……。だが、この場は手前が死守する!)


 だが、ソルヴェルの意気込みも空しくその後の交差はあまりにも一方的であった。


 ジャンハイブの猛攻にソルヴェルはただ防ぐことしかできていない。

 攻撃をしようにも攻撃を行う暇が見当たらなかった。


 ダメージこそ少ないものの積み重なる衝撃による体力の損耗はどんどんと蓄積されていく。


(手前は全力の全力。だが奴はあの有名な紋章の力をまだ使っていない。それどころかまだ本気の”ほ”の字すらも出していないときたもんだ。だが!!)


 次のジャンハイブの攻撃に合わせてソルヴェルはランスを抜刀するかのごとく横薙ぎして聖剣にぶつける。

 ランスの方が重量を持っている分、負けている力の差を埋めて聖剣を弾くことを可能にした。


「その油断が命取りだよ!!」

「ほぉう……」


 そして、透かさず盾での突き出しジャンハイブの身体に衝撃を襲わせる。

 だが、いつの間にか弾いたはずの聖剣でその衝撃をいとも容易くいなされてしまった。


「なっ……」


 予想外の動きにソルヴェルは怯んでしまい体勢を崩して転んでしまう。


 そんな隙だらけとなったソルヴェルにジャンハイブは聖剣を上に掲げてそのまま縦に振り下ろす。


 ソルヴェルは反応に遅れはしたが仰向けになりなんとか盾を構え防ぐことに成功した。


 盾と聖剣が力比べしている最中、ソルヴェルは地面に背中を付けたままもう片方の手に持っているランスを振りジャンハイブの足を砕こうとする。

 それをジャンハイブは後ろに飛び下がることで軽く避けてしまう。


 その内にソルヴェルは身体を起こし体勢を整える。


(まさかあの攻撃から手前が押し返されるとは……。これ以上は無理か)


 ふと、辺りの気配を探ってみると英雄であるジャンハイブが出てきたことにより敵兵の士気があがりこちら側が押されていることに気が付いた。


(不味いね……)


 完全に勝機を失ってしまった。


 普段ならばそうなるまえに撤退を合図するソルヴェルだったがそれができるほどの余裕はジャンハイブとの戦いでは存在しない。


(それにまだ実力を隠しているしね。手前を軽く見ているのか。それとも何かを企んでいるのか。一旦、退くとしようか)


 そう命令を放とうとした瞬間、ボワールの陣側が騒がしくなってきたことにソルヴェルは感じ取る。


「なんだ……?」


 ソルヴェルのポツリとした呟きに呼応するようにジャンハイブも呟く。


「ふう~。やっときたか」


 その言葉である可能性に気が付いた。


「まさか、援軍……かね」

「そういうことだ。貴公との戦いは久しぶりに胸が躍った。だが、これまでだ。後はあいつらに任せるとしよう」


 そう言って矛を収めて馬に乗りジャンハイブは去ろうとする。


「待て! 逃げるのかね!!」


 ソルヴェルにはジャンハイブを止める必要などない。

 しかし、そう聞かずにはいられなかった。


 だが、それを見透かしてジャンハイブはわざとらしく首を傾げて言う。


「俺が引く方が貴公らに都合がいいのじゃないか?」


 確かにその通りだ。

 だが、自分たちに都合が良いと分かりながら引こうとするジャンハイブにソルヴェルは不気味さを感じていた。


 ジャンハイブが前線に出ていた方が四番隊の総崩れは早い。

 しかし、そうせずに下がろうとする。


 はっきり言ってソルヴェルは意味が分からなかった。 


「一体、何を考えているのかね……」


 ソルヴェルの言葉に答えることなくただ含み笑いをするだけでジャンハイブは馬を走らせ戻っていった。


 それと同時にさらなる大軍となったボワール軍が攻め寄せて来る。


 考える暇はないとソルヴェルは大声を放つ。


「全軍撤退!! 早急にナンノ砦へと帰還しろ!!」


 ソルヴェルはこの予定外の状況に対処すべく考えていた策を全て破棄してナンノ砦にて迎え撃つことを即断した。


 敵兵は援軍によりおよそ三万まで膨らんでしまった。

 ただでさえ倍ほど離れていて敗北を前提とした戦いだったがこれではもう時間稼ぎにすらならない。


 ここで戦うのはもはや命の無駄遣いだ。


 ナンノ砦にて籠城し援軍を待つしかもう道は無かった。


 四番隊は脱兎のごとく逃走を始めた。


 ソルヴェルは隊長の務めとして殿(しんがり)となって迫り来る兵を迎え撃とうとする。


「さぁ! 手前が相手をする!!」


 ソルヴェルの決死の咆吼が戦場に木霊する。




 撤退するジャンハイブの横に一人の兵が近づいてきた。

 そして横に並びジャンハイブと同じ速度を保ち並走する。


 その人物は森にてソルヴェルたちを奇襲しその後、捕獲していた魔物を解き放った人物だ。

 とはいっても魔物を解き放ったのは自分たちが逃げるための時間を稼ぐことが目的であった。


 普通の相手ならばあの魔物は必殺の一手となり得たものだったがソルヴェルの強さを見て足止めにしかならないと判断したためあの場で使うことにしたのだ。

 あのとき使わなければ次第に追いつかれてしまっただろう。


 ただ、ソルヴェルたちには追撃をする考えなど持ち合わせていないことはこの男は知らなかった。


 その男はジャンハイブと親しくかなり砕けた喋り方で接している。


「ジャンハイブさん。良いんですか? あの御仁を討ち取ればさらに己の武勇を轟かせることができるのに」


 それをジャンハイブは笑いながら応える。


「ブエル、お前も知っているだろ? そんなこと俺は興味がない。俺が欲しいのは静かで豊かな生活。むしろ、そんな生活に武勇なんてものは必要ないさ」

「ふっ。そうですね。あなたはそんな人でした」


 ジャンハイブは雰囲気を一変して語り始める。


「ボワールは腐りきってしまった。己の利のことしか考えない無能な貴族どもが蔓延ってしまっている。さらに王までもそれを黙認……むしろ加担する有様だ。そんなことを許すことはできない。俺がボワールを一新させる!」


 ジャンハイブは拳を握りしめて決意を露わにする。


「俺も手伝わせてもらいますよ。あなたへの恩返しもあるがそれよりもあなたが目指す先を見てみたい」

「ああ。頼りにしている。さぁて、この戦いデストリーネには期待しなくてはな。まさかこれで終わりではあるまい」

「全くです。ここで頑張ってくれなければ俺たちの計画がご破算になりますから」

「そうだな。まぁ俺たちも少し手伝ってやるとしようか」


 ジャンハイブとブエルは自分たちの大志を叶えるため意気揚々と陣の中へと戻っていった。

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