第47話 月夜の一献
謁見の間にてフテイルは地面に座りその目の先にはハイルが玉座に座っているという前と同じような光景があった。
「ハイル様。これにて我らは失礼します。今までの歓迎まことに豪勢でこの田舎者には身に余る光栄でありました。重ねてお礼申し上げます」
「何を言うか。私とそなたの仲ではないか。気にするでない。それでは先の件、頼んだぞ」
「必ずや」
フテイルは深々と頭を下げそれに続き後ろの臣下たちもそれに続く。
そしてフテイルの一行はデストリーネ王国を後にした。
ハイルは自室に戻り、頭を悩ませていた。
ボワール王国の進軍はいつになるのか。
英雄ジャンハイブが本当に出てくるのか。
(もし、かの英雄が出てくるのであればこちらも騎士団長をぶつけるしかあるまい。必要であれば各隊長も召集し向かわせることを頭に入れておかねばな)
物思いに耽っているとノックが耳に響いてきた。
「誰だ?」
「私です。父上」
入ってきたのはハイルの息子でありこの国の王子であるジュラミールだ。
「何用だ?」
そう言いつつもハイルはジュラミールが言いたいことを分かっていた。
「父上、お喜びください! もう少しです。もう少しで魔物について重大なことが判明します!」
ハイルはまたも顔をしかめて頭を悩ませる。
しかし、ジュラミールは変化したハイルの表情に気が付かずにこやかに嬉しそうな笑顔を見せている。
それがより一層ハイルの荷を重くさせる。
魔物が出現してからというもののジュラミールはこのように変わってしまった。
毎回、部屋に訪ねてきてはこの話しかしない。
「ジュラミールよ。何度も言わせるな。魔物に深入りはするのは止めるのだ」
そう言うとジュラミールは不満げな顔を露わにする。
「父上、魔物を支配することができればこの国の軍事力は大国の中でもさらに一つ抜き出るのですよ?」
「支配? まだ言っているのか! あのサムグロ王が残した遺物は全て消し去らねばならん。あれは常人の手に負えるものではない!」
「父上こそ分かっておいでか? この国は大国に囲まれております。もしも四方から同時に攻め寄せられればひとたまりも無いことを!」
「だが、今はやっと勝ち得た平和がある!」
「勝ち得た? まだ戦争は終わっていない! そんなもの偽りの平和です!!」
目が怒りに満ちたジュラミールの怒号が飛ぶ。
「今は戦争がなく平和に見えるかもしれません。ですが、いつそれが崩れ去るか分からない。父上の平和とは戦争を怯え続けながら生きていくことなのですか!! それを真の平和と豪語できるのですか!!」
ハイルはその血走ったジュラミールの目を見てたじろぎ、ジュラミールに対して不安が一気に襲ってくる。
「父上。聞きましたよ。ボワールが攻めてくるらしいではありませんか。これでまた戦争の始まりです。ですが、魔物を扱うことができれば防衛だけではなく侵攻にも使えます。分かりますか!? 分かりますか!? この意味を!!」
「……お前は分かっておらん。魔物の危険性を! それに魔術団に調査させているのは魔物の弱点についてだけだ。それはもちろん魔物を滅ぼすためだ。決して支配などは考えてはならん」
ジュラミールは苛つきを隠せないまま言葉を発する。
「父上はこの国に生まれた財産を無駄にするつもりか!」
「なに? 魔物を財産だと?」
「いまはまだ脅威の一つでしょうが支配できるようになれば軍事力の拡大は目に見えています。この力さえあれば我が国が覇を唱えることだって可能になります!」
ジュラミールの狂ったような笑い声にハイルは身を震わせる。
そのあとハイルは急激に頭が痛くなってこめかみを手で押さえる。
「もういい。出て行け。一つ言っておくが、今のお前を王位を渡すつもりはない」
「なっ!」
「頭を冷やせ馬鹿者。近衛兵、こいつを連れて行け!」
近衛兵が部屋の中に入ってきてジュラミールの肩を掴む。
「俺に触るな! 自分で出る! 父上、後悔することになりますよ……」
そう言ってジュラミールは去って行った。
とはいえまた魔術団本部に向かったのだろうが。
ジュラミールは完全に魔物に魅了されてしまった。
今の魔術団長がもしかしたら魔物を操ることができるなどと言わなければただ卓上の空論であった。
魔術団長の発言はこと魔法関係においては絶大な効果を発揮する。
それを聞いたときのジュラミールの表情は言うまでもないだろう。
ハイルとしては人体実験を用いて作られた代物を闇に葬り去りたかった。
魔物は諸刃の剣だ。
確かに支配することができれば相当な戦力になるだろう。
しかし、万が一支配が解ければその味方のはずの危険な戦力が牙を剥くことになる。
それを考えると魔物を支配しようとハイルは思えなかった。
魔物は断固として絶えさせなければならない。
(恐らくあの悪魔の派生に生まれただろう。しかし、そうなるとサムグロ王もしくはその知識を得た者がどこかで暗躍しているのは確かだ。いったいどこにいる?)
それほどハイルは魔物に危険性を感じていた。
いや、魔物ではなくそれを作り出した者がいるということにだ。
「とにかく。これでは……本当に王位はフレイシアに渡すことになる。娘にはこんな重い役目を継がせたくはない。しかし、今のジュラミールに渡せば確実にこの国は破滅の一歩を辿ることになるだろう」
ハイルは将来の後継にも頭を悩ませる。
「もう、酒を飲まねばやってられん!!」
まだ昼間なのにも関わらずハイルは自分の部屋にある隠し扉を開きそこに置いていた秘蔵の酒瓶を取り出そうとする。
しかし、どこにも見当たらなかった。
「ん? ない。まさか、知らずに飲んでしまったのか? 飲んだことを忘れるとは私も相当疲れているようだな……」
ハイルは溜め息を吐く。
デルフはフテイルの御列を見送るため一人で都門の前に立っていた。
あれから合間を見つけてフテイルとタナフォスに王都の案内をしてそれなりに仲良くなったデルフは最後ぐらい見送ろうとここまで足を運んだのだ。
行動を共にしてわかったがどうやらフテイルがデストリーネに来た本当の目的はハイルに報告や王都の観光ではなく行方をくらました娘の捜索だった。
しかし見つけることは叶わずそれどころか小さな手掛かりすら見つからなかった。
(二十年前だしな……。今は若くても師匠やハルザードさんと同じ歳といったところか。見当もつかないな。しかし、フテイル様は滞在中にここで見かけたと言っていたしな……。うーむ、わからん)
デルフは考えを奥にやり周囲の警戒に集中する。
見送りに来たとはいえ務めを疎かにしてきたわけではない。
今まで任せっきりだった王都の警備に隊長である自分が一度も参加しないわけにはいかない。
最後ぐらい参加するべきだと考えたからだ。
決して逃げてきたわけではない。
デルフは自分の机に積まれていた書類を思い出したが頭を振って必死に忘れる。
やがて王城から都門に向かっている御列の先頭が見えてきた。
威風堂々としているフテイル王の姿を捉えたデルフは敬礼する。
フテイルはデルフの顔を見るなり感謝の念を視線で送ってきた。
しかし、どこかその表情は寂しげであった。
娘が見つからなかったのはそれほど悲しいことなのだろう。
馬の足音がだんだんと近づいてきて通り過ぎていく。
そのとき目の前で馬が止まった。
顔をあげると馬に乗ったタナフォスだった。
タナフォスは馬から下りるとゆっくりとデルフに近づいてくる。
「デルフ。しばらくの間ではあったが世話になった。もし、そなたがフテイルに訪れることがあれば盛大なもてなしを約束しよう」
「ああ。そのときを楽しみにしておく」
「では、またいずれ再会を心待ちにしている」
そう言って馬に乗り列に戻っていった。
その後ろ姿はとても偉大でこれこそが上に立つ器の人物だとデルフは感じる。
デルフは見送った後、フレイシアの護衛に戻ろうと歩き出したとき肩に誰かの手が乗った。
「探したぞー。隊長~」
「ア、 アスフトルさん!?」
振り向くと苦笑いで余裕のないアスフトルがいた。
肩を強く握られそのままデルフは弁明の余地も与えられず引きずられて本部まで連れて行かれた。
本部にある執務室に籠もって幾日が経ったのだろうか。
書類にいくら署名をしてもその数は全く減っていかない。
逃げようにもアスフトルが目を光らせており身動きができない状態だ。
アスフトルも隊長だけに辛い思いはさせないとずっと立ちっぱなしで罪悪感が出てくる。
(たまに師匠が逃げ帰ってくるが……気持ちが分かるな)
あれから一月ほど経ちようやく全ての仕事が片付きデルフの肩の荷が下りた。
(これが今までのツケか。これからは定期的に消化しないとな……)
窓の外を覗いてみるともう既に日は完全に沈み外は暗闇になっていた。
だが、今宵は満月であるため光が所々漏れている。
一応、挨拶だけでもと首に付けた白い宝石の嵌まったペンダントを揺らしながら走って行く。
部屋に入るとフレイシアは窓から満月で照らされて明るい夜空を眺めていた。
「デルフ! 遅すぎます!」
振り向いてデルフの姿を発見した瞬間、不機嫌そうな顔を表に出す。
「すみません。今日も捕まっていまして」
事情を察してくれたらしくむっと可愛らしく怒っていた表情を緩めた。
「まぁ仕事なら仕方ありませんね。ですが、少し付き合ってください」
そう言ってフレイシアは酒瓶を取り出した。
「秘蔵の一品です! お父様の部屋から拝借しました」
フレイシアは盃に酒を注ぎデルフに渡す。
「まさか勝手に取ったりしていないですよね?」
デルフは恐る恐る聞いてみるとあからさまに顔を逸らしてフレイシアはこう言った。
「そ、そんなことはないです。ほ、ほら、早く飲んでください」
デルフは受け取り一口飲む。
「美味しいですね」
デルフは一気に呷り飲み干し今まで飲んだことのない美味しさに驚く。
すると、横でフレイシアがにやけていた。
「どうしました?」
「ふふ。これで共犯ですね」
デルフはやはりと空笑いする。
フレイシアもデルフが持っている盃を取り上げて酒を注ぎ一口をこくりと飲む。
「ふぅ~。お酒にはあまり溺れたくありませんがこうふわふわするのが気持ち良いですね」
「何事も適量ですよ。まぁ俺が言える口ではありませんが……」
デルフは先日の出来事を思い出してうんざりする。
フレイシアはさらに盃を呷っていく。
「はぁ~。美味しいです!」
晩酌を楽しくしていたがデルフは部屋の外が騒がしくなってきたことに気が付いた。
「何かあったのでしょうか?」
不思議そうに首を傾げるフレイシアに対してデルフの顔は曇っていた。
(何か嫌な予感がする……)
そのとき部屋の扉が強烈に何回も叩かれた。
「どうしましたか?」
フレイシアが扉越しにそう尋ねる。
「はっ。こちらにカルスト隊長はいらっしゃいますでしょうか」
デルフはフレイシアに一礼して外に出る。
「何があった?」
そのデルフの質問には答えずに慌てている兵士はまくしたてる。
「至急、会議室まで来てください。陛下が呼んでいます」
「落ち着け、いったい何があったんだ?」
「はっ! ボワールが侵攻を開始しました。もうすぐ南の防衛を指揮している四番隊とぶつかるという報告です。では」
そう言って兵士は走り去って行った。
「まさか、もう侵攻してくるとは」
後ろから見られている気配に気が付いたデルフは振り向く。
すると不安そうな表情をしたフレイシアが顔を扉から覗かせていた。
デルフは動揺を隠して安心させるように答える。
「フレイシア様、大丈夫です。四番隊なら問題なく持ちこたえることができますよ」
しかし、フレイシアが聞きたいことはそんなことではなかった。
「デルフは……デルフは行くのですか?」
「いえ、三番隊は人数が少ないため援軍にもなり得ないでしょう。恐らくですがその可能性は低いかと。ですが、命令があれば行かなければなりません」
安心させるようにフレイシアにはそう答えたがデルフは戦場に赴くことになるだろうと薄々感じていた。
「そ、そうなのですか」
「ええ」
「ですが……もし、もし行くことになったら一度来てください」
「わかりました」
今にも泣き出しそうな顔でそう言われたら断れるはずがない。
「約束ですよ!」
「はい。では、失礼します」
デルフはフレイシアに別れを告げて会議室に向かった。
歩いているデルフは悟っていた。
これでこの国の平穏は崩れ去ったのだと。
また、戦争の日々が始まるのだと。
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