第43話 警備の段取り
デルフはフレイシアの下に寄った後、アスフトルと相談をするため本部に戻った。
「アスフトルさん。今戻りました」
「おお、隊長。五隊会議はどうだったよ」
デルフは苦虫を噛みつぶしたような表情を知らずのうちにしてしまった。
それで悟ったアスフトルは苦笑いする。
「ま、まぁ個性的な人たちですね……。一番隊の隊長は俺のことを快く思っていなかったとだけ言っておきましょうか」
「そ、そうか」
アスフトルには今日、デルフがする予定だった事務をしてもらっていた。
本当はいつもアスフトルに任せっきりだが。
その内容は主に各隊に送る物資、貯蓄、巡回の報告書などの確認や手配などだ。
その書類は目を背けたくなるほど途轍もない量で机一帯を埋め尽くしている。
ただ、何もかも全てアスフトルに任すことができるわけではない。
本音を言えばできることなら任せたいとデルフは思っている。
上司は部下に仕事を押し付けて自分はふんぞり返っていればいいと思っていたがそれは間違いだったらしい。
(まぁそんなことはするつもりはないけど……。まさかこれほど仕事が多いとはな。爺さんが退きたくなるわけだ)
最終確認としてデルフが全ての詳細を確認したのち署名をしなければならない。
これだけは誰にも任せることができない隊長としての責務だ。
デルフは机の上に置いてある一つの書類を手に取り片手で器用にぱらぱらとめくっていく。
「ん? この帳簿。おかしくないですか」
アスフトルは怪訝な顔をしてデルフから帳簿を受け取る。
「本当だな。確かに数値が合わない。後で確かめておくとしよう」
デルフは後でこの書類の山が自分にのしかかってくると思うと嫌気が差し顔を背ける。
考えることを止めてしようと思っていた相談をする。
「アスフトルさん。会議で聞いた話ですが……」
デルフが話し始めるとアスフトルは書類から目を離し耳を傾ける。
「数ヶ月後にフテイル王がお越しになるようなのでその間の警備の差配をアスフトルさんに一任したいのですが」
「隊長は?」
「俺はフレイシア様の御側付きとして動くことになるのでここにはあまり顔を見せることができないと思います。暇を見つければここに来ますが……」
「了解した。それで警備体制はどうする?」
「それは考えがあります」
デルフはアスフトルに分かりやすく紙に書いて説明する。
「まずフテイルの一行は大通りを通って真っ直ぐ王城まで進むことになるでしょう。それを見に集まる人々の取り締まりを一つ。多分ないと思いますが絶対とは言えないので裏での悪巧みを阻止するために巡回の強化に一つ置きましょう。ですが、王都は広いので今回は兵隊にも声を掛けてこちらの指揮下に入ってもらおうと思います。他に何か付け加えた方が良いところありますか?」
アスフトルは鷹揚に頷いてから答える。
「なるほど。それではそれぞれに分隊長として各々誰かを付けた方が良いと思うぞ。その方が何かあってもすぐに対応できる。しかし、誰を分隊長にするかだ」
「アスフトルさんはこの場で随時命令をしてください。そして何か対処が難しいことがあれば俺を呼んでください」
「了解した」
「それで分隊長ですがガンテツが適任かと考えます。あの冷静で沈着な彼ならなんら問題なく遂行することでしょう。副長にアクルガですかね」
「なるほど。それぞれに優秀な相方もいることだし適格か」
アスフトルもこの人選は納得したようだ。
「まぁ、その相方は優秀かどうかは疑問ですがね……」
デルフはその二人を思い浮かべ笑って答える。
もしこの場にその二人がいたら大声で文句を言われているところだ。
「デルフくん! ひっどいよぉ!!」
「おいおい。隊長殿~~~。それはないって!!」
みたいなように容易に想像できる。
「そう言ってやるな。性格はあれだがあいつらはなかなかやるぞ。自分でも勝てるか怪しいところだ」
これはこれで文句を言われそうだが。
「このことについては俺からあいつらに説明しておきます」
アスフトルとはそれで話を終えてデルフは書類の山から逃げるようにその場を後にした。
後ろから「隊長、暇なら少し片付けて……」とここまで聞こえたが聞こえなかったふりをした。
(まぁどのみち今か後かの違いだけどな……)
まず、ガンテツにこのことを知らせに行こうとしたが近くにいた騎士に聞いて見ると今は巡回中らしいので先にアクルガの下に向かう。
どうせ相変わらず演習場で身体を動かしているのだろうと演習場に直行する。
演習場に入るとやはりアクルガがいた。
しかし、アクルガだけではなかった。
「おお。デルフではないか。お前もどうだ」
そう言って大剣をぶんぶん振り回す。
そしてその後ろでアクルガと相対している人物がもう一人。
「おお。デルフの兄貴!! しばらくぶりです!!」
「ああ。スルワリか。久しぶりだな」
普通に返事したがデルフは少し考え直す。
(ん? ここって騎士団の本部だよな。関係者以外立ち入り禁止だったはず……)
なぜここにいるか聞こうとしたがその前にアクルガが話し始めた。
「こいつ騎士になりたいらしいんだ。なにやら、あたしの下で働きたいと言ってな。だが、こいつに騎士になれるほどの実力はない。ということであたしに鍛えてくれと懇願してきたんだ。あたしはそんな教えれるような器量はないと断ったのだがな……」
「俺の必死のアプローチでやっと落とすことができましたぜ!!!」
嬉しそうにそう答えるスルワリ。
「ああ。あんなに真剣に頼まれれば無下にすることができない。それこそ正義の味方の名が泣くというものだ。ハッハッハ!!」
ご機嫌に笑うアクルガ。
断ったとか言っていたが本当は嬉しかったんだとデルフは感じた。
(なにやら、誤解を生みそうな言葉だが……。というよりちゃんとここの責任者に話は通したんだろうな……。ん? 俺か……)
しかし、アクルガが立ち寄っていることだしここは黙認することにすることに決めた。
「スルワリ。本当に騎士になりたいのか?」
「はい!! 騎士にならないと姉御の手伝いができないので!!」
なにやら、そのスルワリのやる気に満ちた姿を見ると昔の自分を彷彿させられ応援したい気持ちになる。
「もしかしたらデルフが入団試験の試験官になるかもしれないな」
「あー。そうか、隊長だから俺が試験官か……。だが、そうなっても贔屓なんてしないからな」
一応、デルフはスルワリに釘を刺しておく。
「もちろんです! そのため姉御に鍛えてもらっているんですから」
そろそろ本題に入ろうとデルフはアクルガに声を掛ける。
「アクルガ。ちょっといいか」
「うむ! なんだ?」
スルワリには悪いがまだ騎士ではないので機密情報を教えるわけにはいかない。
(スルワリなら大丈夫かと思うが、念のためだ。メリハリはしっかりしないとな)
少し場所を移動してから話し始める。
「まだ少し先になるが友好国であるフテイルの王がお越しになる。それでだ、お前には分隊長になるガンテツの副長としてガンテツを支えてやって欲しい。ちなみにアスフトルさんはここで差配を取ってもらうことになっている」
「ほう。ガンテツが分隊長か……」
深く考え込むように顔を曇らせる。
「ガンテツが分隊長では不満なのか?」
そうデルフが尋ねるとアクルガは慌てて手を振る。
「い、いやそういうわけではない。分隊長がガンテツなのはもちろん相応しく思うし賛成だ。だが、私が副長というのがな……。あたしは武力だけの女だ。あたしなんかに皆が従うのだろうか」
「お前、何今更なことを言っているんだ。気付いていないだろうがお前結構皆から慕われているぞ」
「なっ!?」
アクルガには珍しく素頓狂な声を上げて驚いてしまっている。
「そ、そんな証拠! ど、どどどどどこにある!!」
デルフは思い切り息を吐く。
そして、遠くで素振りをしている男に指を差した。
「あれ」
「あっ」
デルフはくすくすと笑ってしまう。
(まぁ、あいつだけじゃないけどな。というかやっぱり自分の人徳に気付いてなかったのか……)
その後、顔を伏せてしまっていたがばっと思い切り顔をあげ高らかに笑った。
「はっはっはっは。そ、そうか。そうだったのか。ならばその役目、このアクルガが! 必ず果たして見せよう!!」
目は泳いでいるし、言葉も戸惑いの色があり動揺を隠せていないが何も言わないことにした。
「特典としてノクサリオのやつを自由に使っていいぞ。あいつ結構サボっているらしいからな。しごいてやってくれ」
それを聞くと突然アクルガの目が鋭くなり殺気を放っている。
完全にぶち切れていた。
「そうか。あいつ、あたしの知らないところで……。あいつの言葉を信じたあたしが馬鹿だった。正義の味方たるこのあたしに嘘をつくとは度胸が良い」
「で、では頼んだぞ。詳細についてはまた書類で渡すから」
デルフはそのアクルガの殺気が耐えきれなくなり返事を聞かずその場を立ち去った。
八つ当たりがスルワリに向かないことを願って。
「さて。ガンテツはと」
時間は交代の時間になっていたため本部を探しに回る。
講義室に入って辺りを見渡してみると丁度ガンテツが刀の手入れをしている最中だった。
「ガンテツ。少しいいか」
「カルスト隊長か。何用ござるか?」
ガンテツにもアクルガと同じ説明をする。
ただ、副長を分隊長に置き換えただけだ。
「自分が分隊長でござるか。些か自信がないでござるが。謹んで拝命するでござるよ」
「そうか、やってくれるか」
「しかし、フテイルでござるか……」
懐かしそうに何かを偲ばせるよう遠くを眺めていた。
だが、それもすぐに止めてデルフに質問をする。
「それでその詳細は?」
「それについては後日、書類にして渡す。一応、口答でも簡単に言っておくか。まず大通りと裏方の二つに分かれてもらう。表は見物人の監視で裏は暗躍阻止することだ。なにかあればまずアスフトルさんに報告をし、早急に対処が必要な場合はお前で対処してくれ。今回は王都にいる警備兵も三番隊の指揮下に入ると思うので存分に使ってくれ」
「承知したでござる」
ガンテツから快い返事が聞けてデルフは一安心する。
「それと補佐にヴィールを付けるから仲良くやってくれ……愚問だったか」
デルフはにやりと笑うがガンテツは目を瞑って考えないようにしている。
ガンテツに再度、任せたと言ってガンテツの肩を叩きデルフはこの場を後にした。
(さて、警備兵長に話をしに行くか)
その後、警備兵長からは快い返事を聞けて安堵した。
あとは当日を待つだけだがデルフは警備には参加しないので信じて任せるだけだ。
それよりも自分はフテイル王と話す機会はないと思うが無礼がないようにしなければならない。
フレイシアの御側付きという立場で恥ずかしくない振る舞いをするなんてあってはならないことだ。
デルフは今のうちに気持ちを固めておく。
そして、フテイル一行が到着する当日になった。
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