第44話 フテイル

 

 大通りで溢れているいつもの人集りは中央をあけるように隅に寄っている。


(真っ昼間の大通りのこんな光景を見るのは初めてだ)


 至る所で騎士や警備兵が睨みをきかせているため面白半分に中央に入っていく者は一人もいない。

 もちろんそんなことをするのはただの馬鹿なのだがそれでもいないとは言えない。


 どこにでもそんな人物はいるのだ。


 しかし、この一切の隙のない警備体制ではそんな馬鹿なことをしようとすら思わないだろう。

 未遂すらも起こさない。


 やはりガンテツを分隊長にして間違いはなかったとデルフは安堵する。


 デルフはフレイシアの部屋の窓からその光景を眺めていた。


 まだフテイルの御列はまだ到着していないにもかかわらず一目見ようと集まった人は目算でも数える気すら起きない。


 王都の民だけではなく別の都市からも集まってきたのだろう。


 出店も今が売り時と言うようにその数も平常時より多くその熱気は遙かに離れているこの場でも感じる。


 もはや、見渡す限り王都はもうお祭り騒ぎだ。


 それからデストリーネの国民はフテイルの来訪を歓迎していることが分かった。


「王都にはこんなにも民がいたのですね」


 デルフの隣でフレイシアも息を吐いて呆気に取られている。


 フテイルと友好を結んだのは随分と昔だが、こうしてこの国に王自身が赴くのはこれで二度目になるらしい。


 そう考えると物珍しさで人が集まるのは必然であると言える。


 そして、デルフから見て大通りの奥、つまり都門を通って大通りに足を踏み入れた一行の姿が見えてきた。


「デルフ! 来ましたよ!」


 先頭には馬に乗っている者たちが数人、後ろには歩兵が幾人かさらに後ろには献上品と見える箱の類いを乗せた荷車が数台ほどあった。

 その人数は目算では百名ほどでそれほど人数を引き連れていなかった。


 いや、少ないぐらいだ。


 これは反抗の意志はないと訴えているか、この国をそれほど信頼しているということか、もしくはその両方か、あまり政治や国間の事情に詳しくないデルフが考えても答えは出ない。


 フテイルはデストリーネと文化は全く違い、その一つとしてこの国では騎士が軍役に就いているがフテイルでは騎士に相当する者は武士と呼ばれているらしい。


 また、デストリーネでは両刃の剣が主流なのに対してフテイルでは刀が主流な武器である。

 それも刀はフテイルが発祥の地であるからだ。


 フテイルからにしたら両刃の剣を使っているこの国が珍しく感じるだろう。


 そう考えるとガンテツはフテイル出身という可能性が高い。


 デルフは前にガンテツと話したときのことを思い出した。


(刀が使い慣れていると言っていたからほぼ間違いないな)


 そして、デルフは一番先頭で馬に乗っている人物に目を移す。


 その人物は壮年期をとっくに超えていると風貌の老体であるが覇気は満ち満ちと漂っておりまだまだ現役だと言っているような気迫を感じる。

 口元から生やした髭は萎れてはおらず猛々しさが残っている。


 明らかに他の者と風格が違う。


「フレイシア様。あの先頭で進んでいる御仁がかのフテイル王ですか?」


 そう尋ねたがフレイシアからはその質問の答えは返ってこなかった。


「先頭? まだ薄らとしか見えないのですが。……よくあんな遠くまで見えますね」


 フレイシアはもの凄く頑張って目を凝らしているがしばらくすると諦めてしまった。


 考えてみると、御列の動きは遅く都門からそれほど進んでいないように見える。


 しかし、デルフにはその人物の姿や顔がはっきりと見えている。


(視力は良いと師匠に言われてから俺自身も自覚はあったがこれほどまで差があるものなのか。いや、よくよく考えると三年前よりも視力が上がったようにも感じる)


 ふと、その王と思わしき人の後ろに馬に乗っている二人の武士が目に入った。


 明らかにその二人は他の者とは纏っている覇気が違う。


 特にその片方は明らかに手練れと思わせるような赤鎧の姿だ。

 恐らくだが、デルフはその者こそがフテイル随一の武勇を持つ人物だと推測する。


 しかし、それよりもその隣にいる黒と茶の中間ぐらいの髪色をした長髪の男がデルフは気になっていた。

 そこまで強そうには見えなくこれといった覇気の類いを感じない。


 だが、デルフにはそこが不気味に思った。


 なぜなら、全く感じないのだ。


 それが自分で故意的に抑えているかのように不自然だった。


 そのとき、その男が頭を動かした。

 そして、デルフと目が合った。


(なっ……)


 その瞬間、その男から放たれた威圧がデルフの背筋から頭にかけて悪寒が駆け巡ってくる。

 その重圧で自分の髪が揺れ仰け反りそうになるが自分の気迫で対抗して踏ん張った。


 この場よりも遙か彼方から向けられた視線にもかかわらずデルフは咄嗟に刀に手を添えてしまっていることに気が付く。


 非常に離れた距離を跨ぐお互いの視線が交差する。


 そして、その男は「ふっ」と笑ったように口元を緩めて視線をデルフから外した。


 (完全に目が合ったな……。世界は広いな……。強くなったと思っていたがあんな化け物がいるなんて。暇を見つけたら直に会ってみるのも面白いか)


 デルフもまた不敵な笑みを浮かべていた。


「デルフ。どうかしたのですか?」


 心配そうにフレイシアはデルフの視界に入るように顔を覗かせる。


 そのぼーっとした無垢な表情がデルフの頬を緩ませ和やかな笑顔に戻る。


「いえ、何でもありません」

「本当ですか?」

「まぁ、面白そうな人を見つけたとだけ言っておきましょうか」


 フレイシアはその言葉が理解できず首を傾げるだけであった。




 ハルザードは謁見の間にて文化の違いか跪くのではなく石の床に腰を下ろしているフテイル王、その家臣たちを見ていて息を呑んでいた。


(数こそ少ないが、相当な手練ればかりだ。流石、小さい大国と呼ばれている国だ。……友好国で良かった。もし戦争になっていた場合の被害は考えたくもない)


 特に、とハルザードが視線を向けたのはフテイル王の後ろに同じく腰を下ろしている二人の武士だ。


(まったくこれじゃ大国と呼ばれている我が国の面子がなぁ。騎士たちの訓練をもう少し厳しくするか)


 数こそこちらが勝るが個々の実力を比べられると芳しくない結果が試さなくても分かった。


 ハルザードは騎士の人員、実力不足を嘆き内心で頭を抱える。


 かつかつと横から足音が聞こえてきた。


 その人物が誰か分かっているハルザードは道をあけ背筋を伸ばす。

 自身の前を通り過ぎると同時に後ろに付き従う。


 デストリーネ国王ハイルは玉座に座りハルザードはその横で背筋を伸ばし一歩後ろに下がり佇む。


 玉座に座ったハイルはフテイルの顔を見るや顔を綻ばせる。


「よく来てくれた。フテイル殿」


 フテイル王国はこのフテイル王の名前をそのまま国名にした国だ。


 ハイルの言葉にフテイルは目を輝かせる。


「おお。ハイル様。ご機嫌麗しゅうございます。王子様に王女様もお元気そうで何よりでございます」


 床に座ったまま恭しく頭を下げてお辞儀するフテイル。


 フテイル国の家臣である武士一同もそれに続く。


 王子であるジュラミールと王女であるフレイシアは特に何も言わず微笑みを返す。


 具体的には何か言おうとしたがその前にハイルが慌てたように口を開いた。


「フテイル殿、止めてくれ。そなたは私と同じ王である身分。つまり、対等の関係だ。そうやって軽々しく頭を垂れることは止めて欲しい」

「決して軽々しくなどありませぬ。貴国、ハイル様にはどれほど我が国が助けられたことか。いかようなことをしてもその恩を報いることはできますまい。望むなら我が国はいつでも喜んで貴国の属国になりますぞ!」


 それを聞いてハイルは困ったような顔をする。


 これがハイルの器量を測るための戯れ言であるならまだ気が軽くなるがフテイルは至って真面目だ。


 フテイル国は義を重んじる国でたとえその命を落とすことになるとしても裏切りは絶対にしないと有名だ。


 デストリーネ王国はフテイルの建国から何から何までその手伝いをしたらしい。

 それによりフテイルがデストリーネに感じている恩義は計り知れない。


 しかし、デストリーネが快く手伝ったのは善意からではない。


 南の大国であるシュールミットが攻めてきた場合の時間稼ぎの防波堤として利用するために手を貸しただけに過ぎないのだ。


 それについてハイルは悪いとは思っていないがそれでもこんな感謝をされたら罪悪感を感じてしまう。

 もちろん、そのことはフテイルも気付いているであろうがそうだとしてもだ。


「ふはっはっは。戯れ言を申すではない。私はそなたとは王同士である以前に友だと思っている」

「儂を友と……呼んでくださりますとは……感激の極みでございます」


 フテイルのしわが目立つその目元に涙が浮かぶ。


「何、これ以上の積もる話は明日にするとしよう。今宵は酒宴を用意している。無礼講だ。大いに騒ごうぞ」

「ご厚意痛み入ります」


 フテイルは頭を下げ、ハイルは謁見の間から退出する。


 それに続いてハルザードもハイルの後ろに続いて退出した。




 ハイルとフテイルたちが大いに騒いだ酒宴の夜が明けた次の日。

 この日は謁見の間みたいに堅苦しいような場所ではなくそこよりまだ気楽な会議室にて一対一の会談が行われた。


 この場にはハイルとフテイルしかいなくハルザードなどの護衛は外で待機させている。


「昨日の宴は真に愉快であった」

「あのようなご馳走、我が国では滅多にお目にかかりませぬ」


 昨夜の思い出話も済んだところでハイルは本題に入るため笑みを浮かべていた口元を締め直して空気を一変させる。


「それで、急に耳に入れたいこととは何か」


 ハイルはそれを聞き顔をしかめて単刀直入に聞く。


 しかし、ハイルにはフテイルが言おうとしていることが予測できていた。


「お聞きに及んでいるとは思いますがボワールにやや不穏な動きが見られます」

「それは既に報告は入っているが……攻めてくると思うか?」


 予想通りの答えにハイルは動揺を見せずにさらに尋ねる。


「まず、間違いないかと」

「そうか、数年続いたこの国の平和も間もなく終わりを迎えるか」


 これから去りゆく平和に思いを馳せてハイルは呟く。


 だが、それも一瞬でハイルは次の質問をする。


「しかしそれぐらいでそなたが来たわけではなかろう」


 フテイルは鷹揚に頷き、一拍置いてから衝撃発言をした。


「あの英雄ジャンハイブが出陣するという噂です」

「なっ! なんだと!!」


 流石のハイルも動揺を隠せずに大声を出して驚いてしまった。

 必死に心を宥めさせてから言葉を発する。


「それは本当なのか?」

「密偵を送り調査した結果ですが確定ではないにしろ残念ながらそのような声が上がっています」


 その調査結果に異論を唱えるだけの情報を持っていないハイルは不承不承ながら納得するほかない。


「そうか、かの英雄を持ち出してくるとはボワールめ今回は本気ということか」

「ジャンハイブを持ち出すということは十中八九そうでしょうな」


 ハイルはすぐに考えを巡らせる。


「フテイル殿。シュールミットの牽制はそなたに任せてよいか?」

「もちろんです。しかし、我が軍勢に数がありましたら援軍として向かうことができたものの悔やむ限り」

「何を言うか。そなたは十分に我が国の助けとなっている。気に病む必要はない」


 フテイルが頭を下げることでこの話題は取り敢えず打ち切りになった。


 そして、フテイルは弛緩した空気を和ませようと話題を変えた。


「しかし、ハイル様は後継ぎに恵まれておりますな」


 ジュラミールとフレイシアの姿を思い出したのかフテイルは自分の長い髭を擦りながら羨ましそうに微笑む。


 ハイルは苦虫を噛みつぶしたような顔してそれに答える。


「いやはや、まだまだどちらも未熟者よ。特に我が息子であるジュラミールは最近人が変わったように魔物への執着が強くなった。魔物は禁忌だ。あれには深入りはしてはならないと言うているのに今このときも魔術団に入り浸っているだろう」


 では、なぜ魔物への研究を魔術団に命じているかというとその弱点を見つけるためだ。

 簡単に、それも騎士ではなく兵士でも倒せるようになることが目的なのだ。


 しかし、ジュラミールは魔物を使役しようと目論んでしまっている。


 ただでさえ謎の多い魔物の危険性は計り知れない。


「もし今後も言って聞かぬならばジュラミールには王位に就かすことができないかもしれん」

「よもや、それほどまでに深刻とは……」

「コホン、私よりそなたはどうなのだ? そなたももう歳であろう。身を引くに良い頃合いではないか?」


 ハイルは空咳をしてフテイルに質問を返す。


 ははは、とフテイルは苦笑いしながらこう言った。


「そうしたいのは山々ですが我が一人娘が随分と昔に家出をしたきりでして。見つければ即座に王位を譲ろうというのに一体どこに行ったものか……」

「はっはっは。お互い後継ぎには苦労するな」

「全くです」


 お互い声を出して静かに笑う。


「それではこの辺りで会談は終えるとしよう。せっかく来たのだ。存分にこの国を楽しんでいってくれ」

「ハッ。そうさせてもらいます」


 そうしてフテイルは退出していったがハイルはまだ会議室に残ったままであった。


「騎士団長。いるか?」

「ハッ!」


 ハルザードは扉を開け、ハイルの下まで近寄る。


「戦支度の準備と警戒強めておいてくれ。五隊長はもちろんそなたや副団長にもでてもらうかもしれん」

「……やはり来ますか」


 ハルザードもボワールが攻めてくると予測はできていたのだろう。


 全く驚く様子がなくどこが攻めてくるか聞いてこなかった。


「ああ。間違いなくな」

「そうですか」

「暗澹たる可能性で攻めてこないことを望みたいが叶わぬことを望んでも意味はないだろう。その時が来たらその采配をそなたと副団長に任せる」

「承知しました」

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