第70話 フェイとウルリカ

「わーーふーー! リオンおにーちゃん、あそぼー!」


 休日の朝に元気な声が響き渡る。表へ出てみれば、小屋の前で腕と尻尾をブンブン振っているウルリカ。そしてウルリカの後ろにはフェイが立っていた。


「ウルリカ、ここまで二人で来たのか?」

「うん! フェイに道を教えてもらったよ!」

「ウルリカ、おしえろってうるさかった」


 フェイはどこか疲れたように息をつく。

 逆にウルリカは元気に飛びかかってきた。小柄な身体を抱きとめる。


「あそぼ!」

「いいぞ、なにして遊ぶ?」


 ウルリカはこちらを見上げながら首を傾げた。


「なにしようかな?」

「考えてなかったのか……」

「ウルリカ、ばかだから」

「わふ! フェイひどい!」


 フェイの辛辣な言葉が投げかけられるが、ウルリカは笑っていた。

 とりあえず二人を家に入れた。台所ではフィオナが朝食の準備を行っている。


「フェイちゃん、ウルリカちゃん、ご飯はきちんと食べてきましたか?」

「食べてない!」

「もう、ダメですよ。朝食を抜くと元気が出ませんから。良かったら食べていきませんか?」

「え、いいの!?」


 ウルリカはくりくりの瞳を輝かせた。フェイは黙っていたが、物欲しそうに腹に手を置いている。俺は二人をテーブルに座らせる。しばらくすると料理が盛り付けられた皿をフィオナが持ってきてくれた。


 テーブルに置かれた朝食に、ウルリカが涎を垂らす。八重歯を剥き出しにして今にも齧り付かんとしていた。


「ウルリカ、いぬみたい」

「ウルは犬じゃないよ? 狼だよ?」


 そう言ってフォークをポテトに突き刺したウルリカ。


「いただきます!」


 大きく開けた口にポテトを突っ込み、もぐもぐと咀嚼するウルリカを見て、フェイは上品に小さく口を開いてサラダを食べた。ウルリカは肉や芋が好きで、フェイは野菜が好みのようだ。


「フィオナおねーちゃんの料理、おいしい!」

「……うん、おいしい」

「ふふ、ありがとうございます。たくさん食べてくださいね」


 フィオナは嬉しそうに微笑む。まるで子供を見守るお母さんのようだ。

 朝食を終えた俺達は、しばらく雑談に興じる。ウルリカは率先して孤児院の出来事を語る。


「フェイは凄いんだよ! 動物とおしゃべりできるの!」

「そうなのか、フェイ?」

「できないよ」

「できないらしいが?」

「わふー!? この前ロコに話しかけてたじゃん!」


 ウルリカの言葉に、フェイの顔が真っ赤になった。うつむいたフェイは、ぼそぼそと言う。


「みてたの……?」

「うん! フェイが庭でごそごそしてたから、なんだろうって思って」

「ばか……」


 どうやら動物と話すところを見られるのは、フェイにとって恥ずかしいことらしい。

 雑談が一息ついた俺達は、食後の運動をするため庭に出ていた。


 その場でぴょんぴょんとジャンプを続けるウルリカ。見るからに運動が得意そうな彼女をフェイは見つめて、おもむろに庭の中央に立つ的を指差した。


「ウルリカ、みてて」

「わふ?」


 フェイは手のひらを前方に向ける。すると手のひらから小さな氷の弾丸が生成され、的に向かって一直線に放たれた。


「おお! 魔法だー!」


 見事に的に命中した氷の弾丸を見てウルリカは歓声をあげた。フェイは胸を張り、むふーっと得意げに鼻息を出す。


「どう? すごいでしょ?」

「すごい! ウルも魔法使いたい!」

「ウルリカにはむり」

「なんでー?」

「ばかだから」

「わふ!? ひどい!?」


 バカにされたウルリカは、しかし笑っていた。どんな時も彼女は笑顔だ。

 庭でひとしきり身体を動かした後、小屋の前に戻れば、エリーゼがいつの間にかフィオナと話していた。フェイとウルリカの姿を目にしたエリーゼは、珍しく怒っているようで、二人の頭に軽く拳骨を振り落とす。


「二人とも、無断で孤児院を抜け出してはダメでしょう?」

「うぅ……ごめんなさい。でも、リオンおにーちゃんに会いたくて」

「そのような時は正直に言いなさい。ちゃんとわたくしが連れて行くから」


 叱られた二人はしょんぼりと肩を落とした。


「今回は何事もなかったんだから、許してやってくれないか、エリーゼ」

「甘いわね、小鳥さんは。でも、そうね。次から気をつけてくれるのなら、わたくしは許すわ」

「うん、次からちゃんとエリーゼママに言う!」


 笑顔を取り戻したウルリカが、エリーゼに飛びつく。エリーゼは優しくウルリカを抱擁し、呟いた。


「あなたの笑顔は、わたくし達の大事な宝物なのですから」

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