第56話 ユーノのお節介

「リオン、ちょっと話があるの」


 居間に正座したユーノが珍しく真剣な表情をして言った。

 今日は店が休みなので、朝から家でのんびりと過ごしていたら、突然ユーノがやってきた。


「なんだ、話って」


 ムラサメの柄を布で拭きながら応じると、ユーノは足が痺れたのか、正座をやめてあぐらをかいた。両足の裏をくっつけて股をおっぴろげる幼馴染に呆れつつも、俺はムラサメを傍らに置いて再度問いかける。


「こんな朝っぱらからお前が家に来るとは珍しいな。なにか問題事でも起きたか?」

「問題事じゃないよ。どちらかと言えばお節介?」

「ほう、お節介か」

「うん。最近アルフがクロエに告白したがってるっぽいの。だからその手伝いをしてあげたいにゃって」

「なるほど」


 アルフはクロエの両親の仕事を手伝っている。

 仕事の休憩時間に手作りの弁当を持ってきてくれるクロエに、段々と好意を抱いていったアルフ。

 彼は恋愛事に関しては奥手らしく、今までずっとクロエに好意を伝えられなかったが、最近になってようやく腹をくくったようだ。


「それで、俺がなんの役に立つっていうんだ。まさか恋敵役でもやれというのか」

「違うよ。リオンにはクロエに好きな人がいないか探ってほしいの」

「それはマシロに任せたほうがいいんじゃないか?」

「マシロはほら、猪突猛進なところあるから。アルフの恋心を直接クロエに伝えちゃいそうだし。あくまでアルフには自分から告白してほしいの」


 随分とアルフに肩入れしているユーノ。

 まあ、ユーノは昔から友達相手には義理堅かった。

 今回も友達であるアルフをひと押ししてやりたいのだろう。

 だが、ユーノの提案には一つ問題があった。


「もしクロエに好きな人がいたらどうするんだ」

「その時はアルフに伝える手はずになってるよ。仮にクロエに好きな人がいて、それが自分じゃなかったとしても、一応は告白するみたい」

「そこまで決意しているなら、さっさと告白したらいいと思うがな」

「アルフはああ見えて奥手だからにゃー。何事にも慎重を期すタイプ」


 事情は把握した。

 他でもない幼馴染の頼みだ。一肌脱ぐとしよう。

 俺は立ち上がって、脚を痺れさせているユーノの手を取って立ち上がらせた。


「分かった。それとなくクロエに聞いてみるよ」

「ありがとーリオン、好きだよ」

「俺も好きだぞ、ユーノ」


 なんとなしに好意の意思を交わして、笑い合う俺達。


「あのー、私の前で他の女性を好きだと言ってほしくないんですけど……」


 いつの間にか居間に立ち入っていたフィオナが、じっとりした目で俺を睨みつけていた。

 今日も今日とて、フィオナの嫉妬心はメラメラと燃え滾っている。

 俺はとりあえず、愛する妻の腰に腕を回して引き寄せる。

 唇と唇がくっつくぐらい顔を近づかせて、ささやいた。


「大丈夫。俺が世界で一番愛しているのはフィオナ、お前だから」

「リオン……私もあなたを世界で一番愛しています」

「まったく、この惚気夫婦ときたら、朝からお熱いのにゃ」


 今度はユーノがじっとりとした目になった。

 

 身支度をした俺は、ユーノと一緒に家を出る。

 フィオナにはムラサメの相手をしてくれと頼んでおいた。

 

 クロエの家にまで歩いた俺達は、小屋のドアをノックする。

 しばらくすると、ドアがゆっくり開かれた。

 顔を覗かせたクロエが、俺を見上げて首をかしげる。


「リオンさん? 今日は診察の日ではないですよね?」

「ああ。今日はただ遊びにきただけだ」

「そうですか。ユーノも一緒だなんて、珍しいですね」

「あたしはついでだよー。単なる居眠り猫だと思ってくれていいよー」

「私の家で居眠りする気なんですか」


 ユーノの言葉に突っ込んで微笑むクロエ。

 小屋のなかに促された俺達は、クロエの自室に入った。

 綺麗に整頓された部屋は相変わらず清潔感が漂っており、甘い香りがした。クロエの匂いが空気に混ざっているのだろう。


「なにか飲み物を持ってきます。イスかベッドに座っていてください」

「お構いなく」


 クロエが部屋を出ていったのを見計らって、ユーノが俺の脇腹を肘で突っつく。


「それとなく聞き出してね、頼んだにゃ」

「それは分かっているが……ところで、お前はなんのために一緒に来たんだ」

「え? ここのふかふかベッドで居眠りするためだけど?」

「帰れよ」


 本当に人の家で居眠りする気だったユーノに、俺は呆れ果てた。

 やがてクロエがティーカップを二つ持ってきて、部屋の中央の丸いテーブルに置いた。


「どうぞ、粗茶ですが」

「頂こう」


 ティーカップに口を付ける。

 中身は若干の甘みがあるお茶だった。

 のど越し爽やかなお茶を飲み干して、本棚に目を向けながらクロエにそれとなく質問する。


「そういえばクロエは恋愛小説を読むタイプか?」

「ええ、読みますよ」

「そうなのか。じゃあ現実で恋愛したことは?」

「ないですね。あまり外に出ないから、異性と出会うことがありませんし」

「そうか……なら好きだと思える人も見つからんだろうな」


 カップをテーブルに置いて、ちらりと横目でクロエの様子を見る。

 彼女は先ほどまで真っ白だった頬を少しだけ朱に染めていた。

 ……なんだ、この反応。


「好きだと思える人……ですか」

「あ、ああ……もしかして、いるのか」

「いるかいないかで言ったら……いますね」


 いるんかい。

 驚いた俺は勢いよくユーノに視線を向けてしまった。


「ふにゃ~……ごろごろ……」


 ユーノは喉を鳴らしてベッドで寝ていた。

 

 

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