第55話 店のお手伝い
ひとまず、ムラサメが肉体を得た事実をクレアさんに報告した。
クレアさんはあまり驚いた様子は見せず、それは大変だなと他人事のように俺をあしらった。長年生きていれば刀が幼女になっても驚くに値しないのか、それとも眠かったので適当に返事をしただけなのか。たぶん両方だろう。
ムラサメは人間の身体と刀の形態を自由に変化させられるようで、それは俺の意識にも繋がっているのだという。つまり、所有者たる俺が心のなかで命じればムラサメはどちらか片方に変化する。
実際にやってみたら、驚くほど簡単にムラサメが刀の姿に戻った。たとえ俺とムラサメの距離が離れていたとしても、ご丁寧に手元まで戻ってくる仕様である。一心同体にまで同調している恩恵なのだと人型になったムラサメは得意げに言って胸を張った。
ムラサメの存在によって俺とフィオナの生活が大きく変わるということはないようだ。
最初は幼女を一人養わなければならないのかと心配だったが、ムラサメは食事も排泄も必要ないらしい。
ただ、入浴だけはさせてくれと彼女は懇願した。肉体が汚れることはないが、お湯に浸かって身体を洗うのが好きなのだとか。
人型になる恩恵は特にないらしいが、俺はなんとなくムラサメを一人の人間として見ると決めた。
所有者と得物であることに変わりはないが、意志のある存在をただのモノだと思うのは無理がある。
ムラサメは刀であり、人なのだ。
それを伝えると、ムラサメは飛び上がって喜んだ。数百年ぶりに自分を人扱いしてくれたマスターだと言って俺の頬にキスをしたので、フィオナが嫉妬でむすっとした。
周囲の人達にはムラサメの存在をなんと説明すればよいのかは未だに考えている。
馬鹿正直に刀が幼女になったと言いふらしたら、村中に噂が広まり、下手をすれば王都まで伝わりかねない。そうなると非常に厄介な事態になる。
サーシャさんによると、王都の宝物庫に保管されていた妖刀ムラサメが突如として消失した事件が王国で広まりつつあるという。国王は次代の魔王が現れたのをすでに察しているようで、それらしき人物を血眼になって捜索しているらしい。
俺が魔王であることが国王にバレたら、セロル村で妻との平穏な日々を送るのも難しくなる。
なにせ過去に先代魔王がありったけ暴れたせいで、魔王は危険因子だという印象を民は抱いている。
いくら暴れるつもりはないと弁解したところで、国王が俺を放置するのは有り得ないだろう。
王国関係者による監視程度で済めばいいが、下手をすれば投獄されるかもしれない。
そう説明してくれたサーシャさんは、俺の存在を秘匿することにした。
いっそ辺境の村で何事もなく一生を遂げてしまえばいいと笑って肩をたたいてくれた領主に、俺は感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。
ムラサメが人間化してから数日後。
俺は魔導具屋を再開していた。
カウンターの奥で恒例のポーション作りに勤しみながら、ときおり表を見て店員の働きっぷりを眺める。
「いらっしゃいませー! 魔導具店へようこそですー!」
表ではムラサメが声を張って、来店した客の対応をしていた。
ムラサメが一度接客をしてみたいと言ったので、やらせてみたところ、これがまた客に大盛況。
精一杯働いている小さくて可愛い店員に、男女関係なく癒やされているようだ。
フィオナもまた店内で笑顔を振り撒いていて、男性客を虜にしている。
久しぶりに店を開いたにもかかわらず客が多いのは、間違いなくフィオナの功績が大きい。
ユーノは欠席である。あいつは最近、マシロとクロエ、アルフと一緒に遊んでいる。
複数のポーションを作り終えて、一息ついていたところ。
「盛況だな、リオン」
紫のローブを着た男性客が、カウンター前に顔を覗かせていた。
彼の名はエリックといい、俺の店が開いた時に初めて訪れた客だった。
そしてディアブロス襲撃事件の時、飛竜型の悪魔を瀕死にまで追いやった魔導士の一人だ。
エリックは常連客となっており、歳も近いこともあってか気軽に話せる仲である。
「ああ、二人のおかげで今日も売れ行きが好調だ」
「新たな店員は可愛らしい幼子か。なかなか愛嬌があっていいが、どこで見つけてきたのか興味があるな」
「ああ……あの娘はちょっとした事情があってな。俺の家で預かっている」
「そうか。お前が言うのなら、そうなのだろうな」
あまり言及しないでくれという気持ちを察してくれたのか、エリックはそれ以上なにも言わなかった。
彼は閃光弾を一つ買って、店を去っていった。
夕方になる頃には、客足も遠のいてきて、店内は静けさに包まれる。
「ムラサメ、今日はどうだった?」
「はいマスター! すごく楽しかったです! みんなムラサメのことを可愛がってくれました!」
「それは良かったな。ああ、そうだ。あとで給料をやらないとな」
「お給料!? お賃金ですか!?」
「そうだ。お前はよく働いてくれたからな」
「わーい! ありがとうございます、マスター!」
満面の笑顔を見せるムラサメ。
微笑ましくなった俺は、彼女の頭をそっと撫でてやった。
「まるで娘か妹みたいですね、ムラサメは」
俺とムラサメの様子を見守っていたフィオナが呟く。
どちらかというと俺はムラサメを妹のように思っていた。
いっそのこと、周囲には生き別れた妹だと説明しておこうか。
ムラサメの頭を撫でつつ、これからのことを考えていた。
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