第26話 地下空洞の探索

 呆けているのも程々にして、広大な地下空洞を進みだす。

 セロル村の全域が容易に収まってしまうような領域を歩くのは相当な時間がかかりそうだった。


 俺はリュックから小瓶を取り出し、中身の液体をあおる。

 これは体力が増強される魔法薬だ。若干の苦味が口内に広がるが、我慢する。

 全身に力がみなぎってくる感覚を得た俺は、己の身長の何倍も大きなキノコや植物を観察しながら、早足に進んでいく。


 空洞内はときおり、虫の羽音のような鈍い音が響いている。

 明らかに何らかの生物が存在しているのだ。

 俺は周りのキノコと遜色ないほどのバカでかい羽虫が飛び出てくるのを想像して、背筋が寒くなった。


「さっさと通り抜けてしまおう」


 自分に言い聞かせ、走る速度を早める。

 足音で何かに察知されてしまうかもしれないが、もたもたしていても体力が減っていくばかりである。

 背に腹は変えられない。


「何も出ませんように……」


 魔法薬の効果が切れないうちに、空洞内の端から端まで駆け抜けた頃には、だいぶ時間が経っていた。

 体感では、もう外は昼過ぎになっているのではなかろうか。

 

「こりゃ帰るのは夕方になりそうだな」


 そもそも帰れる目処も立っていないのだが。

 額の汗を拭い、俺は目の前に現れた近代的なものを見た。

 それは石造りのリフトである。

 誰がこんなところに作ったのかは分からないが、空洞内を脱出するにはこれを使うしかなさそうだった。


 円形の台の中央付近には若干段差があり、あれに乗れば自動的に上へと昇る仕組みだろう。

 俺がリフトに乗り込むと、体重で段差が沈み込み、カチリと起動音がした後に台が上昇し始める。


 かなりの高度まで上がっていくリフトに運ばれていく。

 そして、ようやくリフトが最高域にまで到達した。

 俺は止まったリフトから降りて、辺りを見回した。


「ここは、山脈の上か?」


 周囲は巨大な岩で囲まれており、地面は草で覆われている。

 とりあえず前に進んでみると、突然拓けた野原が広がった。

 野原にはいくつもの花が咲いている。


 色とりどりの花の中から、俺は赤い花を探した。


「あった……これが例の花か?」


 まるで鮮血を思わせる真っ赤な花を、指で摘んだ。

 これが絵本のなかの少女が求めていた花かは不明だが、少なくとも俺の知らない品種である。

 空の瓶に花を詰めた俺は、更に奥へと進んだ。


 花畑を通り過ぎると、古ぼけた小屋があった。

 こんな高所に誰が住んでいるのか。


 俺は小屋のドアをノックした。


 ……反応はない。

 

「すみません、誰かいませんか」


 声をかけてみても返事はなかった。

 仕方がないので、勝手にドアを開けて、なかに入り込む。

 小屋の内部は埃だらけで、恐らくもう何年も人が出入りしていないのであろう。

 ボロボロのベッド。ひび割れたテーブルとイス。隅の棚には日焼けしたいくつもの本が収納されていた。


 俺はテーブルの上にあった、一冊の薄い手帳を取った。

 ページを開くと、硬質化した紙がパリパリと音を立てる。

 これはどうやら、何者かの日記帳のようであった。


『まさか、あんなに大きな空洞があるなんて』

『花も手に入れたことだし、さっさと家に帰りたい』

『一応、ポータルキーを持ってきておいてよかった』

『この日記は置いておこう。誰かがここに迷い込んだときのために』

『これを読んでいるあなたへ。ポータルキーはこの居間の横の部屋に設置してあります』


「誰かは知らないが……ありがたい」


 ポータルキーとは、魔導具の一つである。

 魔導士の空間移動魔法を擬似再現したもので、キーによって展開されたワープホールをくぐれば、予め設定しておいた場所に繋がる。


 あまりにも便利な万能性と生産できる者が少ないこともあって、かなりの高値が付く代物だった。


 俺は日記帳に記された通りに横の部屋に入り、設置されていたワープホールをくぐった。

 一瞬の浮遊感。

 そうしてワープホールを抜けた先は、今までいた小屋とはまた別の小屋である。

 こちらの小屋の内部は綺麗に整頓されており、明らかな生活感があった。


 小屋の持ち主はいないようで、物静かだ。

 

「持ち主が戻ってこないうちに、さっさと出てしまおう」


 小屋のドアを開け放つと、日光が差し込んでくる。

 眩しさに目を細めつつ、周辺を見渡せば、平原と小道が見える。

 どうやらここは村や街から離れた場所らしい。


「また歩きか……」


 馬車でも通らないかと期待するが、生憎と通ってきたのは一人の行商人である。

 俺はその髭の生えた行商人に声をかけた。


「すみません、ここはどこの地方ですかね」

「なんだ、あんた記憶喪失かい?」

「そんなもんです」

「ここは王都からさほど離れてない地方だよ。この先を歩けば街がある」

「そうですか、ありがとうございます」


 行商人との会話を終えた俺は、思わず頭を抱えそうになった。

 王都付近だと?

 セロル村まで戻るのに馬車で一日は余裕でかかるじゃないか。


「ぐおお……というか俺、馬車に乗る金も持ってねぇ……っ!」


 どうしよう、マジでどうしよう。


 途方に暮れた俺は、街に続いているのだという道をとぼとぼと歩くのだった。


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