第20話 マシロとクロエとリオン

 クロエの診察を終えた後、俺達はしばらくの間、歓談をしていた。

 俺はクロエから促された椅子に座って、二人の話を聞いている。


「へえ、二人は最近この村に引っ越してきたのか」

「うん! もともと私達がいた村は過疎気味でね。クロエを診てくれていたお医者さんもこの村に移住しちゃったの。だから私達もついでについて行こうかと思って」

「二人の両親もこの村にいるのか?」

「そうだよ。毎朝早くから農業に勤しんでいます!」


 マシロとクロエの両親はもとから仲が良く、ゆえに子供である二人も昔から一緒にいることが多かったらしい。


「お父さんもお母さんもあまり家にいないから、私とマシロはずっと二人っきりで遊んでいたんです」


 ベッドに腰掛けているクロエの調子は良さそうだ。

 あまり健康さを感じさせなかった真っ白な肌も、いまはそこはかとなく紅潮している。


「そう! 私達は幼馴染で親友! 今まで一度も喧嘩したことないぐらい仲良しなんだぁ」

 

 クロエの横にマシロが座り、二人は肩を寄せて笑った。

 仲睦まじくて何よりだ。


「俺にも仲が良い幼馴染がいる」

「えっ、ほんと? リオンさんの幼馴染はどんな人なの?」


 マシロが興味津々に問いかけてくるので、俺は応えた。


「一人は金髪碧眼の女だ。歳は俺より一つ下で、巨乳だ」

「その人って私に薬を奢ってくれたお姉さんじゃん」

「もう一人は獣耳と尻尾とオッドアイが特徴的な女だ。歳は俺より三つ下で、貧乳だ」

「巨乳か貧乳かって言う必要ある?」


 言う必要がある。

 女を紹介する際に、胸の大小は重要だ。

 ちなみに俺は、胸に貴賎はないと思っている。

 大きな胸も小さな胸も、俺は等しく愛せる。


 マシロとクロエは……。


「なんかリオンさんが私達を見て考え込んでいる……」

「どうしたんでしょうか? なんとなく私達の胸元を見ているような」

「はっ! まさか二人の美少女に囲まれている状況に、今更ムラムラしてきちゃったんじゃ!」


 マシロは「いやー! ケダモノ!」と叫んで俺の脚を軽く蹴ってきた。

 

「俺はお前達の胸を観察していた。ただそれだけだッ!」

「胸を張って格好いい表情で言う言葉じゃないよね?」

「そもそも何のために私達の胸を観察していたんでしょうか?」

「いや……さっき話した二人目の幼馴染と同レベルだな、と思っていた」

「ねぇ、クロエ。この人、殴っていい?」

「いいです。やっちゃってください」


 マシロが小さな拳を繰り出してきたので、俺は手のひらで受け止める。

 

「ふっ、軽い拳だな」

「ぐぬぬ……私の全力パンチがこんなに簡単に受け止められるなんて」

「これが全力か? 甘いぞ小娘。手本を見せてやる」

「いやいやいや! なに女の子を本気で殴ろうとしてるのこの人!」

「バカめ、俺は殴られたから殴り返すだけだ」


 俺は拳を作って――マシロの脳天に軽く押し付けた。

 そのままグリグリとつむじを刺激してやると、マシロは「ふにゅ~」と気持ちよさげな声を出す。


「な、なにこれ。グリグリされるのがちょっと気持ちいい」

「つむじ付近にも経穴があるからな。そして若干癒やしの魔力も拳に纏わせている」

「ふぇー、そうなんだ。もうリオンさんは魔導剣士なんてやめて、マッサージ師になればいいんじゃないかな?」

「いいや、俺は魔導剣士で有り続ける!」

「なにその魔導剣士に対する強いこだわりは」


 マシロのつむじをグリグリするのをやめて、俺は話題を変えた。


「なあ、お前達」

「なぁに、リオンさん」

「なんですか、リオンさん」

「俺の二人目の幼馴染であるユーノと友達になってあげてくれないか?」


 マシロとクロエはちょうどユーノと同じ年齢である。

 俺は常日頃から、ユーノに対してこう思っていた。


 ――こいつ、友達いねぇ!


 そうなのだ。ユーノには友達と言える人物がいなかった。

 あいつは店の手伝いをしている時以外は、いつも一人で森の泉にて水浴びしているか、樹の上で昼寝ばかりしている。


 十七歳という年頃で、一人も友達がいないというのはちょっとどうだろうかと思う。

 お節介かもしれないが、俺はユーノに気の置けない友達の一人や二人ぐらいは作ってやりたかった。


「というわけで頼む、二人とも」

「うーん、私達は別にいいんだけど」

「そのユーノさんと会わないことには、どうしようもないです」

「そうだな……今からとっ捕まえて連れてくるか……」

「とっ捕まえる……?」


 マシロがどこか呆れたように俺を見ていた。

 とりあえず俺は椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。


「ちょっとリオンさん、本当に今からユーノさんを連れてくる気なの?」

「そうだが? まあ捕まえられればの話だが」

「不確定!」

「なにせあいつは猫のように素早い。そして兎のようにすぐ逃げる。俺でも未だに取り逃がすほどだ」

「なんか珍獣を捕まえるハンターの如き眼差し!」


 マシロが俺に突っ込む様子を、クロエが微笑ましく見つめている。


「なんだか、リオンさんがいてくれると楽しいですね」

「そう? この人、絶対変人だよ? 顔は格好いいけど変人だよ?」

「それでも、私達と友達になってくれた良い人ですよ」


 クロエの言葉に、俺は腕を組んで頷いた。


「そうだ。俺とお前達はもう友達だ。だから今回の治療費はまけといてやる」

「あ、きっちりとお金取る気満々だったんだね」

「当たり前だ、他人に無償で治療してやるほど俺もお人好しじゃない」

「でも友達相手なら無償で治療してくれる、と。やっぱりお人好しでは?」


 ええい、俺のことなどどうでもいい。

 とにかく、ユーノを探しに行くため、クロエの家を出た。




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